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日米そっくりの税制改正ターゲット、狙いは大都市の高所得者層 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2017年12月5日 14時20分

<全体では減税だが大都市在住の高所得者層には増税――日米の税制改正のアプローチはよく似ていて、野党が代替の改正案を示せなかったという「敵失」でも共通している>

アメリカでは、トランプ政権が9月以来鳴り物入りで提案してきた「税制改正」の審議が大詰めとなっています。大きな目玉は、法人税の減税でこれによって景気浮揚を狙っています。また所得税も体系を大幅に簡素化するなど、大規模な改正になります。後は下院案と上院案に残る相違点を調整するだけの作業ですから、最終的に可決は時間の問題でトランプ政権にとっては、大きな実績となりそうです。

一方で、日本でも税制改正案が急浮上しており、特に現時点での案では年収800万円よりも多い会社員は増税になることが明らかとなっています。こちらは、税制の大型改正とは言えませんし、特に安倍政権が政治的実績作りとして重視しているということはありません。

ということで、たまたま時期が重なっただけで、日米それぞれの税制改正は「全く別物」と言えそうです。ところが、よく見てみると政治的には似通った部分があるのです。

まずトランプ政権のアプローチと、今回の日本の政府税制調査会(税調)のやろうとしていることは、個人所得税について「全体的には減税とする」一方で「一部の項目について増税する」という差し引きをやって、ある層には「減税の恩恵」が行くようにして、ある層は「増税のターゲット」とするというそっくりな方法を取っています。

まずアメリカでは、誰にでも適用される「基礎控除」が年額6350ドル(約71万円)から、年額1万2000ドルにほぼ倍増になります。つまり、アメリカの納税者の全員について約6000ドル分は課税対象額を計算する場合に所得から引かれるわけで、まさに全体的な減税になります。

日本の場合も、すべての納税者対象の「基礎控除」が38万円から48万円に増えます。トランプ案ほど豪快ではありませんが、全体的な減税になるということでは全く同じです。

アメリカで問題になっているのは、地方税と地方の固定資産税を「連邦(国)の所得税を計算する上で控除として差し引く」制度があるのですが、これに上限(年額1万ドル)を設けるという改正です。当初は、控除ゼロとするという過激な案だったのですが、さすがに反対が多いので1万ドルまでは認めるという案に変わりました。

その結果として、住宅の値段が安く、市町村の固定資産税率が低い中西部や南部では、多くの人が「減税」を手にする一方で、住宅の価格が高く、また市町村の固定資産税の高いニューヨーク、ニュージャージー、カリフォルニアの特に不動産価格の高い地域に住んでいる人は、これまでは高額の固定資産税を納めても連邦(国)税の段階ではそれが控除されて救済されていたのが、ダメになるわけです。そうすると、全体的に減税となっても、一部の人々は差し引き増税になってしまいます。



日本の税調案の場合は、給与所得者つまり会社員がターゲットになっています。会社員の場合は、スーツ代やクリーニング代など「勤務に必要な経費」を課税対象から「個別に差し引く」ことはしない代わりに「給与所得控除」というものが決められています。これを一律に差し引くことになっているのですが、その額を減らそうというのです。但し、年収800万円までは、差し引く額は「基礎控除アップ」の金額と同じに設定して「差し引きゼロ」とするそうです。

問題は、年収800万円よりも多い会社員の場合で、こちらは「給与所得控除」が減額になることでドンドン増税になって行く計算です。年収900万円で年税額が3万円の増税、1000万円の年収の場合は、6万円の増税という報道もあります。当初は、年収500万円以上で増税という案だったようですが、反対を恐れて800万以上ということになったようです。そんな経緯もアメリカとソックリです。

こうした税制改正は、堂々と公約として掲げられて選挙による民意の洗礼を受けたのかというと、違います。トランプ大統領は、減税を公約していましたが、不動産価格の高い地域に住む人には不利になるような改正のことは、全く何も言っていませんでした。日本の場合は、10月の総選挙でこの改正が争点になることはなかったどころか、総選挙の終わった翌日に「税調案」が出ています。

さらに言えば、政治的な効果の計算ということでもソックリです。

トランプ政権の場合は、2016年の大統領選挙ではニューヨーク、ニュージャージー、カリフォルニアの各州ではヒラリー・クリントンが勝利しています。それどころか、知事も、各州2人の上院議員も全て民主党です。こうした投票行動に対する「報復」として「増税」を行なった、そう見ることが可能です。また自分を支持してくれた中西部や南部の「保守州」では、基本的にほとんどの納税者に対して「大盤振る舞いの減税」になるわけです。

日本の場合も、高収入の給与所得者というのは、大都市に集中しています。そして、その大都市圏では立憲民主党や、維新の会、希望の党といった都市型政党に票が流れ、自民党は思うように集票できていません。知事も、地方議会も野党に取られています。

しかし地方の票、特に個人商店や農業など、自営業の場合は、今回の税調案では、全員一律の減税が適用になります。連立を組む公明党の支持基盤は都市に多いわけですが、自営業者が比較的多く減税の恩恵が受けられます。つまり、選挙で自公連立に投票した人には減税、野党の地盤に対しては増税というターゲット設定がされている、そう見ることも可能です。

この日米の減税・増税案のアプローチと、政治的意味合いが似通っているというのは、単なる偶然かもしれません。ですが、少なくとも税制という重要な問題について、しっかりと争点化して代案を示しておくということを、野党側ができていなかった、そのために選挙後に抜き打ち的に政治的な増税・減税の動きを許してしまったという政治的な「敵失」のあり方については、共通の要素がありそうです。


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