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サウジ皇太子の改革を称賛する国民の本音

ニューズウィーク日本版 2017年12月6日 16時30分

<懸念を募らせる国外の有識者たちとは裏腹に、国内では皇太子の改革を称賛する声が圧倒的に多い>

勘弁してくれ、田舎道を時速130キロで飛ばすなんて。しかもタイヤの空気圧が低過ぎて警告ランプが点灯している。事故ったらどうする? 私の薬品アレルギーを、アラビア語でうまく説明できるだろうか?

私たちはサウジアラビア北西部の町ウラーの郊外を走っていた。雇われ運転手のアブナジブ(仮名、その他の取材対象者も同様)は平然とアクセルを踏み続け、私の不安に気付く気配もない。

アブナジブを紹介されたのは25分前だ。大柄なくせに、何か警戒している感じだった。でも私が冗談めかして「ムハンマド・ビン・サルマン」と名乗ると笑顔がはじけた。それからの2日間は、彼も相棒の男性もすごく冗舌だった。

私は6人のアメリカ人と一緒にサウジアラビア各地を車で回る旅の途中。行き先は南西部ジッダ、ウラー、北部ハーイル、首都リヤドと東部ダンマーム。6人は元大学教授や不動産業者、金融会社の元役員などで、彼らにサウジアラビアや中東の事情をレクチャーするのが私の仕事だった。

せっかくの機会だから、私は旅のついでに現地の庶民の声をできるだけ聞いた。王家の面々や外交官、あるいは財界人の声ではない。われらが運転手やその相棒のような、つまりは平均的なサウジ国民。権力とは無縁の人たちの声だ。

最初に気付いたのは、この国で起きている出来事について外国メディアやアメリカの外交評論家、あるいはツイッター著名人の垂れ流す解説と、現地の一般人の受け止め方はまるで違うという事実だ。

私たちが旅している間に、驚きの出来事が続いていた。若き皇太子ムハンマド・ビン・サルマンは何十人もの王族や実業家などを汚職の疑いで一斉に逮捕し、超高級ホテル「リッツ・カールトン」に閉じ込めていた。レバノンのサード・ハリリ首相を呼びつけて辞意を表明させもした。隣国イエメンからリヤドの国際空港にミサイルが飛んでくる事件もあり、ムハンマドはこれをイランによる「戦争行為」と決め付けているようだ。

私が現地で把握できなかった情報も多いはずだが、それでもムハンマドが実質的な宮廷クーデターを仕掛け、他国の首相を拉致したらしいこと、そうした乱暴な行為はイランとの代理戦争を招きかねず、そうなれば中東全域が不安定になることくらいは想像できた。



邪魔者の放置を許すな

しかし私が旅先で会ったサウジアラビア人たちは、海外の有識者たちよりもずっと自国の未来を楽観していた。ムハンマドが自分への権力集中を急いでいること(これ見よがしな汚職摘発はその一環だ)についても、庶民の圧倒的多数は肯定的な反応を示した。

運転手のアブナジブは私に言ったものだ。元リヤド州知事のトゥルキ・ビン・アブドゥラ王子や有力財界人のバクル・ビンラディンのような面々を金ぴかの「リッツ留置場」に閉じ込めたムハンマドは「必要なことをやった」だけ。サウジアラビアを変えようとするムハンマドの大事業を成功させるには、その邪魔になる者たちを放置するわけにはいかないのだと。

欧米諸国のアナリストは、ムハンマドが不要な緊張と混乱を引き起こしていると懸念を募らせているのだが、と私が伝えても、アブナジブは「心配していない」と一蹴した。

26歳の大学院生で、夜間はジッダの高級ホテルで副料理長をしているサウドも、ムハンマドの一連の行動を高く評価していた。「私たちは汚職と戦っていかなければならない。これは正しい行いだ」

32歳のムハンマドは超保守的な社会の自由化も進めているが、この点についてもサウドは、自分は「イスラム教徒もそうでない人も」、誰もが好きなように生きられる国に暮らしたいと語った。私にとっては初耳に等しい意見だったが、確かにアメリカの外交筋の間では、そんな変化を伝える話が数年前からささやかれていた。

この国でも、80年~00年代初頭生まれの「ミレニアル世代」は一刻も早い変革を望んでいる。別れ際にサウドは言った。欧米のアナリストたちは間違っている、社会が不安定になるとしても、その原因は改革の失敗ではなく、改革に手を付けずにきた事実にあると。

私の会った人は例外なく、この国の若者たちはもう、やたらと制約の多い社会制度に愛想を尽かしていると指摘した。よその国の人々の暮らしを見て、自分たちも同じように暮らしたいと考えているのだと。だからこそ人々は、ムハンマドが宗教警察(勧善懲悪委員会)の逮捕権限を剝奪したことを歓迎し、称賛したのだ。

王族らの腐敗への怒り

ムハンマドの下で女性による車の運転が認められることになった。そのこと自体は特に称賛に値することでもない。それでも私が会うことができた現地の女性たちは運転の権利を認めてくれた決断に深く感謝していた。

女性が運転できるようになれば、外出するときに男の運転手を雇う必要はなくなる。そして大きな社会的・経済的なチャンスが開け、いずれは経済的に自立して生きることも可能になるだろう。

サウジアラビアの安定を長年にわたり維持してきた繊細なバランスを崩すのではないかと欧米の外交筋は心配している。だがサウドはそんなことを気にせず、むしろバランスの崩壊を歓迎している。

ミレニアル世代だけではない。エリート層でありながら、国の奨学金で大学を出て専門職に就いているある中年男性も、11月の一連の逮捕劇を「これまでに起きたことでは最高の出来事」と断言した。

長らく駐米大使を務めたバンダル・ビン・スルタン王子はかつて、国家建設の過程で王族が何千億ドルもの財を築いたとしても、それに見合うだけの功績があったのだと語っていた。しかし一般国民はそんな言い分に同意しない。国の資源が王族や政府高官のポケットに消えていくという現実に、みんなうんざりしている。



イエメンの首都サヌアでサウジ主導の空爆によって破壊された家から救出される子供たち Khaled Abdullah-REUTERS

サウジアラビアには貧しい人がたくさんいるが、私が出会った人々がみな生活のやりくりに苦労していたわけではない。むしろ彼らは国民に必要な資源、とりわけ教育や保健、福祉などに必要不可欠な資金が特権階級を太らせるために流用されてきた事実に怒っている。

「新しい教科書はどこにある?」と、先の中年男性は言ったものだ。実際、政府はかつて教育改革に210億ドルを投じると発表したが、カリキュラムの改革などを担当する人物が豊かになったという点を除けば、何も変わっていない。

元駐米大使のバンダルにしても、武器輸入に絡む不正な利得で、イギリスの町ひとつをそっくり購入している。

しかしサウジアラビアの庶民は、こうした腐敗に激しい怒りを抱くあまり、ムハンマドもまた腐敗の元凶であるシステムから生まれた存在であることを見落としがちだ。今回の旅で「ムハンマドを信用し過ぎていないか」という質問をためらったことが悔やまれる。

ムハンマドは最近、5億5000万ドルもするヨットを購入した。あんな若い男が、どこでそんな大金を手に入れたのか。見えっ張りな買い物は、バンダルの浪費と同じ精神構造に由来するように見える。しかし私の出会った現地の人たちは、ムハンマドなら公平かつ透明、進歩的な制度を築いてくれると固く信じていた。この国でその実現は難しそうだが。

ムハンマドが約束を果たせなければ、疑いの声が高まることだろう。私の出会った人たちは確かにムハンマドを支持していたが、決して無条件の支持ではあるまい。

汚職摘発の真の意図

現地で出会った人の中で私が最も魅力を感じたのは、ツアーの現地ガイドを務めたナビルだった。彼の知恵、温かさ、見識に心を引かれた。

彼は60歳に近く、18~35歳というムハンマドの主たる支持層、ミレニアル世代からは外れている。だが、サウジアラビアが徐々にオープンになっていく変化を喜んでいた。

以前は聖域にいた権力者たちの身柄を拘束したことについても、ナビルは事もなげに「彼らは間違ったことをしたのでしょう」と語った。



悪徳有力者を一斉逮捕することで、ムハンマドは「弱者の声を代弁した」とナビルは言う。シンプルな言い方だが、これこそムハンマドの主張の核心でもある。要するに沼の水を抜いてゴミをさらっているのだ。

ナビルはムハンマドが改革に取り組む姿勢を高く評価する一方、山積する難題を処理する能力があるかどうかという点には疑問を抱いていた。「彼は全ての問題を自分で抱え込む。しかし1人の人間ができることには限界がある」。またイランとの敵対関係や泥沼化するイエメン内戦への介入についても、一定の懸念を示した。

同じ懸念を抱く人はほかにも2人いた(商店主と零細企業経営者)。1人はイエメンへの介入を「汚点」と呼んだ。しかしこの2人も、ムハンマドに対する期待を捨ててはいなかった。

リッツ・カールトンが留置場と化した数日後、ロイター通信は、今回の汚職摘発は宮廷クーデターの一種だと報じた。つまり、自分の王位継承に反対している王族が多いことにムハンマドが気付き、先手を打ったという解釈だ。

この記事を受けて、ある専門家はツイッターに、ムハンマドが腐敗一掃に乗り出したと真に受けるワシントンの一部アナリストはバカ者だと書き込んだ。

ムハンマドが自らの権力強化に動いているのは確かだが、ワシントンのアナリストをバカにするこの専門家にも、サウジ社会の現実が見えていない。

私が現地で出会ったサウジ国民はバカではない。これが王族の権力闘争であることくらい承知している。しかし宗教警察の弱体化など、これまでの改革を見た上で、ムハンマドを支持し、信じている。

ある教師は私に、ムハンマドには良心があると言った。だから腐敗に手を染めることなどあり得ない、と。

もちろん、最終的に結果を出せなければ面倒なことになる。しかし今のところ、少なくとも私の出会った限りでは、現地の人々が最も望んでいるのは腐敗の一掃と社会の自由化だ。そして、ムハンマドならそれを実現できると信じている。たとえ、その代償が彼の独裁の確立であるとしても。

From Foreign Policy Magazine

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[2017.12. 5号掲載]
スティーブン・クック(米外交評議会上級研究員)

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