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アラバマ州上院補選、負けてホッとした共和党

ニューズウィーク日本版 2017年12月14日 13時14分

共和党の候補が敗れ、番狂わせとなった米アラバマ州の上院補欠選挙。ドナルド・トランプ大統領にとっては痛手だが、実はホッとしている共和党議員もいそうだ。

まさかの敗北

2017年12月12日に米アラバマ州で投開票が行われた上院補欠選挙では、民主党のダグ・ジョーンズ候補が、共和党のロイ・ムーア候補に勝利した。アラバマ州は伝統的に共和党への支持が強い地域であり、共和党にとっては負ける筈のない選挙での敗北となった。アラバマ州の上院議員選挙で共和党の候補が負けたのは、実に1992年以来となる。昨年の大統領選挙でも、アラバマ州ではトランプ大統領がヒラリー・クリントン候補に約28%ポイント差で勝っていた。

トランプ政権にとって、大きな打撃となるのは間違いない。上院の多数党であるとはいえ、共和党の現有議席は定数100議席のうち52議席にとどまる。今回の補選によって、共和党の議席数は半数の50議席をわずかに1議席上回るだけになる。賛否が同数の場合にはマイク・ペンス副大統領が一票を投じられるとはいえ、共和党は2人の議員が造反すれば過半数を確保できない状況になる。

共和党内をまとめようにも、議席数が少なくなればなるほど、その難易度は高まる。たった一人の議員しか造反させられないとなれば、それだけ個々の議員が持つ一票の意味合いは重くなる。それを梃に、それぞれの議員が自らの利益を強く要求するようになるからだ。

来年11月に投開票が行われる議会中間選挙を展望しても、トランプ政権には心配な結果である。補選当日の出口調査では、トランプ大統領を「支持する」とした割合と「支持しない」と答えた割合が拮抗していた。1年前の大統領選挙でのトランプ大統領の強さは、どこにも感じられない。支持が強い筈の地域ですらトランプ大統領の神通力が通じないとすれば、中間選挙での共和党の苦戦は濃厚だ。

勝っていても共和党は辛かった

もっとも、悪いことばかりの選挙結果のように見えても、内心はホッとしている共和党議員がいてもおかしくはない。ムーア候補が勝っていたとしても、共和党には辛い展開が待ち受けていたからである。

ムーア候補は、共和党にとって二つの意味で問題のある候補だった。

第一に、全米を吹き荒れるセクハラ疑惑との関連である。現在米国では、有力政治家を含めたセクハラ疑惑の告発が相次いでおり、複数の現職議員が辞職に追い込まれる事態となっている。そうしたなかでムーア候補には、過去に少女に対してわいせつ行為を行った疑惑が浮上していた。



ムーア候補が勝利していた場合、共和党の議員たちは、セクハラ疑惑のある同僚を守らなければならなくなるところだった。中間選挙への影響を考えても、とても望ましい展開とは言い難い。

第二に、ムーア候補が当選したとしても、共和党にとって頼りになる「一票」とは限らなかった。ムーア候補は、共和党指導部の反対を押し切って、補選の候補になった人物である。ことある毎に共和党指導部への批判を繰り返しており、たとえ上院議員になったとしても、大人しく指導部の方針に従うとは考え難かった。なにしろ、上院における共和党のトップであるミッチ・マコネル院内総務は、ムーア候補を選挙戦から撤退させるよう働きかけてきた経緯がある。衝突は必至だっただろう。

怖かった「ミニ・トランプ」の乱立

中間選挙に向けても、共和党には安堵すべき要素がある。「トランプ的」な候補が敗北したことで、問題含みの人物が共和党の候補になる機運が薄れたことだ。

ムーア候補は、いわばミニ・トランプである。主流派への反抗だけでなく、移民に対する強硬な発言やセクハラ疑惑を抱えたキャラクター等、トランプ大統領を彷彿とさせる側面には事欠かない。

共和党が恐れるのは、ムーア候補のようなミニ・トランプが、中間選挙に多く出馬することだ。ミニ・トランプには、一部の有権者から熱狂的な支持を得られる可能性がある一方で、ムーア候補のように問題含みの人物であるリスクも高い。まさに今回のアラバマ州のように、ミニ・トランプが共和党の候補に選ばれた選挙区では、勝てる筈の州で民主党に競り負けかねなかった。

とりわけ危険視されていたのが、補選でムーア氏を支援したスティーブ・バノン前首席戦略官の存在である。トランプ大統領の当選を支えたバノン氏は、ホワイトハウスを離れた後も共和党の主流派を批判し続けている。そのうえで、トランプ大統領が選挙戦で唱えた「米国第一主義」に基づく改革を推し進めるために、今回の補選にとどまらず、中間選挙でも非主流派の人物を共和党の候補に送り込む意欲を示してきた。

ムーア候補が勝利していれば、バノン氏の影響力は強まっていたに違いない。当初はムーア候補と距離を置いていたトランプ大統領も、選挙戦の終盤では明確にムーア候補支持を打ち出していた。トランプ大統領とバノン氏の共闘が勢いを増す展開になっていたとすれば、各地にミニ・トランプが乱立する悪夢が現実に近づきかねなかった。

問われる民主党との距離感

今後の議会運営にも、一筋の光明を見出す向きはある。これで共和党には、晴れて民主党に協力を呼びかける口実ができたからだ。これまでの議席数でも、共和党が単独で法案を成立させるのは難しかった。しかし共和党には、昨年の選挙で大統領と議会の多数党を獲得した実績がある。支持者の期待度は高く、そう簡単に民主党に歩み寄るわけにはいかなかった。



今回の敗北は、そうした状況を変える口実になり得る。手持ち議席の少なさを理由に、民主党との協調を模索する手はあるだろう。

糸口はある。トランプ大統領の公約であるインフラ投資だ。現在米国では、2018年にトランプ政権が推進する政策の候補として、インフラ投資が取り沙汰されている。オバマケアの改廃に手こずったこともあり、これまでトランプ政権はインフラ投資に関する議論を全く進められてこなかった。そもそもインフラ投資は、民主党が好む政策である。上院の勢力図が変化するタイミングにあわせ、インフラ投資で民主党に協力を呼びかける展開が考えられる。

その一方で、2018年の政策課題としては、低所得者向けの公的医療保険(メディケイド)や同じく低所得者向けの食糧費補助(フードスタンプ)など、社会福祉制度での歳出削減も浮上している。民主党が強く反対する政策であり、こちらを優先課題に選んだ場合には、これまで以上に党派対立が激化しそうだ。

税制改革は加速

共和党にとって幸いなことに、大詰めを迎えている税制改革の審議は、補選結果の影響を受けずに済みそうだ。アラバマ州での手続きを考えると、当選したジョーンズ候補が正式に就任するのは、来年1月以降になる見込みである。共和党が目指すように、年内に税制改革の内容がまとまれば、現有議席での成立に持ち込める。

むしろ、ジョーンズ候補の就任までに決着をつけなければならなくなったことで、税制改革に関する議会での調整は加速している気配がある。共和党は、アラバマ補選の結果が出た当日中に、税制改革の大枠で上下院が合意したと発表している。

年内に税制改革が実現すれば、共和党にとって2018年の幕開けは、新たな優先課題を選ぶ節目となる。補選の結果を受けて、民主党への歩み寄りを選ぶのか。それとも、あくまでも対決路線を貫くのか。大きな決断になりそうだ。

安井明彦1991年富士総合研究所(現みずほ総合研究所)入社、在米日本大使館専門調査員、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長、同政策調査部長等を経て、2014年より現職。政策・政治を中心に、一貫して米国を担当。著書に『アメリカ選択肢なき選択』などがある。


安井明彦(みずほ総合研究所欧米調査部長)

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