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エルサレム首都宣言で露呈した、インティファーダができない現実

ニューズウィーク日本版 2017年12月20日 17時53分

<トランプ米大統領のエルサレム首都認定にパレスチナ人(アラブ人)の怒りは渦巻いているが、おそらく大規模な民衆蜂起は起こらない。着々と進行している東エルサレム「ユダヤ化」の知られざる現実とは?>

「トランプ第一主義」の宣言

今年はヨルダン川西岸、ガザ地区、東エルサレムがイスラエルに占領されてから50年目に当たる。しかし一部を除いてほとんど国内メディアに取り上げられることはなかった。そのパレスチナが、12月6日、ドナルド・トランプ米大統領の「エルサレムをイスラエルの首都と認定し、アメリカ大使館のエルサレム移転を指示する」という宣言で、突如トップニュースに浮上した。

その宣言は、エルサレムの一部、東エルサレムを首都とするパレスチナ国家の樹立をめざすパレスチナ側にとって、その実現の死活問題であるだけではない。世界のイスラム教徒にとっても、イスラム教の3大聖地の1つ、アルアクサ・モスクのある東エルサレムを、中東情勢に決定的な影響力をもつアメリカ大統領に「イスラエルの首都」と公に宣言され、大使館の移転によって既成事実化されることは決して見逃すことのできない重大事である。 

歴代の米大統領が中東和平の障害になるとして実行しなかった大使館の移転に、なぜトランプ大統領は敢えて今、踏み切ろうとするのか。

すでに多くのメディアでは、「来年の中間選挙を前に、国内での人気低落の巻き返しを狙って」「ロシア疑惑が自身と周辺に迫ってきたため、それを逸らそうとしている」「『選挙公約がほとんど果たせていない』という批判をかわすため」といった国内事情が挙げられている。

もし、その宣言がアメリカの中東政策にどれほど重大な損失をもたらすかの十分な配慮もなく、国内対策としての宣言だったとすれば、東京新聞(12月9日朝刊)の社説が指摘する通り、トランプ大統領が公言してきた「アメリカ第一主義」ではなく、「トランプ第一主義」と言わざるをえない。

日本の一部のメディア報道の中に違和感を持つ点がある。「パレスチナ側もそのエルサレムを将来のパレスチナ国家の首都とすることをめざしている」という表現だ。読者や視聴者は「イスラエル側もパレスチナ側も、同じ『エルサレム』を奪い合っている」と、勘違いしてしまう。

しかしパレスチナ側が将来の首都としようとしているのは、1947年の国連のパレスチナ分割案とその後の第1次中東戦争の結果、ユダヤ人居住地とされた「西エルサレム」ではなく、1967年までヨルダン領だった「東エルサレム」である。イスラエルはそれを第3次中東戦争によって占領した。つまり「東エルサレム」は、「占領地」なのだ。

「占領地」を領土の一部とすることは国際法が禁じている。トランプ大統領は、その国際法違反の占領地を「イスラエルの首都」と宣言したのだ。



怒りの背後に「エルサレムのユダヤ化」

「エルサレム首都」宣言に対するパレスチナ人、とりわけ東エルサレム住民の怒りは、単に宗教的な理由だけではない。1967年の併合直後からイスラエル政府によって着々と既成事実化されてきた、いわゆる「エルサレムのユダヤ化」に対する危機感と長年鬱積した怒りがある。

イスラエル政府は、東エルサレムを占領し併合した当時のユダヤ人72%、アラブ人(パレスチナ人)28%というエルサレムの人口比率を維持し、ユダヤ人多数の「首都」を維持するために、パレスチナ人住民人口を減少させる政策を推し進めてきた。

その政策の1つが、パレスチナ人住民の住居新設または増設の禁止である。エルサレム市当局は、東エルサレムの広大な地域を将来、公園建設などを名目にした「グリーン地区」に指定した。

その区域内では私有地であっても、パレスチナ人住民は住居の新築も増築もできない。家族が増えて新築や増築が必要となり、多額の費用で建設許可を市当局に申請しても、当局から許可が下りることはほとんどない。他に手段のない住民は許可書なしで自宅を新築・増築する。すると、市当局はそれらを「違法建設物」として破壊する。

住居を失ったパレスチナ人住民は、エルサレム郊外に住居を新設するしかない。しかし検問所などでエルサレムの外に居住していることがわかれば、エルサレム住民を示すID(身分証明書)を没収され、もうエルサレムに入れなくなる。

こうやってパレスチナ人住民は東エルサレムを追われ、その跡地に公園だけではなく、ユダヤ人入植地が造られ、ユダヤ人が移住してくる。67年の占領当時はゼロだった東エルサレムのユダヤ人人口は現在20万人を超えた。

東エルサレムを追われるのは、住居の新設または増設を迫られたパレスチナ人住民だけではない。現在パレスチナ人が住む住居も、1948年のイスラエル建国以前にユダヤ人が所有していた土地は、(たとえそれが1000年前でも)申告があればユダヤ人の所有が許される「土地管理法」(1970年成立)、また土地や住居の所有者が不在の場合は「不在者財産管理法」(1950年成立)によって「合法的」にイスラエル当局に没収される。

やがてそこにユダヤ人入植者が住み着くことになる。そのようにして東エルサレムのパレスチナ人は住居を追われ、ユダヤ人入植者にとって代わられ、東エルサレムの「ユダヤ化」は着々と進行していく。

第3次インティファーダは起こらない?

パレスチナ人の怒りはインティファーダ(民衆蜂起)に発展していくのか。

「(ヨルダン川)西岸のパレスチナ人とりわけ都市部の住民は、蜂起によって失うものを持っているから、動きません」と私に語ったのはある人権NGOの代表だった。1994年のパレスチナ自治政府の誕生後、都市部では一定の経済活動が自由になり、中流階級が育ってきた。商業都市ラマラ市やその近郊では、新築の住居ビルが建ち並び、高価な車が走り回るようになった。「ほとんどローンで購入したものです。彼らは蜂起でその財産を失いたくはないのです」というのである。



「第3次インティファーダにはならない」と予想するイスラエル有力紙『ハアレツ』紙は、以下のような根拠を挙げている。

自治政府は「和平交渉」を継続する姿勢を見せることで海外からの支援を受けられる現状を壊したくない。また西岸でハマスの勢力拡大を防ぐためにイスラエル治安当局との協力関係も継続したい。もし次のインティファーダが起これば、自治政府の崩壊につながる可能性は高い。そうなれば何万というパレスチナ人の治安要員は失業してしまう。自治政府にとって、イスラエルとの関係を保持し現状を維持する利益を手放したくはないのだ。

一方、西岸からは約5万人のパレスチナ人住民がイスラエルへの出稼ぎ労働に出て、西岸の家庭の約50%がイスラエル経済に依存している。インティファーダでそれを失うことは死活問題だ。さらにパレスチナ人住民には過去2回のインティファーダによる犠牲の記憶が鮮明で、「社会・政治問題のために何千人の民衆が自己犠牲を厭わない」空気は今の西岸にはない。

さらに、ガザ地区は封鎖状態でインティファーダの効果をイスラエル側に直接及ぼすことはできない。せいぜいロケット弾でイスラエル側の反撃を誘発し、その犠牲をアピールして国際社会の同調を得ることくらいだ。むしろ、イスラエルと自治政府との「和解」による封鎖解除を最優先としている。アラブ諸国も分裂状態で、一致団結してイスラエルやトランプ政権に対抗する状況ではない。

他方、イスラエル側も、暴動鎮圧で多くの犠牲者を出してパレスチナ側を刺激することのないよう巧妙に対応している。

このような状況では、「住民に怒りはあっても、政治的な現実主義と生活のため行動しない」という『ハアレツ』紙の見方は的外れとは思えない。

名実ともに「エルサレムがイスラエルの首都」となる日

トランプ大統領の宣言に何か利点があるとすれば、今年2月、パレスチナ・イスラエル問題の解決で「2国家共存にこだわらない」というトランプ大統領の発言が、ヨルダン川西岸ではすでに至るところにユダヤ人入植地が「虫食い状態」に点在し、土地と水資源が奪われ、パレスチナ国家の基盤が侵蝕されてしまっている現実を国際社会に直視させる機会を与えたように、今回の宣言は、東エルサレムの「ユダヤ化」が進行し、すでに将来の「パレスチナ国家」首都は非現実化されつつある現状を世界に示したことだろう。

パレスチナ人住民とイスラエル治安当局との衝突やイスラム諸国での抗議デモが下火になれば、この「エルサレム首都宣言」ニュースはメディアから忘れ去られていくだろう。しかし、「東エルサレムのユダヤ化」は着実に進行し、名実ともに「エルサレムがイスラエルの首都」となる日は遠くない。

[筆者]
土井敏邦
1953年佐賀県生まれ。中東専門誌の編集記者を経てフリージャーナリスト。85年よりパレスチナ・イスラエルの現地取材を続けている。93年からは映像取材も開始し、NHKや民放で多くのドキュメンタリー番組を発表。2009年、『届かぬ声――パレスチナ・占領と生きる人びと』4部作を完成。他にも、東京都の教育現場を描いた映画『"私"を生きる』や、『飯舘村 第一章・故郷を追わる村人たち』『異国に生きる―日本の中のビルマ人―』『ガザに生きる』(5部作)など映像作品多数。書著に『占領と民衆――パレスチナ』(晩聲社、1988年)、『パレスチナの声、イスラエルの声』(岩波書店、2004年)、『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(共著、集英社新書、2015年)など。

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土井敏邦(ジャーナリスト)

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