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「トランプ減税」成立は米政治の大きな転換点 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2017年12月21日 16時10分

<30年ぶりに税制を大幅改正するトランプの法案が米議会で成立した。議会共和党が財政規律の基本理念を捨ててトランプと一致したことは、米政治の一大事件>

今週20日米議会は、約30年ぶりとなる税制の大改正法案を可決しました。上院が賛成51:反対48、下院が賛成224:反対201(いずれも欠席あり)という票決でした。党議拘束のない米議会ですが、両院ともに造反はなく、与野党の対立の根深さを示す結果となっています。

今回の改正は基本的には大減税と言えます。個人所得税も幅広い減税(高額の地方税を払っているニューヨークやカリフォルニアなど一部の納税者を除く)がされますが、何と言っても目玉は法人税で、連邦法人税率は2018年に35%から21%に引き下げられます。

全体の規模は、審議過程で議会が試算したところでは、10年間で約1.5兆ドル(約170兆円)の減税ということになります。簡単に言えば、赤字体質の定着している米国家財政にさらにこれだけの歳入マイナスが乗っかるということです。

目的は非常に単純で、とにかく現在続いている景気拡大を失速させないということに尽きると思います。仮に、その効果が十分でなければ、年明け以降には今度は「全米へのインフラ投資」という「政策のもう1つの柱」が実施され、併せて大きな経済効果を作り出すことになるでしょう。

2018年は中間選挙の年であり、投票のある11月までに景気が失速するようなことは絶対に避けたい、今回の大減税はそこに焦点が絞られていると考えられます。

それにしても、思い切った改正です。アメリカの全ての納税者と企業が大きな影響を受けることになりますが、同時にこの改正はアメリカの「政治における大事件」と言ってもいいインパクトを持っています。

1つは、民主党の立場です。分厚い支持層を持つニューヨークやカリフォルニアで、減税を上回る増税のターゲットにされるとか、医療保険改革(オバマケア)が減税案の中で骨抜きにされるなど「政治的報復」を強烈に食らったのは間違いありません。ここからどう巻き返すのか、民主党にとっては大きな過渡期が来ているのだと思います。

リーダーシップの若返りを図って反転攻勢に出られるのか、そのターニングポイントとすることができるのか、問われています。今回の減税案可決は、民主党にとっては政治的敗北です。議会指導者たちは、「トランプ税制」を口を極めて罵っていますが、そうではなく敗北を認めることで新たな一歩を踏み出す必要があるのです。

2つ目は、議会共和党とホワイトハウスの関係です。共和党のトランプ政権が発足してからほぼ1年が経過したわけですが、ホワイトハウスと議会は「つかず離れず」どころか、何度も衝突を繰り返してきました。ですが、今回は違います。議会共和党と大統領は一致して、この大胆な税制改正を実現したのです。

こうなると、さすがに「トランプ降ろし」は難しくなります。ホワイトハウスの側としても、9月中旬に原案を公開した際には、ここまで共和党が協力して原案に近い改正ができるとは思っていなかったと思います。もちろん、今後もイザコザは続くとは思いますが、この税制改正を契機として「議会共和党は、ドナルド・トランプから逃げられなくなった」ということは言えます。

3つ目は、大統領の側としては、2018年の中間選挙への「手応え」を感じているのだと思います。もちろん景気の拡大は大前提ですが、仮に世論調査の支持率が低くても、これだけの「バラマキ」、しかも「減税というキャッシュのバラマキ」をやるわけですから、政治的には攻勢がかけられるとふんでいるのは間違いありません。

中間選挙で上下両院の過半数を確保、特に下院での絶対多数を確保していれば、弾劾裁判による罷免という可能性はかなり低くなります。2018年の選挙は、この点で非常に重要であり、そのための大減税だったわけです。

4つ目ですが、共和党全体としては、これは「アイデンティティの危機」になります。というのは、共和党の掲げるイデオロギーは「小さな政府論」であり、それは単に減税を志向するというだけでなく、「財政規律」という考え方を伴っていたのですが、ある意味で今回、その「財政規律」を「かなぐり捨てた」からです。

ということは、90年代にニュート・ギングリッチ下院議長(当時)を中心に、クリントン政権に「均衡予算」を迫った経験、そして2009年から「小さな政府」と「財政規律」を要求してオバマ政権に挑戦した「ティーパーティ(茶会)」運動などに見られた共和党の路線は、ここで否定されたことになります。

5つ目としては、ここまで大規模な歳入カットを決めたということは、アメリカが自ら「そう簡単には戦争に踏み切れない」という縛りをかけたことを意味します。朝鮮半島でも、中東でも大規模な軍事作戦が起きる可能性は低くなったと考えられます。

2017年のアメリカの政局は、この税制改正案可決という大きな政治的事件と共に終わりを告げようとしています。2018年も、引き続き筋書きのないドラマが続いていくことになるのでしょう。

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