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クリスマスは精神的アヘン――中国グローバル化の限界

ニューズウィーク日本版 2017年12月27日 18時0分

習近平総書記の意向に沿って、中国の一部地域でクリスマス行事を抑制する動きが出ている。そこには中国共産党一党支配の限界と同時に、グローバル化経済における旗手を担えない中国の限界が見て取れる。

クリスマスは西洋の精神的アヘン

今年12月11日、湖南省衡陽市の中国共産党委員会・紀律検査員会は「党員幹部がクリスマス・イブやクリスマスの祝賀行事に参加することを厳しく禁止することに関する通知」というお達しを出した。

それによれば「第19回党大会における習近平の精神に基づき、党員幹部およびその直属の親戚は、西洋的背景のある如何なる宗教活動にも参加してはならない」とし、その例として「クリスマス・イブ」と「クリスマス」を挙げている。

党員および党幹部は、家族、友達、同僚、親友などに対して、社会管理の秩序を守り中華の伝統文化を発揚させるために、各機関、事業団体、企業、社会団体、小中学校や高校、大学において、西洋文化に毒された行事ではなく、愛国教育や中国伝統文化に根差した活動に邁進するよう宣伝活動を行なっていくこと、とも指示している。

何よりも驚くべきは、その「通知」の第四項に、以下のような文言があることだ。

四)党員幹部は厳格に共産主義という信仰を厳守しなければならず、クリスマス・イブやクリスマスなど、西洋の迷信や精神阿片(アヘン。中国語では鴉片)に盲従して、いかなる宗教活動にも参加することを許さない。もし発見したら、ただちに調査する。その結果、問責を受けるものと心得よ。

つまり、クリスマス行事に参加することは「精神的なアヘン吸引」に相当すると位置づけているのである。

同様の通達は、安徽省の共青団(共産主義青年団)からも出されており、ここでは「クリスマスは中国の"屈辱の祝日"である」とさえ書いている(12月17日)。なぜなら中国はかつて「西欧列強の侵略を受けたからだ」とのこと。

こうなると、西太后時代の義和団の乱(1900年、生活に苦しむ農民を集めて起こした反キリスト教の排外運動)に遡ることになる。

遼寧省瀋陽市の高等教育共青団組織は、「共青団員はクリスマスを祝賀してはならない」という決定を通達している。

朝鮮戦争の時に天津にはクリスマス・ツリーが

1950年6月、朝鮮戦争が始まった時、筆者は北朝鮮に隣接する吉林省延辺自治州の延吉にいた。街には北朝鮮から逃れてきた多くの難民が溢れ、「アイゴー、アイゴー」という泣き声が充満した。



この年の12月8日、筆者は万里の長城を越えて天津に移ったのだが、何よりも驚いたのは天津駅の広場には巨大なクリスマス・ツリーが輝いていたことである。長春における国共内戦(1946年~48年)や延吉における朝鮮戦争と、戦争に次ぐ戦争の日夜を暮らしていた筆者にとって、天津の夜空にチカチカと点滅する豆電球の数々は、まるで別世界のように映った。その衝撃により、長春で死体の上で野宿して精神に異常を来していた筆者は、失っていた「話す」という力を取り戻した経験がある。

クリスマス・ツリーは、やがて「資本主義的だ」という理由で、毛沢東の命令により撤去され、「中国共産主義」という信仰以外の全ての信仰が「迷信」として取り締られた。信者たちは逮捕投獄され、労働改造所に送られたまま、帰らぬ人となっていった。

天津はそのような街だったので、50年代初頭から始まった政治運動(三反五反運動)で真っ先に逮捕され処刑されたのは天津の関係者だった。市民に公開処刑を強制的に見に行かせて、見せしめとしたのである。

文化大革命期には

文化大革命(1966年~76年)期間では、「破四旧」という運動が展開され、「旧文化、旧思想、旧風俗、旧慣習」がつぎつぎと破壊され、関係者は逮捕投獄の対象となっていった。  

1966年8月1日から8月12日に開催された中国共産党第8回党大会の第11回中央委員会全体会議では、「文化大革命に関する決定」が決議され、「破四旧」が成文化された。

今年10月18日から24日にかけて、習近平政権は二期目の党大会である第19回党大会を開催したが、その開幕の演説で、習近平は「中国人民は自らの祝日を祝うべきだ」と述べている。

これは、中国共産党に対する人民の信頼が揺らぎ、よほど「中国共産主義への信仰」を強制し発揚させないと、一党支配体制が危なくなっているという証拠の一つとみなすべきだろう。

だからこそ、11月5日のコラム<中国新「中央宣講団」結成――中国に進出する日本企業にも影響か>に書いたような洗脳活動の強化が必要となってくるのである。

天津の小学校時代からの友人はキリスト教徒なのだが、さまざまな圧迫を受け、最近では家で信者同志が集まる「家庭教会」に逃げていた。ところがそれも当局の弾圧により解散させられたり、中には逮捕されている者もいるという。

ネットユーザー「共産主義も西洋の精神文化だが...」

習近平政権になってからネット規制が激しくなっているので、網民(ネット市民、ネットユーザー)のコメントもすぐに消されてしまうが、その隙を縫って読んだものに、以下のようなコメントがあった。



●共産主義の基本である「マルクス・レーニン主義」も西洋の精神文化だが、じゃあ、いっそのこと共産主義も捨てた方がいいんじゃないか?

●党大会に参加している共産党幹部も皆、西服(西洋の背広)を着ているけど、あれもやめるべきでは?

●党大会では「国際歌(インターナショナル。日本では"労働歌")」を歌うよね?それも欧米崇拝になるから、やめたら?

●じゃあ、西洋医学は捨てて、中医(漢方医)だけにしなきゃ。車もダメ。人力車だね。もちろん、パソコンもネットも使っちゃダメ!

●いやいや、中国はちゃんと守っているよ!北朝鮮と同じく、googleを使っちゃいけないじゃない?フェイスブックを禁止している国も、中国、北朝鮮、キューバとイラン。ほらね、西洋文化をキチンと禁止しているでしょ?

中国はグローバル経済の旗手になれない

いまアメリカにトランプ大統領が誕生したために、中国はあたかも「中国こそがグローバル経済のトップ・リーダーとなる」と喧伝しているが、中国にはグローバル・スタンダードを世界と共有する基礎がない。

市場経済の旗手となるには、まず「言論の自由」と「民主」そして「透明性」が不可欠だ。しかし習近平政権は、その真逆に向かって動いている。

人民の中国共産党に対する信頼の欠如から、ますます言論弾圧、そして思想の強要と弾圧を強化しているのである。

その中国の本質が見えず、「一帯一路」構想への協力などで、又もや中国の覇権に手を貸そうとする日本の政界、経済界に、「遅くなったクリスマス・プレゼント」として、この警告をプレゼントしたい。

[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』(飛鳥新社)『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版も)『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)

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