Infoseek 楽天

ディズニーが認めたテクノロジーアーティスト深澤研 MR技術で世界に魔法をかける

ニューズウィーク日本版 2018年1月5日 12時50分

<MRを駆使した「バーチャルお化け屋敷」など新時代のホラーエンターテインメントを生み出す深澤の底知れぬ驚きの世界>

目を開けると、中世ヨーロッパの朽ち果てた洋館の廊下に立っている。目の前の重厚感のある扉を開けると、長年無人だった家独特のよどんだ空気に包まれ、カビ臭さにツンと鼻を突かれた気さえする。絶えず何かの気配を感じながら、ふとランタンを隅の暗闇にかざすと、壁に黒光りしたイナゴの群れが羽を震わせながらうごめいていた。

どこからともなく聞こえてくる子守歌。声をたどって部屋に入ると、ベッドの横に優しそうな貴婦人がたたずんでいる。ようやく人に出会って安堵したのもつかの間、彼女には足がない──。すると突如、醜悪な亡霊に変わり、すごい速さで迫ってきた。絶叫して身を縮めた瞬間、亡霊が体の中を通り過ぎていった。現実ではないのに、冷気が体を吹き抜けるのを感じた。

これは昨夜の悪夢でも妄想でもない。東京・お台場に2017年10月に誕生したエンターテインメント施設「TYFFONIUM(ティフォ二ウム)」のホラーアトラクション「Corridor(コリドール)」。先端テクノロジーを駆使した、いわば現代版ホーンテッドマンションだ。

 TYFFON INC.

異世界への入り口となるのは紫色で覆われた8.5メートル×4.5メートルの部屋。ここに入って頭にヘッドマウントディスプレイを装着し、バックパックPCを背負えば準備完了だ。

TYFFONIUMはVR(仮想現実)技術にMR(複合現実)を掛け合わせた世界初のエンターテインメント施設。ここで提供されるバーチャル世界では、体験者は自分や同伴者の姿が見える上、自ら歩いて回れるので、異世界に体ごと入り込んだような没入感を味わえる。



想像を超える世界を生む深澤 TYFFON INC.

手掛けたのはティフォン社の深澤研CEO。彼の穏やかな口調からは想像できないが、新時代のホラーエンターテインメントの仕掛け人として世界でも注目される実力派だ。

超リアルな6万匹のイナゴと亡者

深澤の出世作は2010年に発表した『ゾンビブース』シリーズ。ユーザーの顔写真をリアルな3Dゾンビに加工するアプリだ。今でこそ同タイプのアプリがひしめき活況を呈する分野だが、その先駆けとも言える。

一般的に1000万ダウンロード(無料)で大ヒットとされる業界で、シリーズ累計4000万ダウンロードを達成。今も毎年ハロウィーンの時期には、通常の約10倍の勢いでダウンロード数が伸び続けている。


シリーズ第2弾の『ゾンビブース 2』 TYFFON/YouTube



深澤が設立したティフォンは2014年、シリコンバレーでも有名なスタートアップ支援プログラム「ディズニー・アクセラレーター」の第1期生としてアジアから唯一選ばれ、インキュベイトファンドから100万ドルを調達した。この資金を元に作ったのがCorridorだ。

技術に疎い人にも「これはすごい」と感じさせるCorridorの魅力は、圧倒的な没入感にある。それを実現するには、体験者が自分や同伴者の姿を見えるようにすること、その世界を見るだけでなく歩き回れるようにすることが必要と考えた深澤たちは、「マジックリアリティ」という独自システムを開発した(商標登録と特許を申請中)。

さらに、作り物じみた残念感がない点も没入感を生み出す重要な要素。従来のMRコンテンツは最初こそ目新しさに驚かされるが、慣れるに従って薄っぺらく感じるようになる。



かざしたランタンに反応する仕掛けも TYFFON INC.

その点、深澤が作る世界には底知れない驚きがある。通路の隅にうごめく6万匹のイナゴは、体験者の動きに応じて飛び方も変わるようプログラミングされている。あまりにリアルで、飛んでくるイナゴを思わず手で振り払ってしまうほどだ。

舞台となる館の歴史や背景も細かく設定。住人を襲った悲劇、重なる不幸、そこから始まる黒い噂を小説のように作り込み、登場する無数の「亡者」にはそれぞれ生前の姿まで設定した。そこまでする理由を深澤に尋ねると、「やりたいことをやっただけ」と、サラリと言う。しかし、そこに他と一線を画す本質がある。未知の技術をどう生かすかという「技術先行型」ではなく、表現したい世界がまずあって、それを実現するために技術を使う。だから、技術ありきの場合に陥りやすい空虚さとは無縁でいられる。

【参考記事】「動く油絵」を駆使してゴッホの死に迫る異色作

深澤が作り込む世界は怖いだけでなく、ため息をつくほど美しい。そんな美しいホラーの世界に魅了されたのは4歳の頃。家族と出掛けた東京ディズニーランドで、ホーンテッドマンションを訪れたのがきっかけだ。

東京・大田区で3人兄姉の末っ子として育ったが、人見知りが激しく小学生の頃に通った学習塾では友達はゼロ。でも絵を描くことと、耽美な外国のホラーやファンタジーの世界が大好きで、特にミヒャエル・エンデの『モモ』と『はてしない物語』の世界に夢中になった。レオナルド・ダビンチの解剖のデッサン画を夢中で模写し、誕生日にもらった人間の頭蓋骨の石膏像を持ち歩いた。

金工作家の母親から誕生日に贈られた石膏像 Norie Toriyama-Newsweek Japan



映像作品『ざくろ屋敷』の原画。フランスに現存する「ざくろ屋敷」を訪れて館を忠実に再現した Ken Fukazawa

怖いだけではない世界観

大学卒業後は、システムエンジニアなどIT関連の仕事をしながら、絵画やCGを使った映像も制作するように。2006年には、文豪バルザックの『ざくろ屋敷』を原作にした映像作品の作画を手掛け、美しくも不穏な予感を秘める独特な世界観が高く評価された。パリのバルザック博物館からオファーを受け、個展が開かれたほどだ。

映像作品『ざくろ屋敷』の原画。 Ken Fukazawa

昔も今も共通するのは、ただ怖いのではなく、記憶に残る世界を作りたいという思い。地獄を旅したり魔物の体内を探検したり、現実の代替ではなく現実以上の魔法のような体験をしてほしいと深澤は言う。「大好きな一人旅で、ふとした瞬間や情景に出くわしたときの感動や驚きを、最大限に増幅させて表現したい」

TYFFONIUMでは2017年12月22日から、床に振動を加えて一層リアリティーを高める試みをスタートさせた。さらに2018年春には黄泉の世界の船旅をテーマとした作品を始動し、同時に体験できる人数も現在の2人から4~5人に増やす見通しだ。

MRなど新しいバーチャル体験を生み出す技術は、今後も注目の領域だ。現在マイクロソフトが主導しているが、アップルもAR(拡張現実)グラスを2019年には発表すると噂されている。

そんななか、深澤も新しいアイデアを温めている。例えば世界中にTYFFONIUMを作り、遠隔地を繋げてリアルタイムに国境を超えた交流ができたら──そんな夢のような世界さえも、深澤なら「正夢」にしてくれる気がする。


TYFFON/YouTube

[本誌2017年12月19日号掲載]


ニューズウィーク日本版のおすすめ記事をLINEでチェック!



鳥山愛恵(本誌記者)

この記事の関連ニュース