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イラン制裁の皮肉な成果

ニューズウィーク日本版 2018年1月11日 16時0分

<イラン当局を締めあげるための米政府の措置がネット上の反体制派弾圧を手助けする結果に>

イラン各地で昨年末、政府の腐敗と生活苦に抗議する大規模デモが始まると、当局はおなじみの戦略を繰り出した。

12月31日には、4000万人以上のイラン人ユーザーがいるメッセージアプリ「テレグラム」へのアクセスを遮断。写真共有アプリのインスタグラムなど、その他のソーシャルメディアも次々と規制の対象になった。言うまでもなく、狙いは反政府暴動についての情報が広まるのを阻止することだ。

この弾圧には、意外な助っ人がいた。アメリカの制裁措置だ。アメリカはイラン政府を孤立させ、その行動を罰する目的で90年代から制裁を続けてきた。

過去には効果を上げたこともあった。専門家によれば、15年の核合意もその一例だ。イランが核兵器開発の制限に同意するのと引き換えに、アメリカは16年に多くの制裁措置を解除した。しかし、アメリカのテクノロジー企業の製品・サービスは、依然として規制されている。

皮肉なのは、イランの政府だけでなく社会の一部も、この規制で打撃を受けていることだ。例えば、自由の拡大を求めるイランの市民団体にとって、アメリカ生まれのテクノロジーは活動に欠かせないツールだ。この問題に詳しいイラン人によると、制裁の影響は100以上のサービスに及んでいる。

規制リストには、抗議デモの開催場所を告知するPDF文書の作成に必要なアドビシステムズのソフトウエアなど、基本的な製品やサービスが含まれている。国内のネット規制を回避するアプリの作成に使えるアンドロイド用開発ツールも、グーグルアップエンジンやグーグルクラウドのようなウェブサービスも、ウイルス対策ソフトも規制対象だ。

「こうした制裁は一般の人々を傷つけるものだと、米政府には何度も訴えている」と、イラン人権センターのインターネットセキュリティー専門家アミール・ラシディは言う。

トランプ政権は制裁強化

ラシディらのグループは米政府に対し、アメリカの企業が制裁違反で罰金を科される心配をせずに情報通信技術関連製品をイランに提供できる「一般許可」を出すよう求めている。だが、今のところ反応はない。

米国務省のアンドルー・ピーク副次官補は1月4日、イラン国内での情報の自由な流れを確保するよう米企業に促していると、BBCに語った。だがトランプ米政権が制裁緩和に動く兆候はほとんどなく、むしろ追加制裁を科す可能性が高い。



米財務省は4日、弾道ミサイルの開発に関与したとしてイランの企業等に制裁を科した。ピークはBBCの取材に対し、将来はネット規制に関与したイラン政府当局者を制裁の対象にする可能性もあると語っている。

財務省の制裁担当者は長年、イランに情報通信技術を提供する方法の研究を続け、グーグルやアップルのような企業がイラン市場に参入できるようにする例外規定を検討してきた。だが、思うような成果は出ていない。

オバマ前米政権は13年と14年、通信情報技術のイラン輸出を促し、制裁がイラン当局の言論弾圧の助けになる事態を防ぐことを目的とした一般許可を出した。グーグルとアップルはすぐにイランのユーザーが自社のアプリストアを利用できるようにしたが、米企業は製品やサービスの提供に消極的だった。決済システムに懸念があったためだ。

米政府がイランの銀行に金融制約を科している現状では、米企業がイラン国内で無料サービス以上のものを提供するのは難しいと、財務省時代に一般許可の文書作成に関わった新米国安全保障センターのピーター・ハレル上級研究員は指摘する。「カネを稼ぐ方法を発見した会社はまだ1つもない」

さらに米企業は制裁違反を回避するため、イラン政府が自社の製品やサービスを使っていないことを確認しなければならない。一方、イラン政府はフェイスブックやツイッターなど、自国内で使われているサービスを自由に締め上げられる。イラン全土に抗議デモが拡大して以降は弾圧がさらに強化された。

ネット企業が過剰反応?

いまイラン政府の情報統制で最大の標的になっているのは、テレグラムだ。メッセージを暗号化してやりとりできるので、政府の検閲をかいくぐることができた。しかし、政府がこのアプリへのアクセスを遮断したことで、イランの人々は最も普及していた情報拡散ツールをほぼ利用できなくなった。

テレグラム以上にセキュリティーが強力な「シグナル」という暗号化メッセージアプリもあるが、イランではほぼ使えない。グーグルの取った行動が原因だ。

シグナルは国家による遮断を防ぐためにグーグルアップエンジンを利用している。専制国家がこのアプリを使えないようにするためには、グーグルのサービスを全て遮断する必要がある。そのような措置は専制国家でも二の足を踏む。



イラン政府はこの難問に悩まされずに済んでいる。制裁違反を問題にされることを恐れたグーグルが自発的にサービスを停止したからだ。

人権活動家などは、グーグルやその他のテクノロジー企業に対し、制裁のルールを厳格に解釈し過ぎないよう呼び掛けてきた。しかし、企業側の弁護士の抵抗が非常に強いという。テクノロジー企業は概してイランのインターネットの自由に理解があるが、「弁護士のところで話が止まってしまう」と、イランなどでのオンライン情報へのアクセスを支援している団体「ASL19」のフェレイドゥーン・バシャル共同事務局長は言う。

企業の行動を変えさせる障害になっているのは、法律だけではない。「イラン系アメリカ人公共問題連盟」のモラド・ゴルバン政治・政策担当部長が言うように、今の政治環境では「イランに弱腰だとは、誰も思われたくない」のだ。

From Foreign policy Magazine

<本誌2018年1月16日[最新号]掲載>


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イライアス・グロル(フォーリン・ポリシー誌記者)

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