<ISIS掃討に貢献したシリアのクルド人も反アサドのトルコもアメリカの同盟相手。だが今のまま放っておけば、同盟相手同士の対立がエスカレートしそう>
シリア内戦におけるアメリカの重要な同盟相手であるクルド人勢力が、もう1つの同盟国、つまりトルコから攻撃を受けている。これによりアメリカはやっかいな立場に立たされている。
トルコ軍は1月19日、シリア北部アフリンへの攻撃を開始した。「オリーブの枝」作戦だ。アフリンを支配するのはクルド人を中心とした反政府勢力のシリア民主軍(SDF)で、アメリカの支援を受けている。攻撃が始まる少し前、アメリカはシリアのトルコ国境地帯にSDF主体の3万人強の警備部隊を創設する提案を行ったが、トルコ政府はこれに強く反発。米政府がこの案を撤回した後もトルコ側の怒りは解けなかった。
トルコはSDFの中核である人民防衛隊(YPG)などのクルド人民兵部隊をテロ組織と考えており、以前からアメリカにたて突くことになっても攻撃対象にするという考えを示していた。
ロイター通信によればトルコのヌレティン・ジャニクリ国防相は「作戦は事実上、国境を挟んだ砲撃によって始まった」と述べたという。また、まだトルコの地上部隊はアフリンに入っていないという。
「シリア北部のすべてのテロネットワークそしてテロ分子は根絶されるだろう。他に道はない」とジャニクリ国防相は述べた。「アフリン中心部での作戦は長くかかるかも知れないが、同地のテロ組織はあっという間に壊滅するだろう」
頼りになったクルド人民兵
トルコ側の言う「テロネットワーク」、中でもYPGは、シリアにおける米国のISIS(自称イスラム国)掃討作戦の主力を担ってきた。米軍率いる有志連合軍がISISへの空爆を開始して1年後、そしてロシアがシリアのバシャル・アサド大統領を支援するために内戦への軍事介入を始めた1カ月後の2015年10月、アメリカの支援でSDFは創設された。反政府勢力の度重なる敗北やイスラム過激派の影響力拡大を受け、アメリカの支援の重心はクルド人勢力へと移っていく。
米主導のISIS掃討作戦はシリア北部で大きな成果を上げ、昨年10月にはISISの事実上の「首都」だったラッカを奪還。トルコはシリア反政府勢力を支援する立場を維持する一方で、自国との国境近くでクルド人民兵の活動が活発化することに神経を尖らせていた。トルコ国内で数十年にわたって分離独立のための武装闘争を続けているクルド労働者党(PKK)との関係を疑ったためだ。トルコは国内でのPKKの活動を禁止している。
ISIS掃討作戦が終わりに近づく今も、アメリカはクルド人勢力への支援に力を入れ続けている。シリア政府軍が各地の戦闘で勝利を収める中、アサド政権を支援するイランの影響力が強まっており、その防波堤にしたい考えなのだ。もっとも専門家は、もしアメリカがNATO加盟国でもあるトルコとの協力関係の維持を望むなら、現在の戦略を見直す必要があるかも知れないと指摘する。
米トルコは間接的な「戦争状態」
「アメリカとトルコの政策はゼロサムゲームになっている。トルコはシリアにおけるアメリカのパートナーと戦争状態にあり、その結果、間接的にだがアメリカと戦争状態にある。シリアのクルド人組織であるYPGを巡る対立は、アサド退陣といった共通の目標に向けて両国が同一歩調を取る大きな妨げになっている。アメリカはこの対立の深刻さを過小評価している」と、米軍事研究所のトルコ人アナリスト、エリザベス・テオマンは言う。
「アメリカが政策の基礎を置いているのは、YPGとPKKの間に関係はない、つまりトルコ国内で続いている武力闘争とシリアのクルド人勢力とは無関係だという『神話』だ。アメリカが政策を現実に合わせるまで、トルコの反発はエスカレートするだろう」とテオマンは言う。
トルコはこれまで繰り返し、アサド大統領を非難し、その退陣を求めてきた。だが政府軍の勝利、特に16年12月のアレッポ奪還により、ロシアやイランとともに内戦解決の道を探ることを余儀なくされた。その過程でトルコがロシアの先進的なミサイル防衛システムの調達を決めたことなどにより、シリアをめぐるトルコとアメリカの関係はますます悪化した。
過去最悪の関係
先週、トルコ政府は反政府勢力が支配する唯一の県であるイドリブ県へのシリア政府軍の侵攻をめぐってイランとロシアの駐トルコ大使を呼び出した。さらに米軍がクルド人武装勢力を支援していることでアメリカの代理大使を召喚した。トルコ政府はそれぞれに抗議の意を伝える一方で、アメリカが支援するクルド人勢力に対してのみ軍事行動を起こした。トルコの作戦の背後にはロシアやイランとの協調があったとも伝えられる。
米トルコ関係はこれまでで最悪の状態になったかも知れないが、新たな戦争が近づいているわけでは必ずしもない。もっとも、トルコもしくはYPGがさらに態度を硬化させ、アメリカがどちらかの側に味方することを余儀なくされれば、新たな紛争が発生する可能性もある。
「アメリカはトルコのアフリン攻撃に軍事的に対応することはないだろうが、北部マンビジへの攻撃は思いとどまらせようとするだろう。マンビジには米兵がいるにもかかわらず、(トルコの)エルドアン大統領は武力で奪取すると意向を示している。シリアに展開する米軍の最大の懸念は、トルコとYPGの対立がエスカレートすることだ。YPGはトルコから攻撃を受ければ大規模な報復をすると示唆している」と、軍事研究所の上級情報プランナー、ジェニファー・カファレラは本誌に語った。
クルド人勢力はロシアとも接近
「戦争がトルコ領内に拡大するのを避けるため、アメリカは緊張緩和に力を入れ、YPGをどこまで許容できるか定めようとするだろう。もしYPGがトルコ領内で攻撃を行えば、アメリカはシリアにおけるYPG部隊に対する支援のあり方と規模を見直さざるを得なくなるだろう」とカファレラは言う。
クルド人側にはアメリカから見捨てられるとの懸念が以前からあり、SDFはこの数カ月、ロシアとの関係を深めている。
シリアのクルド人はまた、シリア政府との交渉も開始している。東部デリゾールにあるクルド人支配下の油田と引き換えに、シリア北部における自治権拡大を手に入れようという算段だ。
ロシアもまた、トルコとシリア国内のクルド人との対立に巻き込まれている。トルコ国内の報道によれば、トルコの攻撃を見越したロシアの監視団員はアフリンから退避したという。だがロシア国営のRIAノーボスチ通信社によれば、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相はこれを否定している。
ラブロフは今回の攻撃のきっかけとなったアメリカの国境警備部隊計画をトルコ、イラン、シリアと足並みをそろえて非難しているが、一方でISISとの戦いでロシアはYPGと直接、協力もしており、クルド人組織をロシア南部ソチで開催予定の「シリア国民対話会議」に参加させたい考えだ。
(翻訳:村井裕美)
トム・オコナー
シリア内戦におけるアメリカの重要な同盟相手であるクルド人勢力が、もう1つの同盟国、つまりトルコから攻撃を受けている。これによりアメリカはやっかいな立場に立たされている。
トルコ軍は1月19日、シリア北部アフリンへの攻撃を開始した。「オリーブの枝」作戦だ。アフリンを支配するのはクルド人を中心とした反政府勢力のシリア民主軍(SDF)で、アメリカの支援を受けている。攻撃が始まる少し前、アメリカはシリアのトルコ国境地帯にSDF主体の3万人強の警備部隊を創設する提案を行ったが、トルコ政府はこれに強く反発。米政府がこの案を撤回した後もトルコ側の怒りは解けなかった。
トルコはSDFの中核である人民防衛隊(YPG)などのクルド人民兵部隊をテロ組織と考えており、以前からアメリカにたて突くことになっても攻撃対象にするという考えを示していた。
ロイター通信によればトルコのヌレティン・ジャニクリ国防相は「作戦は事実上、国境を挟んだ砲撃によって始まった」と述べたという。また、まだトルコの地上部隊はアフリンに入っていないという。
「シリア北部のすべてのテロネットワークそしてテロ分子は根絶されるだろう。他に道はない」とジャニクリ国防相は述べた。「アフリン中心部での作戦は長くかかるかも知れないが、同地のテロ組織はあっという間に壊滅するだろう」
頼りになったクルド人民兵
トルコ側の言う「テロネットワーク」、中でもYPGは、シリアにおける米国のISIS(自称イスラム国)掃討作戦の主力を担ってきた。米軍率いる有志連合軍がISISへの空爆を開始して1年後、そしてロシアがシリアのバシャル・アサド大統領を支援するために内戦への軍事介入を始めた1カ月後の2015年10月、アメリカの支援でSDFは創設された。反政府勢力の度重なる敗北やイスラム過激派の影響力拡大を受け、アメリカの支援の重心はクルド人勢力へと移っていく。
米主導のISIS掃討作戦はシリア北部で大きな成果を上げ、昨年10月にはISISの事実上の「首都」だったラッカを奪還。トルコはシリア反政府勢力を支援する立場を維持する一方で、自国との国境近くでクルド人民兵の活動が活発化することに神経を尖らせていた。トルコ国内で数十年にわたって分離独立のための武装闘争を続けているクルド労働者党(PKK)との関係を疑ったためだ。トルコは国内でのPKKの活動を禁止している。
ISIS掃討作戦が終わりに近づく今も、アメリカはクルド人勢力への支援に力を入れ続けている。シリア政府軍が各地の戦闘で勝利を収める中、アサド政権を支援するイランの影響力が強まっており、その防波堤にしたい考えなのだ。もっとも専門家は、もしアメリカがNATO加盟国でもあるトルコとの協力関係の維持を望むなら、現在の戦略を見直す必要があるかも知れないと指摘する。
米トルコは間接的な「戦争状態」
「アメリカとトルコの政策はゼロサムゲームになっている。トルコはシリアにおけるアメリカのパートナーと戦争状態にあり、その結果、間接的にだがアメリカと戦争状態にある。シリアのクルド人組織であるYPGを巡る対立は、アサド退陣といった共通の目標に向けて両国が同一歩調を取る大きな妨げになっている。アメリカはこの対立の深刻さを過小評価している」と、米軍事研究所のトルコ人アナリスト、エリザベス・テオマンは言う。
「アメリカが政策の基礎を置いているのは、YPGとPKKの間に関係はない、つまりトルコ国内で続いている武力闘争とシリアのクルド人勢力とは無関係だという『神話』だ。アメリカが政策を現実に合わせるまで、トルコの反発はエスカレートするだろう」とテオマンは言う。
トルコはこれまで繰り返し、アサド大統領を非難し、その退陣を求めてきた。だが政府軍の勝利、特に16年12月のアレッポ奪還により、ロシアやイランとともに内戦解決の道を探ることを余儀なくされた。その過程でトルコがロシアの先進的なミサイル防衛システムの調達を決めたことなどにより、シリアをめぐるトルコとアメリカの関係はますます悪化した。
過去最悪の関係
先週、トルコ政府は反政府勢力が支配する唯一の県であるイドリブ県へのシリア政府軍の侵攻をめぐってイランとロシアの駐トルコ大使を呼び出した。さらに米軍がクルド人武装勢力を支援していることでアメリカの代理大使を召喚した。トルコ政府はそれぞれに抗議の意を伝える一方で、アメリカが支援するクルド人勢力に対してのみ軍事行動を起こした。トルコの作戦の背後にはロシアやイランとの協調があったとも伝えられる。
米トルコ関係はこれまでで最悪の状態になったかも知れないが、新たな戦争が近づいているわけでは必ずしもない。もっとも、トルコもしくはYPGがさらに態度を硬化させ、アメリカがどちらかの側に味方することを余儀なくされれば、新たな紛争が発生する可能性もある。
「アメリカはトルコのアフリン攻撃に軍事的に対応することはないだろうが、北部マンビジへの攻撃は思いとどまらせようとするだろう。マンビジには米兵がいるにもかかわらず、(トルコの)エルドアン大統領は武力で奪取すると意向を示している。シリアに展開する米軍の最大の懸念は、トルコとYPGの対立がエスカレートすることだ。YPGはトルコから攻撃を受ければ大規模な報復をすると示唆している」と、軍事研究所の上級情報プランナー、ジェニファー・カファレラは本誌に語った。
クルド人勢力はロシアとも接近
「戦争がトルコ領内に拡大するのを避けるため、アメリカは緊張緩和に力を入れ、YPGをどこまで許容できるか定めようとするだろう。もしYPGがトルコ領内で攻撃を行えば、アメリカはシリアにおけるYPG部隊に対する支援のあり方と規模を見直さざるを得なくなるだろう」とカファレラは言う。
クルド人側にはアメリカから見捨てられるとの懸念が以前からあり、SDFはこの数カ月、ロシアとの関係を深めている。
シリアのクルド人はまた、シリア政府との交渉も開始している。東部デリゾールにあるクルド人支配下の油田と引き換えに、シリア北部における自治権拡大を手に入れようという算段だ。
ロシアもまた、トルコとシリア国内のクルド人との対立に巻き込まれている。トルコ国内の報道によれば、トルコの攻撃を見越したロシアの監視団員はアフリンから退避したという。だがロシア国営のRIAノーボスチ通信社によれば、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相はこれを否定している。
ラブロフは今回の攻撃のきっかけとなったアメリカの国境警備部隊計画をトルコ、イラン、シリアと足並みをそろえて非難しているが、一方でISISとの戦いでロシアはYPGと直接、協力もしており、クルド人組織をロシア南部ソチで開催予定の「シリア国民対話会議」に参加させたい考えだ。
(翻訳:村井裕美)
トム・オコナー