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セックスドールに中国男性は夢中

ニューズウィーク日本版 2018年1月24日 16時10分

<一人っ子政策が生んだ性犯罪対策の切り札か、女性蔑視を助長するだけの「大人のおもちゃ」か>

自転車からベッドまで、何でもシェアしてしまう中国人はたくましい。だから寂しい殿方を慰めるセックスドールをシェアするスマートフォン向けアプリの登場くらいで驚いてはいけない。

そのアプリは「タッチ(他趣)」。さまざまなタイプの人形が用意されていて、レンタル料は1日298元(約5000円)で保証金が8000元(約13万8000円)。もちろん1回ごとに洗ってから出荷する。

たちまち人気は沸騰したが、慌てた当局の命令でサービスは閉鎖に追い込まれた。しかし、それは中国で急速に拡大するセックスドール市場の勢いを象徴する出来事ではあった。

35年以上にわたる「一人っ子政策」と男児偏重の国民的伝統が相まって、中国では2030年時点で男性人口が女性人口を3000万人以上も上回ると予想される。さすがに都市部では男児偏重も薄らぎつつあるが、それでも今後数十年にわたり、深刻な女性不足が中国社会を悩ますのは間違いない。

こうした人口構成のゆがみを是正するため、中国政府は15年に「二人っ子政策」への転換を発表。しかし一世代分の男性が女性不足に泣くという現実は動かせない。3000万といえばカナダの人口に匹敵する。妻となり母となり、いずれは介護の役割も引き受けるであろうそれだけの数の女性を一気に補充する秘策は、中国政府にもない。だから「人妻シェア」を認めろという絶望的な声が上がる一方で、女性の人身売買の増加という許し難い事態も招いている。

だから男性用セックス玩具の需要も増える。業界全体の正確な数字は不明だが、中国共産党系タブロイド紙の環球時報によると、オンライン通販大手のアリババ・ドットコムなどでのセックス玩具の売り上げは過去5年間、年率50%のペースで増加している。

情報サイトのスタートアップリビング・チャイナによれば、16年には「独身の日(11月11日)」のネット通販イベントで、ある出品者からのセックスドール500体が完売。ほぼ1分に1体と注文が殺到した。ちなみにネット通販でセックス玩具を買う人の65%以上は18~20歳の男性だ。

筆者は13年に広東省の東莞にあるセックスドールの工場を取材したが、当時からこんな爆発的ブームを予想していたわけではなかった。ただ一人っ子政策の影響についての本(『中国「絶望」家族』邦訳・草思社)を書くために、女性不足がもたらす複雑な副作用の現場を見ておきたいと思っただけだ。



取材した会社ヒットドールの経営者ビンセント・ホーも、内需よりもむしろ輸出に期待していた。中国国内で独身男性が急増しているのは事実だが、「30歳の独身男なら人形は買わない。生身の女を買うよ」。ホーはそう言っていた。

とはいえ、当時からセックス玩具はよく売れていた。地方から都会に単身で出稼ぎに来る男性がたくさんいたから、需要は確実にあった。

学生たちが開発に協力

繁華街の街角にはセックス玩具の店があった。人工女性器などの商品が堂々と並び、男たちはネット上で、それら器具の使い勝手をオープンに議論していた。欧米社会に比べて、そうしたことに「後ろめたさ」を感じる空気はないようだった。

そうした需要に加え、中国には低コストの製造技術があるから、今でこそニッチなセックスドールの市場も大化けする可能性がある。13年当時、筆者はそんなことを考えていた。

ジーンズにレザージャケットで決めたホーは、50代初めの感じのいい人物だった。彼の会社はもともと輸出用のオフィス家具を製造していたが、コスト高で業績が悪化し、新製品に方向転換したのだった。

工場は小さく、カスタマイズした等身大の人形を月に10~12体ほど、ひつぎのような木箱に入れて出荷していた。ホーは工場内を案内してくれ、表情ひとつ変えずにゴム製の乳首をつまんだり、シリコン製の両脚を押し広げたりしてみせた。

「うちの乳首はとても頑丈だ」と言って、ホーは力いっぱい引っ張った。「人間のなら、こんな扱いには耐えられない」

この取材時点では、高級セックスドールといえばすべて外国製。当時の中国製は安物で、膨らませて使う持ち運び用の人形が主流だった。一方、米カリフォルニア州を拠点とするアビス・クリエーションズなどの有力メーカーは、多少の声を出せて手触りの温かい、しかもカスタマイズできるモデルを1体~1万ドルで販売していた。ホーはこれらをコピーし、安い価格で売り出そうと考えた。

ホーの会社は3年間、広州大学地区にある施設で試作品の開発を続けた。使い心地のテストには周辺の学生たちを動員した。驚いたことに、学生たちは互いに仲良くなり、頻繁に集まって食事やカラオケを楽しむようになり、よく知られた日本語を借りて「かわいいクラブ」というグループ名も付けていた。



広州大学工学部で学ぶフォン・ウエンコアンもメンバーの1人。彼らは当初、人形の体がこわばっていて冷たく、リアルでないと不満を述べたという。ヒットドール社は彼らの意見を聞きながら、さまざまな素材(熱可塑性エラストマーやシリコン)や乳房のサイズ(C~EE)、髪の毛(合成、動物、人毛)、人種(アフリカ人、アジア人、白人)を試した。

当時24歳のフォンは遊び半分で参加し、自分はヒットドールの顧客層に当てはまらないと思っていた。クラブのメンバーも、みんな「本物の女性を見つける」つもりでいた。

彼らに衛生面の心配はなかったのか。ホーによれば、彼の会社で造る人形の女性器は1回ごとの使い捨てだ。「かわいいクラブ」のメンバーは、お試し後の人形を自分のものにできたという。「すごい特典だ。ふつうに買えば15ドルはする」とホーは言う。ようやく市場に出せる程度の製品ができるまでに、学生たちには100体ほどの試作品を試してもらった。

ドールは社会に役立つ?

それにしても、東莞を訪問したことは有意義だった。中国南部の工業地帯である東莞には、この国の深刻な女性不足の問題が凝縮されていたからだ。

工場で働くのは女性労働者が多いが、工場や街を支配しているのは男たちだ。景気が最高潮だった頃、男性の幹部社員は妻と離れて何カ月も単身赴任していた。夜ともなればカラオケバーやクラブ、売春宿に繰り出す。だから街は「東洋のアムステルダム」と呼ばれていた。

しかし私の訪問から間もない2月14日のバレンタインデーに、政府は東莞で非常に厳しい売春摘発に乗り出した。中山大学のリン・ジアン教授(財政学)によれば、摘発で市内の総売り上げの1割に当たる約80億ドルが失われた。

以来、売春の都・東莞の「なんでもあり」の雰囲気は消え去った。しかし生身の女性たちの商売が下火になるにつれ、その代用品である人形の市場は盛んになっていった。

もちろん、セックスドールの使用増加に伴う懸念もある。本物の女性を物のように扱う傾向を助長したり、よその国のように暴力がはびこったりするのではないかという心配だ。



一方、「男性の権利」の擁護を掲げる活動家たちはネット上で、セックスドールの使用が広まれば、男たちはこれまでのように女に振り回されないで生きていけると主張している。セックスドールの普及はレイプなどの性犯罪を抑え、人身売買を減らす効果もあるはずだと論じる人もいる。

実際、人身売買の状況は深刻だ。米国務省は17年に、中国を世界の人身売買市場で最悪の国の1つと非難した。近隣諸国から中国に売られてきた女性の数は不明だが、農村部の嫁不足は深刻だから増えていることは確かだ。11~15年にベトナムで人身売買の被害に遭った女性は少なくとも4500人とされるが、そのうち70%は中国に売られており、相場は1人当たり1万8500ドルだという。

セックスドールが人身売買を減らすという主張は外国にもある。人形の使用が増えているのも中国だけではない。スペインには人形専科の売春施設がオープンしている。

例えば日本のような国だったら、セックスドールに群がるだけで変態扱いされるかもしれないが、中国の江西省の場合は切羽詰まった事態への応急措置といえるかもしれない。人口の男女比が大きく崩れ、女性100人に対して男性が138人になっているからだ(世界平均では105人)。

一方で暴力犯罪の増加は既に現実となっている。独身男性は総じて自尊心が低く、鬱病や暴力衝動の傾向が強いともされる。高学歴の女性が増えた反動で、男性が昔を懐かしむ傾向もあり、女性に従順さを説く講座が増えているのも事実だ。

ある男性講師は、自分の講座で、強い女性ほど(女性特有の)癌になりやすいと説いている。つまり「女でいたいと思わないから、そういう癌になる」という理屈だ。

中国美術における女性の描かれ方に詳しい英ノッティンガム大学のリンダ・ピットウッドによれば、セックスドールは「大勢の男が使い回せる、欲望の対象としての従順な女性という妄想」を体現している。「非常に有害な考え方だ。そうした女性観がセックスドールを通じて社会一般に広まる恐れがある」と、彼女は言う。

ロボットと結婚した男も

セックスドールはますます普及し、ますますリアルになっている。大連に本社を置くDSドールや新興企業のJサンテックは、スマホのアプリで簡単な言葉や動作をプログラムできる新製品を展開中だ(当局に摘発されたドールシェアの他趣も、アプリ操作で好みのうめき声を出せる人形を扱っていた)。



しかし人形がリアルな人間に近づけば近づくほど、かえってリアルな女性の人間性を傷つけることになるのではないか。例えば他趣は「ワンダーウーマン」から「香港の女子学生」までいろいろなタイプの人形をそろえていたが、顔はどれも無表情で、本物の人間と作り物の中間の「不気味の谷」といわれる領域の顔だった。もしももっと人間ぽくなれば、それこそ本物の女性と性欲満足マシンの境界は曖昧になる。

中国にあるロボット製造会社でも、限りなく「本物に近い」女性ロボットの開発が進んでいる。安徽省合肥にある中国科学技術大学が開発したロボット佳佳(ジアジア)はスカイプを通じて、ぎこちないながらも米ワイアード誌の記者ケビン・ケリーの取材に答えることができた。

華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)のエンジニアだった鄭佳佳(ジョン・ジアジア)は16年に、自分の作ったロボットに瑩瑩(インイン)と名付け、彼女と「結婚」してしまった。いずれは一緒に散歩したり、家事をこなしたりできるように改良するつもりだ。

今の中国は、出生率の向上と人手不足の解消に必死で取り組んでいる。しかし悲しいかな、どんなに精巧なセックスドールにもできない仕事が1つある。ピットウッドが言うように「子供を産むこと」だ。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2018年1月23日号掲載>

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メイ・フォン(ジャーナリスト)

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