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トランプの貿易戦争が始まった

ニューズウィーク日本版 2018年1月25日 19時40分

<NAFTAの再交渉を強引に進め、中国に対する制裁も辞さないトランプ政権は、世界貿易のルールを破壊しかねない.。1月30日までがヤマ場だ>

国際貿易にとって今後数週間は、1995年のWTO(世界貿易機関)発足以来最も重大な転機になりそうだ。

その結果によっては、世界はアメリカ経済の相対的な弱体化と他国の台頭を前提とした新しい貿易ルールのあり方を見つける必要性に気づかされるかもしれない。

もしくは今月を境に、四半世紀にわたって世界貿易を形作ってきた貿易ルールの崩壊が始まるかもしれない。

今後数週間の核になるのは2つの動きだ。1つは、アメリカ、カナダ、メキシコの間で1月23日にカナダ・モントリオールで始まったNAFTA(北米自由貿易協定)再交渉の第6回会合。もう1つは米中貿易を巡る動き。大きな対中貿易赤字を抱えるアメリカは、ドナルド・トランプ米大統領が一般教書演説を行う1月30日に先立って、中国製品に対する一連の制裁措置を発表する見通しだ。

トランプ政権が一方的な制裁措置にこだわって失望と失敗を招くのか、あるいは貿易相手国との間に妥協点を求めて現実的な解決策を見い出そうとするのか、間もなく分かるはずだ(編集部注:トランプ政権は1月22日、太陽光パネルと洗濯機の輸入急増に対応するため、緊急輸入制限〔セーフガード〕を発動すると発表した。いちばん打撃を受けるのは中国と韓国で、両国とも対抗措置を検討している)。

本当に必要なのは国内政策

NAFTAと対中貿易には、トランプ政権にとってある共通項がある。どちらもアメリカの経済的利益を損なう「バランスの悪い」貿易だということだ(3つ目に重要なのは米韓自由貿易協定〔FTA〕の再交渉で、これも同じ意味合いだ)。

米通商代表部(USTR)のロバート・ライトハイザー代表は、NAFTA再交渉の目標について、もっとアメリカの利益になるよう「バランスの取れた」合意に是正することだと公言している。トランプは1月16日、中国の習近平国家主席と行った電話会談で、アメリカが抱える巨額の対中貿易赤字は「持続不可能だ」と言った。

対中国や対メキシコという2国間の貿易赤字だけをことさらに取り上げて、貿易ルールさえ変えれば問題が解決できるという安直な考え方を笑うのは簡単だ。だが、2000年代にアメリカの製造業の生産高と雇用が深刻な打撃を受けたのは、中国やメキシコ、韓国などからの輸入品が急増した結果だという事実を否定するのはもっと難しい。

米アップジョン雇用研究所のスーザン・ハウスマンは最近の論文でアメリカの製造業はこれまで考えられていた以上にひどい打撃を被っており、その主な原因は(オートメーション化ではなく)他国との貿易競争だった、と指摘している。

貿易不均衡が正せるかどうかはむしろ、アメリカの国内政策にかかっている。技術革新を推進し、インフラに投資し、将来の労働力に対する教育や訓練を充実させることだ。

2017年12月に決まった米法人減税は、アメリカへの新たな投資を促す効果があるだろう。だが貿易ルールも同様に重要だ。アメリカの製造業が国際競争で不利にならないことを重視したという点で、トランプ政権は褒められていい。



トランプ政権がその理論を具体的な成果に変えられるか否かは、これからの数週間にかかっている。NAFTA再交渉に挑むトランプ政権の手法は、今ところ容赦ない。アメリカはカナダとメキシコに対して、自動車などを対象にした原産地規制の見直しや政府調達の開放、加盟国間の紛争解決の仕組みの廃止など、数多くの変更を要求している。カナダやメキシコの生産拠点をアメリカに回帰させる、という意図があるのは明白だ。

最初の一撃としては、これらの要求には相手国に「衝撃と畏怖」を与える効果があった。だが今週は、3カ国すべてが多少なりとも勝利を宣言できる現実的な妥協点を模索しなければならない。トランプ政権にはそういう交渉の準備ができているのだろうか。

対中貿易はどうか。米経済界は、中国に投資するアメリカ企業に対して技術移転を条件に付ける中国の高圧的な態度に苛立ちを強めており、トランプ政権はその強い支持を集めている。だが、トランプ政権がWTOのルールに違反するような対中制裁を発表すれば、その支持もたちまち衰えるはずだ。

元凶はトランプのノスタルジア

トランプ政権は不幸にも、「アメリカを再び偉大にする」というスローガンに込めたトランプのノスタルジアに捕らわれているようだ。アメリカが世界唯一の経済大国で、一方的に他国に対米黒字削減を押し付けることができていた時代はとうに過ぎ去ったというのに。

そのノスタルジアは、USTRが1月19日に発表した年次報告書に驚くほどはっきり表れていた。そこには、「アメリカが中国のWTO加盟を支持したのは誤りだった」とある。「中国の市場開放と市場原理に基づく貿易促進につながらなかった」からだという。

これは歴史の歪曲というものだ。2001年の中国のWTO加盟に至るまでの長くて困難な交渉の経緯を知る人なら、当時のアメリカがいかに強引だったか知っている。それに、中国ほど巨大で経済的に重要な国をWTOの枠組みの外に留まらせておくのは、もはや現実的ではなかったのだ。

中国の市場開放に失敗したのは、共和党と民主党の米政権がその後の対応を怠ったからだ。

この重大な転機に際し、ホワイトハウスの職員は前向きな発言をしている。ある米政権高官は1月19日に報道陣に対し、アメリカは「NAFTAと米韓FTAで良い結果」に落ち着くことを望んでおり、WTOについては中国の台頭に対応できるようにするための「本気の改革」を望む、と言った。どちらとも、なんとしても必要だ。

だがアメリカがその両方を実現するには、トランプ政権が強硬な姿勢や一方的な言動をやめ、カナダやメキシコ、日本、EU、韓国などの同盟国と連携する方法を見つけ、現実的かつ多国間の貿易ルールを確立するしかない。かつてなくバランスの取れた貿易ルールと相応の結果が求められる新時代に突入した、というトランプ政権の見解はそれ自体、正しい。

だがアメリカがそれを実現するには、友人の助けが必要だ。

(翻訳:河原里香)

This article first appeared on the Council on Foreign Relations site.

Edward Alden is the Bernard L. Schwartz senior fellow at the Council on Foreign Relations (CFR), specializing in U.S. economic competitiveness. He is the author of the new book Failure to Adjust: How Americans Got Left Behind in the Global Economy.

エドワード・オルデン(米外交評議会〔CFR〕上級研究員)

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