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働き方改革でも骨抜きにされた「同一労働、同一賃金」 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2018年1月30日 15時50分

<安倍内閣の働き方改革は長時間労働の解消に関しては本気で取り組む姿勢が見られるが、「同一労働、同一賃金」の実現に関しては骨抜きにされている>

安倍政権が目玉の政策として掲げている「働き方改革」ですが、現在は残業規制の実施と、非正規と派遣の同一処遇という2つの問題が現場との調整がつかない中で、「改革の1年先送り」という状況になってきています。

仮に1年遅れとなっても「抵抗を抑えて本当に改革が進む」のであれば、仕方のない面もあります。例えば、残業問題について言えば、「月80時間以下、平均で45時間以下」という数字を軸に調整が続いています。世界の常識から見たら、これでも異常ですが、少なくとも今回について言えば「違反したら送検する」という覚悟で取り組んでいる気配もあり、仮にそうであれば官民の努力を全面的に否定するわけにはいきません。「過労死法案だからアベ政治を許さない」などという一部野党の批判は、少し違うのではないかと思います。

その一方で問題なのは、目玉であった「同一労働・同一賃金」という政策が骨抜きになりつつあることです。この問題については、「何が違法で、何が合法か」という判断基準となる「ガイドライン」というものを厚生労働省が発表しています。その中には「注」として、以下のような記述があります。

「無期雇用フルタイム労働者と有期雇用労働者又はパートタイム労働者の間に基本給や各種手当といった賃金に差がある場合において、その要因として無期雇用フルタイム労働者と有期雇用労働者又はパートタイム労働者の賃金の決定基準・ルールの違いがあるときは、『無期雇用フルタイム労働者と有期雇用労働者又はパートタイム労働者は将来の役割期待が異なるため、賃金の決定基準・ルールが異なる』という主観的・抽象的説明では足りず、賃金の決定基準・ルールの違いについて、職務内容、職務内容・配置の変更範囲、その他の事情の客観的・具体的な実態に照らして不合理なものであってはならない。」

これだけ読めば、国は「本当に同一労働・同一賃金」を実施しようとしている、そんな印象になるわけです。ですが、問題は「具体的な実態」ということで、いろいろなケースについて「これはいいが、これはダメ」ということを例示した部分で、ここでは「おや?」と思うような例がゾロゾロ出てくるのです。

例えば、「C社においては、同じ職場で同一の業務を担当している有期雇用労働者であるXとYのうち、職業経験・能力が一定の水準を満たしたYを定期的に職務内容や勤務地に変更がある無期雇用フルタイム労働者に登用し、転換後の賃金を職務内容や勤務地に変更があることを理由に、Xに比べ高い賃金水準としている。」

というのは「問題ない例」とされています。つまり、転勤や配置転換のある(いわゆる総合職)労働者と非正規という違いは、今後も「そのままでいい」としているのです。



さらに、「基本給について労働者の職業経験・能力に応じて支給しているA社において、ある職業能力の向上のための特殊なキャリアコースを設定している。無期雇用フルタイム労働者であるXは、このキャリアコースを選択し、その結果としてその職業能力を習得した。これに対し、パートタイム労働者であるYは、その職業能力を習得していない。A社は、その職業能力に応じた支給をXには行い、Yには行っていない。」

などというのも「問題ない」というのです。要するに正社員は「特殊なキャリアコース」であり、研修なり経験を得たことで「職業能力」があるとしてパートとは「同一労働、同一賃金」にしなくても良いということです。

また、「B社においては、定期的に職務内容や勤務地変更がある無期雇用フルタイム労働者の総合職であるXは、管理職となるためのキャリアコースの一環として、新卒採用後の数年間、店舗等において、職務内容と配置に変更のないパートタイム労働者であるYのアドバイスを受けながらYと同様の定型的な仕事に従事している。B社はXに対し、キャリアコースの一環として従事させている定型的な業務における職業経験・能力に応じることなく、Yに比べ高額の基本給を支給している。」

というケースも「問題とならない」というのです。総合職は管理職候補のキャリアコースなのだから「パートのアドバイスを受けながら」定型業務をしていても、高額の給与を得て構わないというわけです。

要するに、厚生労働省は「身分制度としての総合職終身雇用制」というのは、「同一労働、同一賃金」の例外として、今後も温存して行く、そう宣言しているわけです。

ここには問題があります。それは現在の日本経済に、スピード感が欠落しており、技術革新において世界に遅れを取っている中で、その原因の一つである「労働市場の流動性のなさ」という問題が、これによって放置されるからです。

本当に改革が実行できる、そのスキルや実行力があるというのではなく「転勤命令への服従を人生設計や家庭に優先する」とか「身分制度に安住して現場における実務スキルと処遇の逆転に無神経でいられる」というような人材が、今後も日本経済の中枢における「管理職候補」のロールモデルであり続けるのです。

それ以前の問題として、世界では高い教育を受けた専門職が高処遇を得ながら転職や起業を繰り返している一方で、日本では終身雇用の共同体というマンモスや恐竜のような組織が残ることで、個々人は企業独自のローカルなカルチャーに束縛された「潰しの効かない」スキル獲得にとどまってしまい、結果的に全体が遅れて行くわけです。

もちろん、そうした組織や個人の活力というのは政策によって「上から」変わるものではなく、あくまで画期的な成功事例が続出する中で初めて変わっていくものなのかもしれません。そうではあるのですが、この「同一労働、同一賃金政策」の「骨抜き」具合というのは、やはり日本経済の変革力のなさを象徴するものとして、落胆させられるのです。

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