Infoseek 楽天

給料が最低レベルの保育士を支えるのは「やりがい感情」

ニューズウィーク日本版 2018年2月8日 15時30分

<保育の現場の人手不足が言われて久しいが、保育士の給料は依然として全業種で比較すれば最低レベル。月額3000円の給与増額は「焼け石に水」でしかない>

認可保育所の選考結果の通知が届き、今年も各地で落選の悲鳴が上がっている。共働き世帯の増加により、保育所への需要は高まっているが、供給がそれに追いつかず、希望しても入れない「待機児童問題」は一向に解消していない。

保育所を増やすには「土地・建物・ヒト」が必要だが、確保に難儀しているのは「ヒト」だ。保育士を確保できず、定員を増やせないでいる保育所は数多くある。なぜ保育士が集まらないかといえば、それは仕事の割に合わない薄給だからだろう。

2016年の厚労省『賃金構造基本統計』によると、保育士の諸手当込の月収は22.3万円で、これの12倍に年間賞与額を足した年収にすると326.7万円だ。年収を計算できる129の職業の中では103番目で、保育士の収入が低いことが分かる。これは公立の保育所に勤務する保育士を含む数値で、私立の保育所に限ればもっと低くなる。

横軸に労働者の平均年齢、縦軸に推定年収をとった座標上に129の職業を配置すると、<図1>のようになる。職業別の年収の比較図だ。



上位3位は、航空機操縦士(パイロット)、医師、大学教授で、年収が1000万円を超える。数年前は弁護士も入っていたが、供給過剰で稼げない弁護士も増えているためか最近は平均年収がかなり下がっている。

保育士の年収は全職業の平均を下回り、年齢が同じくらいの職業の中で最も低い。介護士(福祉施設介助員)もそうだ。共働き化・高齢化の進行で需要が増している職業の待遇が、すこぶる悪い状況にある。



それは当事者の意識にも反映されている。東京都の『保育士実態調査』では、10の項目(給与、勤務時間...)を提示して、それぞれの満足度を尋ねている。<図2>は、満足・不満足の割合を項目ごとに比較したグラフだ。



10の項目のうち8項目は、不満足より満足の割合がずっと高い。労働時間や職場の人間関係などについては、保育士の満足度は高い。不満はもっぱら給与面に集中している。どこを改善したらいいか、これほど明瞭な職業というのも珍しい。

満足度が最も高いのは、仕事のやりがいだ。現役保育士の7割以上が満足と回答している。人の命を預かり、人生初期の人間形成にも関与する重大な仕事だ。それなりの専門性も求められ、誰にでもできる仕事ではない。やりがいに関する満足度は高くなるだろう。

それだけに、恒常的に抱えている給与への不満を言い出しにくい。日本の保育の現場は、保育士たちの「やりがい感情」によって支えられている。介護業界もそうだ。

やりがいと給与に対する意識が対峙する仕事は、そう多くない。該当するのは、人のケアを職務とし、顧客に対する気配り(思いやり)が求められる職業で、保育士や介護士はその典型だ。

社会学者アーリー・ホックシールドの言葉でいうと「感情労働」の仕事で、「顧客のためなら劣悪な労働条件も厭わない、不平を言うべきでない」という思いが生じ、「思いやり疲労」というバーンアウトも起きやすい。保育や介護の業界は、労働者の「やりがい感情」に支えられている面が強いが、その砂上の楼閣はいつ崩れてもおかしくない。

幼児教育の無償化により、3~5歳児の幼稚園・認可保育所の費用が無償になるが、保育士の給与は月額3000円上げるだけとのことで、はっきり言って「焼け石に水」だ。富裕層の優遇にもつながる一律無償化よりも、保育士の待遇を改善し、待機児童問題の解消や保育の「質」の担保に重点をおくべきではないか。無償にしても、入れなければどうしようもない。

財源確保のため、次世代育成税のような課税も検討すべきだろう。保育サービスの充実は、少子化の克服と労働力の増加(女性の社会進出進展)に寄与し、社会の維持存続にとって不可欠だ、そのための費用を国民で分担するのは理に適っている。

<資料:厚労省『賃金構造基本統計』(2016年)、
    『東京都保育士実態調査』(2014年3月)>

舞田敏彦(教育社会学者)

この記事の関連ニュース