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強い欧州を目指すマクロン「第3の道」

ニューズウィーク日本版 2018年2月19日 16時35分

<右でも左でもない新しい政治を訴えて改革を推し進めるマクロンが、フランスを復活させ欧州を安定させる>

1月18日に開かれた英仏首脳会談に先立ち、フランス政府は1枚の歴史的なタペストリー(刺繍織物)をイギリスに貸し出すことを決めた。「バイユーのタペストリー」と呼ばれる作品で、ノルマンディー公ギヨーム2世が1066年の戦いでアングロ・サクソンの王を破り、晴れてイングランド王ウィリアム1世を名乗ったことを記念するもの。

それは今日に至る英国王室の始まりを描いた作品であり、フランス(ノルマンディーはその一部)とイギリスの政治的統合を象徴する作品でもある。だから首脳会談の会場(ロンドン近郊にある陸軍士官学校)にも議題(両国間の防衛協力)にもふさわしかったのだが、それだけではない。

タペストリーには、貸与を決めたフランスのエマニュエル・マクロン大統領の熱い思いが込められている。島国イギリスと大陸欧州は切っても切れない関係で、たとえ今はEUからの離脱を選ぶとしても、千年来の歴史的・文化的な結び付きの求心力は昨今のポピュリズム(大衆迎合主義)がもたらす遠心力よりも強い。そういう固い信念だ。

ノルマンディー公でありながらイギリス国王でもあるというウィリアム1世の二重のアイデンティティーは、いま欧州各国に吹き荒れるポピュリズムが掲げる偏狭で閉鎖的な自国民第一主義を真っ向から否定するものだ。それはまた既成政党の枠組みを壊して大統領選挙を勝ち抜き、フランスの再生と同時にヨーロッパの安定を取り戻す道を探ろうとするマクロン自身の政治的アプローチを体現するものでもある。

こうしたアプローチは功を奏しているようだ。大統領就任からほぼ9カ月、マクロンの国内での支持率は50%を維持している。そしてEU内部はもとより、グローバルな外交の舞台でも、今のフランスは主導的な役割を果たしている。

マクロンはその選挙戦を通じて、欧米諸国が産業革命の時代から引きずる「左派対右派」の対決という政治の構図を超越していた。急速なグローバル化と情報経済化が進み、脱産業時代に入った欧米諸国の直面する社会・経済問題に対処するには、もっと別なアプローチが必要と気付いていたからだ。



価値観の共有は強制せず

もちろん、アメリカのドナルド・トランプ大統領もイギリスのEU離脱派も、伝統的な左右の対立を利用して戦いを制した。ただし投票に勝った後の米英の処方箋は正反対で、トランプの「アメリカ第一主義」が各種貿易協定からの離脱を目指す一方、EU離脱派の「イギリス第一主義」は各国との新たな貿易協定の締結を最重視している。

マクロンのアプローチはどちらとも違う。グローバル化の否定でも無条件の推進でもなく、その中間を行こうとする。それがヨーロッパにおけるフランスの地位を高め、世界におけるヨーロッパの地位を強化する唯一の道と信ずるからだ。

まず国内では、もっぱら市場寄りの改革を推し進めている。いい例が17年9月の労働法改正だ(ポピュリズムの脅威を考慮して、一部に保護主義的な要素を残しているが)。

社会政策はどうか。同性婚などの扱いについてはリベラルな立場だが、移民問題では保守的だ。フランスに難民申請する人の数を減らそうとする試みが、それを表している。

EUについてはどうか。マクロンが掲げるのは「ヨーロッパの人を守る1つのヨーロッパ」だ。EU域内での単一自由市場の実現を望む一方で、中国をはじめとする新興国から安価な製品がEU市場に大量流入する事態は防ごうとしている。

EUの財政統合の深化にはドイツが消極的なので、マクロンが望むようなユーロ圏改革が実現される可能性は(少なくとも短期的には)低いだろう。彼が求める防衛面での連携強化についても、NATOとの調整やEU離脱後のイギリスの役割をめぐる問題の解決が必要だ。

とはいえ、マクロンが今や国際舞台で最も注目を集めるヨーロッパの指導者であることは事実。彼の外交スタイルはおおむね多国間主義だが、EU域内での価値観共有に重点を置く一方で、欧米以外の国に価値観の共有を押し付けてはいない。この幅広くざっくりとしたアプローチが、気候変動など真に世界規模の問題に関し、国際社会を主導していく上で有利に働く。

気候変動の問題では、マクロンの立場はトランプ政権の見解と相いれない。しかしトランプを敵に回すことは避けてきた。同様に、ロシアのプロパガンダに強く反発する一方、ロシアを孤立させるのは危険だと論じてきた。中国に対しては経済関係を優先させ、「一帯一路」構想への支持を表明する一方、人権問題には触れずにいる。

中東については、アメリカほど二律背反的な立場を取っていない。近年のどの指導者よりもイランとの関係修復に意欲を示しており、サウジアラビアの強権的な姿勢(カタールとの断交や、レバノンのサード・ハリリ首相に対する辞任の強要など)には反発する一方で、同国の若き皇太子ムハンマド・ビン・サルマンとは良好な関係を維持している。



ポピュリズムに頼らない

少なくとも現時点で、フランスが国内外で勢いを盛り返していること、そしてマクロンが国際舞台で(ドイツの不在を利して)大きな存在感を放っていることは間違いない。

しかし彼の挑戦はまだ始まったばかりだ。突き詰めれば、あの「バイユーのタペストリー」の貸与はマクロンの歴史観と政治観を象徴している。つまり、歴史は繰り返す。ただし、繰り返しを防がねばならない歴史もある、ということだ。

イギリスのEU離脱派もトランプ支持者も、それぞれの指導者が根っからのポピュリストかどうかはともかくとして、彼らが過去の黄金時代と考えるものの復活をにおわせて巧みにポピュリズムの波に乗った。

一方でマクロンは、ヨーロッパにおけるポピュリズムの歴史は自らの改革プランに逆行するものと見なしている。彼が目指すのは、ポピュリズムに代わる真の選択肢を示すこと。そしてEUに改革を促し、その崩壊を防ぐことだ。

なぜEUが必要なのか。単に経済的な繁栄を追求するためではない。1914年と1939年の戦争につながった偏狭な民族主義の再現を許さないことが最大の目的だ。マクロンはそう信じている。きっと歴史が、彼の正しさを証明してくれる。

From Foreign Policy Magazine

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[2018.2.20号掲載]
エミール・シンプソン(ハーバード大学研究員)

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