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トランプ政権暴露本、この騒動の最大の敗者は誰だ

ニューズウィーク日本版 2018年2月21日 17時45分

<一時は「陰の大統領」とまで言われたスティーブ・バノン。その発言が大統領のみならず支援者の怒りも買い八方塞がりに>

新年早々の急展開、天国から地獄とはこのことか。年末までは共和党の権力構造のほぼ頂点に立っていた(そして昨年8月まではトランプ政権の首席戦略官だった)スティーブ・バノンが、今や自分の支持者からも資金源からも愛想を尽かされ、毛嫌いされる存在に転落した様子。しかも全ては身から(正確には口から)出たサビだ。

思えば、数カ月前のアラバマ州上院議員補選の候補者選びではバノンの支援する超保守派のロイ・ムーアが、ドナルド・トランプ大統領の支持する候補に勝利していた。あの時はトランプよりもバノンこそが、共和党の舵を取っているように見えた。大統領選でトランプの大口献金者だったロバート・マーサーと組んで秋の中間選挙に向けた候補者選びをしているとか、バノン自身が大統領選に立候補する意向だといった報道もあった。

しかし状況は一変した。マイケル・ウルフの新著『炎と怒り』がバノンの衝撃発言を伝えたからだ。

そこには、16年6月にトランプ陣営の幹部がロシア側と接触したのは「反逆罪に相当」する「非愛国的」な行為であり、いずれ大統領の息子は「全米のテレビで卵みたいに打ち砕かれるだろう」とするバノンの発言があった。これを受けてトランプは声明を発し、バノンは「正気を失った」と非難した。

両者の関係は、トランプがバノンを更迭する前から悪化していたのだろう。しかしもっと驚きなのは(そして重大なのは)、ロバート・マーサーの娘レベッカの反応だ。そもそも、バノンを陣営に迎え入れるようトランプに薦めたのは彼女だったとされている。

そのレベッカが1月4日のワシントン・ポスト紙に声明を寄せ、「家族も私もバノンとは何カ月も連絡を取っていない。彼の政治的目標には一切の金銭的支援をしていないし、彼の最近の言動を支持してもいない」と述べた。

昨年11月には父ロバートも、運営するヘッジファンド、ルネッサンス・テクノロジーズの関係者に向けた手紙で「バノン氏には敬意を抱いており、政治に関する話をすることもある。しかし政治的に誰を支持するかは自分で決めており、それは必ずしもバノン氏の決定と一致しない」と述べていた。

マーサー家とバノンの間の長い歴史を考えると、この関係断絶は驚くべきことだ。マーサー家は、バノンが会長を務めていた(1月9日に退任)極右ウェブサイト「ブライトバート」の有力株主だ。バノンとレベッカは少なくとも1本のドキュメンタリーを共同制作し、少なくとも2つの非営利団体で一緒に理事を務めてきた。



ウルフは『炎と怒り』にこう書いている。「バノンはさほどビジョンのある起業家でもビジネスの才があるわけでもない、要するにカネが欲しかった――つまりバカどもをだましてカネを吸い上げたかった。彼にとって、マーサー親子は絶好のカモだった......」

ここまで言われたら関係断絶は当然のこと。1月5日にはトランプもそれを追認して、こうツイートしている。「マーサー家は最近、情報漏洩屋のうすのろスティーブ・バノンを切り捨てた。賢いぞ!」

共和党内でのバノンの影響力は大きそうに見えたから、いよいよ共和党が「バノン派」と「トランプ+マーサー家派」に分裂するのかという観測も、当初はあった。しかし、どうやら共和党の面々はあっさりとマーサー家の例に倣ったようだ。

「誰に忠誠を誓うかということになれば、共和党の内部にも支持者の間にも迷いはないと思う」と言うのは、共和党の選挙参謀を務めるジェシカ・プラウドだ。「大統領は大統領だ。この戦いで大統領が仲間を失うような事態は考えられない」

「トランプ大統領は、まぎれもない共和党のトップだ」と、政治コンサルタントでトランプ再選キャンペーンの顧問団に名を連ねるハーラン・ヒルも言う。「共和党の内部にいるのはトランプ派と、彼を絶対に支持しない一派のみ。選択の余地はない。マーサー家は確実にトランプ派で、今のバノンがどちらかは分からない」

バノン系の候補たちは大慌て

バノン失脚の影響を受ける人がいるとすれば、彼の推薦で今秋の中間選挙に立候補する準備を進めてきた政治家だろう。その一部は既にバノンと距離を置き始めている。

例えば、ニューヨーク州で下院議席の奪還を狙うマイケル・グリム。昨年10月には本誌に「私たちは確実にバノンと協力していく。彼も私の再選を楽しみにしている」と語っていた。

しかしバノン失脚を受けて、彼は次のようにツイートした。「マイケル・ウルフが引用したスティーブ・バノンの発言を強く非難する。大統領の家族に対する根拠のない、極めて憂慮すべき攻撃だ。私はこの国の最高司令官を全面的に支持している」



バノン直系で、アリゾナ州から上院選への出馬を目指すケリー・ワードの陣営も声明を出した。「スティーブ・バノンはケリーの数多い著名支援者の1人にすぎない。彼女は選挙戦に勝つことに集中しており、いい位置に付けている。そしてトランプ大統領がアメリカ第一主義の政策を推進するのを助けたいと思っている」

ちなみにアリゾナ州の元保安官で人種差別主義者のジョー・アルパイオ(8月にトランプが恩赦を与えた)は9日に、ケリー・ワードに対抗して立候補すると表明した。このタイミングでの出馬表明にバノン騒動がどう関係しているかは、今のところ不明だ。

関係はない、と言うのはアリゾナ州を地盤とする保守派の政治コンサルタント、コンスタンチン・ケラード。「1~2年前までは、バノンがいなくても世界は動いていた。いま起きていることの全てが彼のせいだとか、彼の影響だとか、そんなふうに考える理由が分からない」と語った。

そうは言っても、いったん色の付いてしまった候補者たちがバノンと絶縁し、あの男とは無関係だと主張するのは難しいだろう。

そもそもバノンと手を組んだ経緯を「説明するのに苦慮するはずだ」と、共和党選挙参謀のプラウドは言う(彼女はグリムのライバルであるダン・ドノバン下院議員を推している)。「不吉な前兆は見えていたのに、彼らは計算を間違った。今になって後悔していることだろう」

バノン自身の運命はどうか。バノンはインターネットメディア「アクシオス」へ送った声明で、今後も大統領を支持し続けると表明した。ただし、この声明はバノンの了解なしに誰かが出したものだとの観測もある。

「ドナルド・トランプはとても寛容な男だ」と、トランプの元側近でバノンとも親しいマイケル・カプトは言う。「信じられないなら(大統領選でトランプを支持しなかった)ミット・ロムニーやリンゼー・グラムにでも聞いてみるといい。ただしバノンは大統領の家族を悪く言ってしまった。これを許してもらうのは、比べものにならないほど難しいぞ」

<本誌2018年1月23日号特集「トランプ暴露本 政権崩壊の序章」から転載>

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マックス・カトナー

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