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インドネシアで「麻薬緊急事態」──今年2カ月で昨年を超える押収量に

ニューズウィーク日本版 2018年2月28日 15時0分

<フィリピン並みの超法規的殺人と厳罰にも関わらず、急増する押収量。犯行が目立つのは外国人と芸能人。芸能人全員に尿検査を義務づけることが提案されるほど>

インドネシアの麻薬問題が深刻化、取り締まりにあたる国家麻薬委員会(BNN)長官は「麻薬緊急事態である」と宣言した。ジョコ・ウィドド大統領も「抵抗する麻薬犯は現場で射殺することを躊躇するな、特に外国人には容赦なく発砲せよ」と指示している。

2018年1~2月の2カ月間で押収された覚せい剤などはすでに3トンを越えており、2017年1年間の総押収量2トン、2016年の同1.1トンを大きく上回る。

相次ぐ大量覚せい剤の押収

2月7日にシンガポールとインドネシア・リアウ諸島州バタム島の間のフィリップ海峡でシンガポール国旗を掲げる不審な船舶「サンライズ・グローリー号」を警戒中のインドネシア海軍、BNN、違法操業を取り締まる水産海洋省関係者などの合同チームが発見、拿捕した。

同船は船名や船員の身分証明書が頻繁に変更されることなどからBNNが2017年から追跡調査をして目を光らせていた。

乗員の台湾国籍の4人は「あくまで漁船である」と言い張っていたが、船内に漁具らしき物はなく、提示した船の登録証も偽物の疑いがあるためバタム島のバトゥ・アンパル港に回航させて船内を調べたところ、41個の米袋の中から現地でシャブと呼ばれる覚せい剤のメタフェタミン約1トンを発見、押収した。

また同じ2月20日にはリアウ諸島州のアナンバス諸島周辺海域で同じくシンガポール国旗を掲げた漁船を国家警察、ジャカルタ特別州警察、税関当局などの特別チームが拿捕。

船内にあった80個の袋から1.6トンのメタフェタミンを押収した。同船は台湾を出港後マレーシア経由でインドネシアに向かっていたという。

1トン以上の麻薬が押収されたのは、2017年7月にジャワ島バンテン州アニェル海岸で台湾国籍の8人が密輸しようとして摘発されたのが初めてで、以来1トン級でいずれも台湾国籍の乗員、あるいは台湾経由と台湾が関係している。

麻薬犯罪には厳しい刑罰で臨むことで知られるインドネシア、この時逮捕された8人には第1審で死刑判決が出ている。

抵抗する麻薬犯射殺の徹底

インドネシア国家警察のティト・カルナフィアン長官は2月12日、麻薬捜査に携わる警察官、BNN捜査官など全ての関係者に対し、摘発現場で抵抗する麻薬犯罪の容疑者に対しては躊躇することなく発砲し、射殺も止むを得ないとの見解を示した。

そして最近の麻薬事犯に外国人が関係するケースが増加していることを念頭に「特に外国人の麻薬事犯容疑者には断固とした姿勢で対処するように」と強調した。



国家警察ではマリファナ、覚せい剤、エクスタシーなどの麻薬はその大半が外国人によって海外から持ち込まれているとみて、外国人の麻薬犯罪者の逮捕、摘発に力をいれている。

インドネシアでは2017年7月にジョコ・ウィドド大統領が麻薬犯罪容疑者に対し逮捕に抵抗した場合は射殺も辞さないとの姿勢を明らかにしており、今回のティト長官の発言は大統領発言の徹底を指示したものといえる。

芸能界も麻薬汚染

インドネシアではほぼ毎日、麻薬犯罪に関するニュースが流れている。特に外国人と並んで歌手や俳優といった芸能人の麻薬犯罪摘発が増えている。

2017年3月にはインドネシアの演歌ともいうべきダンドゥットの歌手で俳優のリド・ローマ容疑者が覚せい剤使用容疑で逮捕され、今年2月16日にはダンドゥットの女王といわれる歌手エルフィ・スカエシさんの3人の子供が麻薬取締法違反容疑で逮捕され、26日にはスカエシさん自身が参考人として警察の事情聴取を受けた。

このほかにも芸能人の逮捕は枚挙にいとまがなく、インドネシア国会では「全ての芸能人に尿検査を実施すべきだ」との意見が検討されたこともある。こうした動きに対し芸能人有志が「麻薬根絶宣言」をするなど、芸能界も麻薬問題で揺れている。

インドネシアで流通している麻薬の大半は中国や台湾、香港からフィリピンを経由して密輸されるのが主要ルートだった。だが、フィリピンのドゥテルテ大統領の方針で麻薬犯罪者の現場での射殺を容認する超法規的殺人が増え、フィリピン経由が減少、台湾などから船で直接インドネシアに流入する新ルートが構築されつつあるという。

さらにカリマンタン島(マレーシア名ボルネオ島)の陸路でマレーシア側からインドネシア側への密輸も増加しており、国境地帯を管轄するBNN支部は人員や装備を強化して摘発に努めている。


[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

大塚智彦(PanAsiaNews)

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