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働き方改革法案で、やはり骨抜きになった「同一労働、同一賃金」 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2018年3月1日 18時20分

<他の先進国ではあり得ないような日本の硬直化した勤務体系が国際競争力を阻害しているのに、今回の働き方改革法案にはその認識が足りなすぎる>

問題になっていた裁量労働制の拡大については、安倍総理は見送る判断をしたようです。

判断としては妥当だと思いますが、追及した野党の側にしても「データの信ぴょう性」という点だけでの「攻撃」に終わりました。結局のところ、「終身雇用制のヒエラルキー」があり「一人一人の職務分掌」がオーバーラップしている日本では、労働者に「時間の裁量権がない」のだから「裁量労働制」を無制限に拡大してはダメだという本質的な議論は、十分にされていないようです。

では、他の部分についてはどうなのかというと、現在の法案にもまだまだ問題があると思います。

一番の問題は「同一労働、同一賃金」という部分です。

現在の法案(厚労省による適用ガイドラインも含めたもの)では、確かに「非正規労働」と「派遣労働」については「同一労働、同一賃金」を実現しようという内容になっています。ところが、「正社員」と「非正規・派遣」の間にある差については、改革が「骨抜き」にされ、ほとんど改善されません。

厚労省の示しているガイドラインによれば、次のような判断基準が適用されることになっています。まず次の(1)のような例は「問題ない」とされています。

「(1)基本給について労働者の職業経験・能力に応じて支給しているA社において、ある職業能力の向上のための特殊なキャリアコースを設定している。無期雇用フルタイム労働者であるXは、このキャリアコースを選択し、その結果としてその職業能力を習得した。これに対し、パートタイム労働者であるYは、その職業能力を習得していない。A社は、その職業能力に応じた支給をXには行い、Yには行っていない。」

また(2)では、同じ仕事ではなく、アドバイスをする、受けるという関係が逆転している場合になりますが、これも「問題ない」のだそうです。

「(2)B社においては、定期的に職務内容や勤務地変更がある無期雇用フルタイム労働者の総合職であるXは、管理職となるためのキャリアコースの一環として、新卒採用後の数年間、店舗等において、職務内容と配置に変更のないパートタイム労働者であるYのアドバイスを受けながらYと同様の定型的な仕事に従事している。B社はXに対し、キャリアコースの一環として従事させている定型的な業務における職業経験・能力に応じることなく、Yに比べ高額の基本給を支給している。」

要するに、正社員という身分制は全く変更する意志はないという前提で、「同じ仕事をしているのに給与が違う」とか「自分の方が教える立場なのに自分は非正規で相手は正社員で、処遇が全く違う」という、人々の自尊心を踏みにじるような運用について「改革をするつもりはない」ということなのです。



まず(1)のケースですが、「特殊なキャリアコース」で「職業能力」を獲得したXは、その能力を活かして「職業能力」を獲得していないYよりも高いパフォーマンス、つまり営業成績とか開発の質量、あるいは作業のスピードと正確度といった「結果」を出しているのであればいいと思います。ですが、そうではなくて、仕事の結果は同じか逆転していても、一方が「特殊なキャリアコース」に属していたら、それで給与に差をつけても構わないというのです。

さらに(2)のケースですが、まず「総合職」が「店舗での定型的な仕事」を「数年間」従事するというのが問題です。作業の内容が全く「定型的」であり、しかもその作業について熟練しているパートタイムの「アドバイス」を受けるというのが、本当に研修の一環として数日というのであれば、教える側も「色々と勉強させられて正社員は大変だ」ぐらいに思うでしょう。ですが、その逆転現象が「数年間」も許されるというのでは、これは身分制と言われても仕方がありません。

その数年間に、総合職に「安全管理の責任」であるとか「営業成績向上へのリーダーシップ」などが求められ、また総合職はそれに相応しい言動と実質的な店舗の経営責任を負うのであればともかく、パートタイマーにアドバイスを受けながら、全く「定型的」な作業を「数年間」というのは、ダメだと思います。

問題はどこにあるのでしょうか? まず、管理職候補だという「将来の出世」を人質に取って、総合職とか正社員には無茶な長時間労働を強いる風土があるわけです。一方で立派なスキルがあり成果を出していながら、「転勤ができない」とか「長時間労働ができない」というだけの理由で「非正規」の安い賃金で使われる人々がいます。そのような「他の先進国ではあり得ない」ような人間の自然な心理に背いたマネジメントをしている、そこに日本の「働き方」の問題があるのだと思います。

少子化や母子家庭の貧困もこの問題に関係しています。さらに言えば、このような「硬直化した非人間的な制度」を続けているために、人材の成長が阻害され、労働力が疲弊し、現場の生産性も、そして全体としての国際競争力も毀損されているのではないでしょうか。現在進められている「改革」には、そのような厳しい認識が足りなすぎると思うのです。裁量労働の問題で現在進んでいる「働き方改革」の内容見直しに加えて、この「同一労働、同一賃金」が「骨抜き」にされている問題も、あらためて議論を再開するべきです。

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