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イタリア極右が総選挙前にすみ分け作戦

ニューズウィーク日本版 2018年3月2日 16時0分

<片や「反移民」のみ、片や過激なカトリック原理主義――主張を役割分担した右派が3月4日の総選挙を前に支持を拡大している>

イタリア中部マチェラータで2月3日朝、28歳のルカ・トライーニが通りを車で走りながらアフリカ系らしき住民を次々に銃撃、男女6人を負傷させる事件が起きた。3月4日の総選挙を目前に控え、人種的な憎悪をむき出しにしたこの凶行に喝采を送った極右政党がある。「フォルツァ・ヌオバ(新しき力)」だ。何と彼らはトライーニに弁護団の提供まで申し出た。

カトリック原理主義とファシズムへの回帰を掲げる彼らをイタリア政界のはみ出し者と片付けるのは簡単だ。実際、公認政党とはいえ、選挙では大して票を獲得できそうにない。

04~09年の一時期、ムソリーニの孫娘アレッサンドラ・ムソリーニと連携して、欧州議会で議席を確保したことはあるが、それを除けば中央でも地方でも議会に進出した経験はゼロ。

そんな彼らが銃撃犯支持を打ち出したことで、今のイタリア政界で進む2つの流れが図らずも浮き彫りになった。主流の右派が極右と共に移民排斥を叫ぶ一方で、極右が主流を目指しているのだ。この2つの流れが絡み合い、イタリアではいま右派の大合流が進んでいる。

フォルツァ・ヌオバはネオファシストの寵児ユリウス・エボーラの思想的影響を受けた組織「第3の位置」の流れをくむ政党で、この組織の指導者だったロベルト・フィオレが97年に設立した。フィオレの同志だったガブリエレ・アディノルフィは仲間と共に別の極右政党「カーサパウンド」を立ち上げた。

同じ組織の系譜を引き、極右思想も共通しているとはいえ、フォルツァ・ヌオバとカーサパウンドは共闘関係にはない。排外主義とムソリーニ時代への郷愁、反グローバリズムの立場は共通でも、両党の主張には大きな隔たりがある。

フォルツォ・ヌオバは同性愛と中絶の権利に反対し、男女の伝統的な役割を重視。カトリック教会をイタリアの国教会とすることを目標に掲げている。

「新しいイタリアに新しい教会を打ち立てることを目指している」と、幹部のアドリアーノ・ダポッソは言う。

一方のカーサパウンドはもっぱら北アフリカからの「民族的侵攻」からイタリア人を守ることを使命としている。

「クールな」極右に転換

こうした違いはあっても、総選挙を控えた今、この2つの極右政党はいずれも追い風を感じている。マチェラータの銃撃事件はイタリア全土で吹き荒れる反移民感情を背景に起きた。イタリアは地理的な位置から欧州の難民危機の震源地になってきた。16年にバルカン諸国が入国制限を強化し、地中海経由でイタリアに入る難民はますます増えた。イタリア政府はリビアと難民協定を結んで流入を制限したが、国民の不満は収まらない。



今回の総選挙では難民問題が最大の争点の1つとなっている。銃撃事件が起きたマチェラータでは1月末、バラバラに切断された若い白人女性の死体が発見され、事件に関与した疑いでナイジェリア人の難民申請者が逮捕された。トライーニはこのニュースを知って銃撃を決意したと、捜査官に話したという。

最近の世論調査では、イタリアの有権者の59%が移民・難民の多さに「脅威を感じている」と答えている。中道右派連合を率いるシルビオ・ベルルスコーニ元首相は穏健路線を打ち出しつつも、不法移民60万人の強制退去を公約に掲げた。

世論調査ではトライーニの凶行をある程度「許せる」と答えたイタリア人が11%にも上った。銃撃は犯罪だが、アフリカ系の人々にも問題があると答えた人も12%いた。移民排斥を掲げる政党である「同盟」(元「北部同盟」)の支持者では、31%が銃撃を許せると答えている。

こうした感情を背景に極右に対する支持はかつてないほど高まっている。前回の総選挙では得票率がわずか4%だった同盟も、最新の世論調査では支持率が14%に達した。カーサパウンドも昨年11月に行われた首都ローマ近郊のオスティアの地方選挙で過去最高の9%の票を獲得。今回の総選挙で中央政界に進出を果たす可能性もある。

同盟とカーサパウンドが支持を伸ばせたのは、イタリアの有権者が右傾化しているためでもあるが、この2党が慎重に戦略を転換したおかげでもある。同盟の指導者、44歳のマテオ・サルビーニは分離独立を目指していた北部の地方政党を国民政党に変えた。今の同盟は、フランスの極右政党「国民戦線」のイタリア版だ。

カーサパウンドは欧州のほかの極右政党やアメリカのオルト・ライトに倣って、メディア受けのいい「クールな」極右のイメージを打ち出している。

この2党とは対照的に、フォルツァ・ヌオバは幅広い支持をつかもうとはせず、超保守的な層にアピールする姿勢を貫いている。その極端な主張のおかげで、カーサパウンドや同盟が「まともな政党」のように見え、極右に抵抗がある人々にも支持されるようになった。

銃撃犯支持も戦略のうち

フォルツァ・ヌオバは非主流とみられているおかげで、同盟やカーサパウンドがもはやおおっぴらにできない危険思想も平然と打ち出せる。カーサパウンドの指導者ジャンルカ・イアンノーネはマチェラータの銃撃事件後、トライーニは「精神的に不安定な」人物で、その行為は「徹底的に糾弾」されるべきだという声明を発表した。



彼らは「発言に神経を使っている。議会入りを目指しており、銃撃犯と同類とみられるわけにはいかないからだ」と、極右の動きに詳しいジャーナリストのウゴ・タッシナーリは話す。

同盟も銃撃事件についてはほぼ同じ声明を出し、「この国に不法移民をあふれさせた」として、リベラル寄りの現政権を非難した。ベルルスコーニのコメントも似たようなものだった。

銃撃事件が起きたその日に「トライーニを支持する」と公然と宣言したのは、フォルツァ・ヌオバだけだ。幹部のダポッソによると、自党の弁護団を無償で差し向けるとトライーニに申し出たが、弁護人は間に合っていると断られたという。トライーニはフォルツァ・ヌオバの集会に参加していたものの、正式なメンバーではなかったと、ダポッソは明かした。

それにしてもなぜ銃撃犯を支持するのか。タッシナーリによると、これも支持拡大のための戦略だ。「カーサパウンドが発言を慎むようになったので、フォルツァ・ヌオバは空いた場所を埋めようとしている。トライーニのような人間をヒーロー扱いする人々がおり、この層にアピールできるのは今ではフォルツァ・ヌオバだけだ」

反移民の世論に受けるため右派政党がこぞって穏健派の皮をかぶるなか、フォルツァ・ヌオバだけはネオファシズムの旗を振ってコアな支持をつかもうとしている。

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[2018.3. 6号掲載]
アンナ・モミリアーノ

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