中露が唱えてきた「双暫停」対話路線に基本的に沿い、米韓との首脳会談を控える北朝鮮は、専ら日本を敵視し日本批判を激化させている。このタイミングで日本が日朝首脳会談を模索するのは最悪のタイミングだ。
北朝鮮の激しい日本批判
3月16日、17日と、関西大学の李英和(リ・ヨンファ)教授から北朝鮮の内部情勢に関する知らせがあった。北朝鮮の労働新聞が連日のように日本批判記事を書いているとのこと。それも写真付きの慰安婦問題に関する署名記事で、タイトルは「日帝野獣たちの特大型反人倫的罪悪を満天下に告発する」という激しいものだ。
もともと2月27日に韓国は「三一節(3月1日、独立運動記念日)」99周年行事を行うに当たり、慰安婦の証拠映像を公開していた。 ソウル市とソウル大学人権センターが開いた日韓中の共催による「日本軍慰安婦国際カンファレンス」でのことだ。それは1944年9月15日に中国雲南省騰沖で米中連合軍・米164通信隊撮影中隊が撮影したものだと、中国では盛んに報道されていたので、このこと自体は把握していた。中央テレビ局CCTVでも、18秒間ほどの動画がくり返し報道された。
しかしハングルが読めない筆者にとって、李英和教授からの現地のナマの情報提供は非常にありがたい。
今さらの対話路線――日本にとって最悪のシナリオ
中露が早くから「双暫停(北朝鮮とアメリカは双方とも暫時軍事行動を停止して、対話のテーブルに着け)」という基本戦略で動いてきたことは、これまで幾度となく述べてきた。経済的に北朝鮮の首根っこを押さえている中国に対して、北朝鮮は唯一の軍事同盟国としても、一定程度、中国の意向に沿わなければ不利になる。そこで従うのは従ったが、しかし「すべてお前の言う通りにはしない」という意味で金正恩委員長は「半島問題は朝鮮民族によって解決する」と、中国に一矢を報い、対話路線への主導権を握った。
これまで日本はひたすら「圧力を最大限強化する」という方針を強く打ち出してきたというのに、北朝鮮が韓国との対話のみならず、アメリカとの対話を実現しようとし、トランプ大統領が金正恩との対話に積極的な姿勢を見せた途端、日本もまた突然「北朝鮮との対話を模索する」というのは、最悪のシナリオだ。
日本はよもやトランプがここに来て突然、米朝会談に前のめりになるとは思ってもみなかったのだろう。
それは1971年7月のキッシンジャー元国務長官による忍者外交と72年2月のニクソン訪中に慌てた日本政府の動きを想起させる。
当時のニクソン政権は、ベトナム戦争の泥沼化と米ソ対立が激化する中、二期目の大統領選挙に勝つために、「中国」というカードを使った。電撃的な米中国交正常化への道を切り開いたとして、キッシンジャーはノーベル平和賞を授与されている。
拙著『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』の第1章に書いたように、外交経験のないトランプはキッシンジャーのアドバイスを受け、キッシンジャーから多大な影響を受けていたようだ。
だからこれもまた何度も書いてきたように、トランプは「何なら金正恩とハンバーガーでも食べながらお喋りをしてもいい」と言ってきたわけだ。トランプには政権発足前からすでに「何なら金正恩と会っても構わない」という考え方があったことになる。それもキッシンジャー同様の「ノーベル平和賞」が頭をかすめていたことだろう。
トランプが実は、このような思考の素地を持っていたことを、安倍政権はもっと早くから気づいているべきだったのではないだろうか。
昨年7月31日付のコラム「北朝鮮電撃訪問以外にない――北の脅威から人類を守るために」に書いたが、安倍政権は、その時は聞く耳を持たなかったようだ。日本が先んじていれば、北東アジア情勢はかなり違っており、日本に圧倒的に有利に働いていたはずだ。しかし安倍政権には残念ながら、それが読めなかったようだ。読めていたとしても選択はしなかった。
北朝鮮は日本に巨額の戦後賠償を求める計算
中露は最初から対話路線しかなく、そこに韓国が対話路線を呼び掛けたので、金正恩が呼応し、結果、トランプも大統領中間選挙を見据えて急遽、対話に舵を切った。
何を言わなくても明らかなように、「対話路線」から取り残されたのは日本だけである。
昨年10月10日付のコラム<対北朝鮮「圧力一辺倒」は日本だけ?>で、あの当時のムードでは罵倒されるのを覚悟の上で、警告を出し続けた。
金正恩は、国際情勢と各国の指導者の心理を(案外)キッチリと計算し、ここに来て激しい日本批判戦略に出始めている。
少なからぬ日本のメディアが3月18日、北朝鮮の朝鮮中央通信が17日に日本政府を非難し、「『日米韓の連携』とか『緊密な協力』とか騒いできたが、返ってきたのは『日本の疎外』という深刻な懸念だけだ」と伝えたと報道した。圧力を強調する日本に対し、「平壌行きのチケットを永遠に買えなくなるかもしれない」、「手遅れになる前に、大勢に従うべき」と牽制したとのこと。
そのような状況下で日本が今さら日朝首脳会談を模索するようなことをすれば、必ず北朝鮮に足元を見られ、首脳会談が実現した暁には、巨額の戦後賠償を日本に要求してくることは目に見えている。
北朝鮮が慰安婦問題の動画や写真を多用して日本批判を始めたのが、何よりの証拠だ。そして慰安婦カードは中国にとって、北が使おうと南が使おうと、いずれにしても都合のいいカードで、南北朝鮮は慰安婦カードを使うことによって中国を喜ばせているのである。
なお、「アメリカの制裁が効いたので、北朝鮮が話し合いに応じるようになった」と言ったのは文在寅大統領である。北朝鮮を平昌冬季五輪に招聘したいという意思表明をした時にトランプが理解を示してくれるよう、トランプへのおべっかとして、保身のために発した言葉だ。しかしそのおべっかを大変気に入ったトランプはその後、盛んに「圧力が効いたから北朝鮮が折れてきた」と言うことによって面子を保つことができるようになり、一気に融和モードへと舵を切るようになったのである。心の底には、そのチャンスを待っていたという心理要素があったにちがいない。
いずれにせよ、ことここに至って、ようやく「対話」を言い始め、ましてや韓国政府を使って日本に日朝首脳会談の意思があることを伝えるなどは、最悪のシナリオをさらに悪化させるようなものだ。
習近平政権側は少なくとも、自ら進んで中朝首脳会談を開催して下さいなどとは言っていない。黙って時期を待っている。北朝鮮が唯一の軍事同盟国であり、北朝鮮の主たる原油を握っている隣接国、中国に配慮せずに動くことはあり得ないのを知っているからだ。現にこのたび習近平が国家主席に再任されたことに対して金正恩は祝電を送っている。その文面は、「習近平新時代」の思惑のキーポイントをしっかりつかんでいることを窺わせる。中国を「1000年の宿敵」と非難しながら、結局、社会主義体制は水面下で結ばれている。元社会主義国家の巨頭であったロシアもまた然り。
日本はもっと毅然とした独自の外交戦略を持つことを心掛けないと、中国だけでなく、北朝鮮にまで舐められてしまう。それは日本に必ず大きな不利益をもたらす。注意を喚起したい。
[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』(飛鳥新社)『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版も)『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)
北朝鮮の激しい日本批判
3月16日、17日と、関西大学の李英和(リ・ヨンファ)教授から北朝鮮の内部情勢に関する知らせがあった。北朝鮮の労働新聞が連日のように日本批判記事を書いているとのこと。それも写真付きの慰安婦問題に関する署名記事で、タイトルは「日帝野獣たちの特大型反人倫的罪悪を満天下に告発する」という激しいものだ。
もともと2月27日に韓国は「三一節(3月1日、独立運動記念日)」99周年行事を行うに当たり、慰安婦の証拠映像を公開していた。 ソウル市とソウル大学人権センターが開いた日韓中の共催による「日本軍慰安婦国際カンファレンス」でのことだ。それは1944年9月15日に中国雲南省騰沖で米中連合軍・米164通信隊撮影中隊が撮影したものだと、中国では盛んに報道されていたので、このこと自体は把握していた。中央テレビ局CCTVでも、18秒間ほどの動画がくり返し報道された。
しかしハングルが読めない筆者にとって、李英和教授からの現地のナマの情報提供は非常にありがたい。
今さらの対話路線――日本にとって最悪のシナリオ
中露が早くから「双暫停(北朝鮮とアメリカは双方とも暫時軍事行動を停止して、対話のテーブルに着け)」という基本戦略で動いてきたことは、これまで幾度となく述べてきた。経済的に北朝鮮の首根っこを押さえている中国に対して、北朝鮮は唯一の軍事同盟国としても、一定程度、中国の意向に沿わなければ不利になる。そこで従うのは従ったが、しかし「すべてお前の言う通りにはしない」という意味で金正恩委員長は「半島問題は朝鮮民族によって解決する」と、中国に一矢を報い、対話路線への主導権を握った。
これまで日本はひたすら「圧力を最大限強化する」という方針を強く打ち出してきたというのに、北朝鮮が韓国との対話のみならず、アメリカとの対話を実現しようとし、トランプ大統領が金正恩との対話に積極的な姿勢を見せた途端、日本もまた突然「北朝鮮との対話を模索する」というのは、最悪のシナリオだ。
日本はよもやトランプがここに来て突然、米朝会談に前のめりになるとは思ってもみなかったのだろう。
それは1971年7月のキッシンジャー元国務長官による忍者外交と72年2月のニクソン訪中に慌てた日本政府の動きを想起させる。
当時のニクソン政権は、ベトナム戦争の泥沼化と米ソ対立が激化する中、二期目の大統領選挙に勝つために、「中国」というカードを使った。電撃的な米中国交正常化への道を切り開いたとして、キッシンジャーはノーベル平和賞を授与されている。
拙著『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』の第1章に書いたように、外交経験のないトランプはキッシンジャーのアドバイスを受け、キッシンジャーから多大な影響を受けていたようだ。
だからこれもまた何度も書いてきたように、トランプは「何なら金正恩とハンバーガーでも食べながらお喋りをしてもいい」と言ってきたわけだ。トランプには政権発足前からすでに「何なら金正恩と会っても構わない」という考え方があったことになる。それもキッシンジャー同様の「ノーベル平和賞」が頭をかすめていたことだろう。
トランプが実は、このような思考の素地を持っていたことを、安倍政権はもっと早くから気づいているべきだったのではないだろうか。
昨年7月31日付のコラム「北朝鮮電撃訪問以外にない――北の脅威から人類を守るために」に書いたが、安倍政権は、その時は聞く耳を持たなかったようだ。日本が先んじていれば、北東アジア情勢はかなり違っており、日本に圧倒的に有利に働いていたはずだ。しかし安倍政権には残念ながら、それが読めなかったようだ。読めていたとしても選択はしなかった。
北朝鮮は日本に巨額の戦後賠償を求める計算
中露は最初から対話路線しかなく、そこに韓国が対話路線を呼び掛けたので、金正恩が呼応し、結果、トランプも大統領中間選挙を見据えて急遽、対話に舵を切った。
何を言わなくても明らかなように、「対話路線」から取り残されたのは日本だけである。
昨年10月10日付のコラム<対北朝鮮「圧力一辺倒」は日本だけ?>で、あの当時のムードでは罵倒されるのを覚悟の上で、警告を出し続けた。
金正恩は、国際情勢と各国の指導者の心理を(案外)キッチリと計算し、ここに来て激しい日本批判戦略に出始めている。
少なからぬ日本のメディアが3月18日、北朝鮮の朝鮮中央通信が17日に日本政府を非難し、「『日米韓の連携』とか『緊密な協力』とか騒いできたが、返ってきたのは『日本の疎外』という深刻な懸念だけだ」と伝えたと報道した。圧力を強調する日本に対し、「平壌行きのチケットを永遠に買えなくなるかもしれない」、「手遅れになる前に、大勢に従うべき」と牽制したとのこと。
そのような状況下で日本が今さら日朝首脳会談を模索するようなことをすれば、必ず北朝鮮に足元を見られ、首脳会談が実現した暁には、巨額の戦後賠償を日本に要求してくることは目に見えている。
北朝鮮が慰安婦問題の動画や写真を多用して日本批判を始めたのが、何よりの証拠だ。そして慰安婦カードは中国にとって、北が使おうと南が使おうと、いずれにしても都合のいいカードで、南北朝鮮は慰安婦カードを使うことによって中国を喜ばせているのである。
なお、「アメリカの制裁が効いたので、北朝鮮が話し合いに応じるようになった」と言ったのは文在寅大統領である。北朝鮮を平昌冬季五輪に招聘したいという意思表明をした時にトランプが理解を示してくれるよう、トランプへのおべっかとして、保身のために発した言葉だ。しかしそのおべっかを大変気に入ったトランプはその後、盛んに「圧力が効いたから北朝鮮が折れてきた」と言うことによって面子を保つことができるようになり、一気に融和モードへと舵を切るようになったのである。心の底には、そのチャンスを待っていたという心理要素があったにちがいない。
いずれにせよ、ことここに至って、ようやく「対話」を言い始め、ましてや韓国政府を使って日本に日朝首脳会談の意思があることを伝えるなどは、最悪のシナリオをさらに悪化させるようなものだ。
習近平政権側は少なくとも、自ら進んで中朝首脳会談を開催して下さいなどとは言っていない。黙って時期を待っている。北朝鮮が唯一の軍事同盟国であり、北朝鮮の主たる原油を握っている隣接国、中国に配慮せずに動くことはあり得ないのを知っているからだ。現にこのたび習近平が国家主席に再任されたことに対して金正恩は祝電を送っている。その文面は、「習近平新時代」の思惑のキーポイントをしっかりつかんでいることを窺わせる。中国を「1000年の宿敵」と非難しながら、結局、社会主義体制は水面下で結ばれている。元社会主義国家の巨頭であったロシアもまた然り。
日本はもっと毅然とした独自の外交戦略を持つことを心掛けないと、中国だけでなく、北朝鮮にまで舐められてしまう。それは日本に必ず大きな不利益をもたらす。注意を喚起したい。
[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』(飛鳥新社)『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版も)『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)