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火災で暴かれたロシア官僚の病的な習性

ニューズウィーク日本版 2018年4月2日 19時30分

<キラキラしたショッピングモールを一瞬にして地獄に変えた火災と64人の犠牲、その主犯たる官僚主義の醜さは、すべてのロシア人にとって他人事ではなかった>

3月最後の週は、いろいろな意味でロシアにとって悲惨な週だった。西シベリアの炭鉱町ケメロボで起きたショッピングモール火災(子供41人を含む64人が死亡)は、本来なら防ぐことのできた悲劇であり、ロシア人に大きなショックを与えた。

地元の高官たちが、中央から飛んできた怒れる最高指導者、ウラジーミル・プーチン大統領の前で震え上がる様子はまさに情けないの一言だった。

国際的には、イギリスで元スパイへの毒殺未遂事件を起こしたとしてロシア政府は指弾され、欧米諸国と外交官を追放し合う事態となっている。

多くのロシア人は孤独感を覚え、生活の中の安全が損なわれたように思っている。人々の念頭にあるのは、元スパイの事件でも外交官の追放でもなく、ケメロボで起きた火災だ。

ケメロボの火災はロシアの人々にとって他人事ではなかった。事件が人々の心を揺さぶり、他のあらゆるニュースをかき消してしまったのを見ればそれは明らかだ。

ロシア経済が発展した2000年代半ばから2010年代初頭は、ロシア各地に大型ショッピングモールが乱立した時代でもあった。

欧米風の消費と娯楽を楽しめるこうした施設は、旧ソ連の工業都市に暮らす多くの人々の目には非常に新鮮に映った。食事も映画も楽しめて、子供たちを遊ばせる場所もあって、買い物もできるモールを人々は愛した。モールはキラキラした場所であり、同じ目的の人が集まる安心して過ごせる場所でもあった。

プーチンに許しを請う知事

火災のあったショッピングモールの遊具施設で遊んでいた多くの子供たちは、近郊の小さな町から楽しい日曜日を過ごすためにバスでやってきていた。アメリカのアニメ映画を見ていて命を落とした子供もいた。安全であるはずの場所が死の罠へと変わってしまった衝撃は大きかった。

ソーシャルメディアでは、大型モールの危険性に思い至った人々が、火災が起きたのと同じようなモールに毎週のように通っていたことを思い返した。

子供向けの遊び場は避難が難しい上層階にあることが多かった。帰途につこうとする客をさらなる買い物に誘うために、非常階段へのドアはしばしば閉ざされていた。もちろん利益優先の明らかな法令違反だ。

地元の高官らがモールに出資していることも珍しくない。そして彼らが恐れる対象は嘆き悲しむ市民ではなく国家指導者であることもこの1週間で白日の下にさらされた。

3月27日に現地を訪れたプーチン大統領を前にした地元の高官たちの態度は、想定内であるとともにショッキングなものだった。国家の最高権力者とおびえきった地方官僚のやりとりなど、そうしょっちゅう公共の電波に乗るものではない。

ケメレボ州のアマン・トゥレエフ知事(73)はプーチンに向かって「私たちの州で起きた事件についてお許しいただきたく存じます」と述べた。



トゥレエフは15年の知事選で得票率97%で再選されていたが、事件への悲しみと怒りを示すためデモに参加した有権者のことを「トラブルメーカー」扱いした。一般市民とは違う「反体制派」だと言ったのだ。

また、同州のセルゲイ・チビリョフ副知事は自分の目の前に立ちはだかった男性に向かって「若者よ、君はこの悲劇を自己PRのために利用しようというのか?」と言った。

男性は「私の家族は皆死んだ」と答えた。彼は、妻と3人の幼い子供、そして妹を火災で失った遺族だった。

その後チビリョフ副知事は中央広場で自分を取り囲んだ人々に対し、ひざまづいて当局が家族の死を防げなかったことへの許しを請うた。

これは副知事の中の人間らしさが、官僚として身にまとった鎧を突き破って外に出てきたということだろう。彼の当初の反応はまさに、お上の許可のない草の根活動に対するロシアの官僚の「あるべき反応」だった。

今回に限らず、非常事態に見舞われたロシアの官僚の行動からは、彼らが守るべき「教義」とは何かがうかがえる。



・脅威はロシアという国のコントロール範囲外(外国の工作員や過激派など)からしか生まれない。

・外国の勢力はテロ行為や自然災害、人災を利用してロシアという国の弱体化を図ろうとすることがある。この脅威に対応することは、例えば犠牲者や被災者に緊急援助を提供することと同じくらい重要で、優先順位第1位と言ってもいい。

・説明責任は上に対してのみ存在する。公務員は一般市民ではなく上司に対してのみ説明責任を負う。というのも、市民向けの説明責任と上司向けの説明責任は相容れないからだ。

・お上の許可を得ていない運動や、ソーシャルメディアを介した誰の指示にもよらない情報の流布は何であれ脅威である。出所が国家にとって未知の情報源であれば、それは敵対的で外国がカネを出している可能性が高い。


トップに立っているのが誰であれ(プーチン自身も含めて)、官僚たちは心からこの「教義」を信奉しており、日々その教えに従って行動している。



公式の服喪期間が終わった今、国営メディアは「人々の感情を利用して」嘘を広めた者への攻撃を強めている。

4月に入りトゥレエフ知事は辞任した。「市井の声」に屈する形での辞任になるため、最高指導者より有権者への責任を果たすことになる、という批判が冗談ではなく本当にあった。

あるロシア政府関係者は地元紙に対し、ひざまずいて市民の許しを請うたチビリョフを「能力不足」と呼んだ。

ロシア官僚が「教義」にどれほど強く縛られているか分かる話だ。官僚は、ぎりぎりの状態にあっても人間味を封じ込める力を身につけていなければならない。

そして許しを求めるべき相手は誰かをわきまえなければならないのだ。

(翻訳::村井裕美)

This article first appeared on the Wilson Center site.


マクシム・ トルボビューボフ(米ケナン研究所上級研究員)

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