Infoseek 楽天

銃規制の代わりに透明バックパックを強制された高校生たちの怒り - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2018年4月3日 17時0分

<2月に銃乱射が発生したフロリダの高校で、透明ビニール製のバックパックが義務化され、銃規制運動の先頭に立ってきた生徒のたちのさらなる怒りを呼んでいる>

フロリダ州フォートローダーデールから内陸に入ったパークランドという町の公立高校で銃乱射事件が発生し17人が死亡したのは2月14日、バレンタインデーのことでした。

事件の舞台となったのは、マージョリー・ストーンマン・ダグラス高校という、フェミニストで環境問題の運動家でもあった女性の名前を冠した学校です。そうした命名の経緯が示すように、南部とは言ってもこの地域はリベラルな風土の土地柄で、学校自体のレベルもかなり高い学校です。

事件後、この高校の生徒たちは銃規制推進運動の先頭に立ちました。特に首都ワシントンDCで3月24日に開かれた「私たちの命のための行進」は、大規模なものとなり、連帯する形でニューヨークなど米全土の主要都市でもデモが行われました。

ワシントンDCでの行進では、同高校の生徒エマ・ゴンザレスさんが約6分間のスピーチの中に4分間の沈黙を挟んで銃社会に対する抗議を行ったのですが、この「沈黙の抗議」は多くのメディアで取り上げられて話題になりました。

その一方で、銃規制の論議はなかなか進んでいません。この高校生たちの活動に関しても、NRA(全米ライフル協会)などは、「上の世代がやった政治問題化をそのままなぞっているだけ」とか「沈黙に意味を持たせるのは、最も愚かな方法」などといった非難を浴びせています。

さらに、トランプ大統領がNRAと結託する格好で「今こそ学校の安全確保を行う時だ」と唱えて教員に武装をすすめる運動を展開するなど、銃規制とは反対方向の動きも顕著です。「銃が買えなくなるのでは?」という危機感を抱いた銃保有派によるカウンターデモも3月には数多く発生していました。

そんな中で復活祭を含んだ春休みが開けた4月2日、事件のあった高校にも生徒たちが戻ってきたのですが、この日から新しい厳格な校則が適用されるようになったのです。

それは透明なビニール製のバックパックを義務化するというもので、全校生徒に対して篤志家から寄付があったのだそうです。つまり、高校生の持ち物が外から見えるようにすれば、銃の持ち込みが防げるというわけです。



今回の措置は、2月14日の乱射事件の実行犯がバックパックとボストンバックに入れて簡単に重火器を持込めたという事実への反省を込めたというのですが、生徒たちの反応は様々です。

一部の生徒は、「安全のためには仕方がない」と受けて入れていますが、多くは否定的で、
▼「このバックパックは、1ドル05セントの価値しかない(として1ドル05という赤い値札を貼っている生徒がいました)が、多分自分の命はそれより軽い」
▼「プライバシーが侵害される。我々は安全である権利があるだけで、不愉快なことを強制される理由はない」
▼「こんなことを強制するのは銃規制ができないということを言っているのと同じ」
▼「銃を持ち込みたい人間は、ほかの手段を考える。透明バックパックの効果はない」
▼「学校が刑務所になった」
▼「透明バックパックで安全確保なんて幻想だ」
といった声が出ています。ちなみに、この透明ビニール製バックパックは、アマゾンでは類似のものが9ドルから24ドルで売られています。多くのメーカーが出しているということは、全米で同様のニーズがあるのでしょう。但し、高校生の場合は、分厚い教科書を持ち歩く(平均500ページのA4より大きな上製本が主流)なので、2週間も持たないという声もあります。

高校の所属する学区の教員委員会では、この透明バックパックの義務化に加えて、偽造の難しい新しい学生証を用意するとか、金属探知機の設置も進めるとしていました。

そんな中で、あらためて高校生たちの怒りと不満が拡大しているのですが、残された時間はあまりありません。というのは、今年は選挙の年であり、中間選挙では連邦下院を民主党が取り返すかどうかが大きな焦点になっていくからです。

下院選は小選挙区制で、各選挙区の特質がハッキリしています。そして、銃規制論というのは都市部に集中しており、中西部や南部の地方では銃保有派が圧倒的です。ですから、民主党が現在獲得しつつあるモメンタムを生かして11月の選挙で勝利するには、選挙戦が本格化するにつれて銃規制論議を封印しなくてはならないのです。

現在、大差で過半数を維持している共和党の議席を奪うには銃保有派の地域でも勝たねばならず、銃規制論議は邪魔になります。その意味で、政治家がイニシアチブを取れない以上、この高校生たちはまだまだ自分たちが運動の先頭に立たねばなりません。この「透明なバックパック」は、彼らに対してそのための怒りのエネルギーを注入するだけかもしれません。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きをウイークデーの朝にお届けします。ご登録(無料)はこちらから=>>

この記事の関連ニュース