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中国製品へのお仕置き関税は、アメリカに戻ってくるブーメラン

ニューズウィーク日本版 2018年4月7日 14時0分

<知的財産権侵害と対中貿易赤字への措置と言うが、一方的な制裁関税は混乱と貿易戦争につながるだけ>

7カ月にわたって中国の「不正な貿易慣行」を調査したトランプ米政権は3月22日、600億ドル相当の中国製品に新たな関税を課すと発表した。知的財産権の侵害と巨額の対中貿易赤字に対処するためだという。だが経済学者で国際貿易の専門家でもある筆者に言わせれば的外れだ。むしろアメリカの消費者と企業に打撃を与えかねない。

トランプ政権は不公正貿易に一方的な制裁が可能な米通商法301条に基づく措置だと主張。とりわけ非難したのがWTOが禁じる知的財産権の侵害。中国に進出する米企業を長年にわたり悩ませてきた問題だ。

知的財産権の侵害は産業スパイによる違法行為だけではない。中国での事業展開に現地企業との合弁会社を強制的に設立させる手もあれば、技術移転を義務付けることもある。米通商代表部は米企業の被害額を年間約500億ドルと推定している。

トランプが以前から腹を立てていた貿易赤字の問題はどうか。貿易関係が正常化した00年当時の対中貿易赤字は838億ドルだったが、17年には3752億ドルにまで拡大した。

安い製品を買える「中国ショック」は米経済に大きな混乱をもたらした。労働市場はこの状況に迅速に適応できず、労働者の生涯賃金は減り続けている。

トランプ政権は、対米輸出が困難になれば中国も知財泥棒をやめると踏んでいるようだ。しかし中国の対米貿易依存度は10年前より低下し、制裁に打たれ強くなっている。

現状に不満があるなら、アメリカはWTOに解決を委ねるほうが賢明だ。01年にWTOに加盟した中国は、そのルールに従わなければならない。しかもWTOの裁定は対米輸出に限らず、どこの国への輸出にも適用されるという利点がある。

すぐに起こる2つの問題

それに、貿易赤字は関税を課しても減らない。17年に5660億ドルに達した貿易赤字の主要な原因は、貯蓄と投資の不均衡にある。

一般的な国民経済の計算式では、貿易収支を含む経常収支は貯蓄と国内投資の差と財政収支の和に等しい。米国民の貯蓄率は70年代から低下していると同時に財政も赤字が続いている。その一方で、中国からの対米投資が増えアメリカの経済にとって重要な要素になっている。

つまり、貯蓄と投資のバランスがマイナスになり、おまけに財政も赤字。だからアメリカの貿易収支が赤字になるのは自明だ。そのため、制裁関税を実施してもこの現実は変えられない。



新たな関税の詳細はまだ明らかにされていないが、少なくとも2つの問題がすぐに発生するのは明らかだ。

まずはアメリカの消費者への打撃。安い中国製品のおかげで、一般的な消費者の購買力は年間260ドルほど増えている。その恩恵を受けてきたのは主として労働者だ。

次に、中国からの報復措置で輸出を手掛ける米企業が受ける打撃だ。トランプの発表直後、中国はすぐさま30億ドル相当の米製品に対する報復関税を発表した。これによる被害が大きいのは、トランプ支持派が多い中西部に集中する豚肉と大豆の産業。貿易戦争がエスカレートすれば、報復対象は増えるだろう。

もっと気掛かりな点もある。暴走するトランプ政権が、国際貿易の拡大を支え各国の利害対立を解決してきたシステムを壊しかねないことだ。WTOなどの国際機関は、不完全ながらも貿易戦争の防止に役立ってきた。そうした機関を無視すれば、将来に禍根を残すことになる。

<本誌2018年4月10日号掲載>

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ウィリアム・ホーク(サウスカロライナ大学准教授)

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