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本業なし非常勤講師の急増で、日本の大学が「崩壊」する

ニューズウィーク日本版 2018年4月11日 16時30分

<日本の大学では90年代以降、大学教員に占める非常勤講師の割合が急増し、待遇の悪さなどから講師の間に不満が高まっている>

京都大のiPS細胞研究所の助教が、論文の捏造と改竄が見つかって懲戒解雇された。有期雇用で「成果を出さなければ契約が更新されない」という焦りがあったのではないか、と言われている。最近の大学では不安定な有期雇用のポストが増え、多くの若手研究者が不安を抱えながら研究に励んでいる。

教壇に立つ教員も同じだ。大学の教員は、専任教員と授業をするためだけに雇われている非常勤講師の2種類に分かれるが、近年では後者の比重が増している。2016年の統計で見ると、専任教員(1)が18万4273人、非常勤講師が16万2040人だ。現在では、大学教員の半数近くが非常勤講師ということになる。

非常勤講師は、作家や研究所勤務などの本業がある「本務あり非常勤講師」(2)と、それがなく薄給の非常勤講師をメインに生計を立てている「本務なし非常勤講師」(3)に分かれる。

大学教員は(1)~(3)の3つに分類される人々で構成されているが、四半世紀ほどの間に内訳がどう変わったかをみると<表1>のようになる。(1)の本業あり非常勤講師には、大学の専任教員が講義をしているケースは含まない。



1989~2016年にかけて大学教員は2倍に増えたが、増加が著しいのは非常勤講師、それも本業なし非常勤講師だ。専業の非常勤講師は1万5689人から9万3145人と6倍近くに膨れ上がっている。今や大学教員の半数が非常勤講師、4分の1が定職なしの非常勤講師で、平成の初期の頃とは状況が大きく変わっている。非正規雇用の増加が問題となっているが、それが最も顕著なのは学問の府の大学かもしれない。

専業非常勤講師の激増は、90年代以降の大学院重点化政策により、行き場のないオーバードクターが増えていることによる(「博士を取っても大学教員になれない『無職博士』の大量生産」2018年1月25日)。今では薄給の非常勤講師の職も奪い合いで、採用時に給与すら聞けない異常事態になっている。



また、状況がどれほど酷いかは専攻によって異なっている。10の専攻について、本務教員と専業非常勤講師の割合の変化が分かる図を作ってみた。横軸に前者、縦軸に後者の割合をとった座標上に1989年と2016年のドットを配置し、線でつないだグラフだ。矢印の末尾は1989年、先端は2016年の位置を表す。



全ての専攻が右下から左上に動いており、専攻を問わず本務教員率の減少、専業非常勤講師率の増加が進んでいることがわかる。

こうした変化が最も顕著なのが、赤色の人文科学系だ。平成の時代にかけて、本務教員の比率は51.9%から31.9%に減り、代わって専業非常勤講師の比率が21.6%から57.7%に増えている。この専攻では、教壇に立つ教員の半分以上が、不安定な生活にあえぐ本業なしの非常勤講師だ。

図の斜線は均等線で、この線よりも上にある場合、本務教員より専業非常勤講師が多いことを意味する。人文科学系と芸術系はこのラインを越えてしまっている。筆者が出た教育系はあとわずかだ。今後、この傾向はますます進行するだろう。

■学生:「先生、質問があるのですが、後で研究室に行っていいですか」
■講師:「私は非常勤なので、研究室はない」
■学生:「では、ここで聞いていいですか」
■講師:「時間がない。これから別の大学に移動する」

これから先、各地の大学でこういうやり取りが交わされる頻度が多くなるだろう。学生にすれば、何度もこのような拒絶反応を示されたら、勉学の意欲も萎えてくる。

専業非常勤講師の側はと言うと、待遇の悪さに不満を高じさせ、投げやりな態度で授業を行っている者もいる。非常勤講師組合のアンケートの自由記述をみると、「専任との給与差を考慮して、質の低い授業を提供すべきと考えてしまう」「もらえる分だけしか働きたくない」といった記述が多々みられる(首都圏大学非常勤講師組合『大学非常勤講師の実態と声2007』)。

多くの授業を専業非常勤講師に外注している大学でこうした講師が増えているとしたら、空恐ろしい思いがする。まさに「大学崩壊」だ。

大学の学士課程教育の質的転換が叫ばれているが、<図1>のような「非常勤化」現象がそれを阻んでいる。職なし非常勤講師(バイト教員)が全体の半分、7~8割を占めるような大学で「学士課程教育の質的転換」ができるかどうかは疑問だ。人件費の抑制も度が過ぎると、大学教育の根幹を揺るがすことになる。

<資料:文科省『学校教員統計』>

舞田敏彦(教育社会学者)

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