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中途半端だったシリアへのミサイル攻撃

ニューズウィーク日本版 2018年4月16日 18時45分

<ロシアとの衝突を恐れるあまり、シリアの化学兵器を一部破壊しただけ>

4月13日に米英仏が共同で行ったシリアに対するミサイル攻撃の狙いは、「もし再び化学兵器を使用すれば欧米の軍事攻撃が待っている」という明確なメッセージを送ることだった。

翌14日の国連安保理の緊急会合で、攻撃を主導したアメリカのニッキー・ヘイリー国連大使は「シリア政府がこの種の毒ガスを再び使用するようなことがあれば、アメリカは武力で応じる用意がある」と述べた。この会合は、ミサイル攻撃に抗議する目的でロシアが開催を求めたものだった。

だが米英仏側が目的を狭く設定したことで、今回のミサイル攻撃はもう1つの想定外のメッセージを送ることにもなった。「アメリカは、通常兵器による市民の大量殺りくの罪は問わない」「ロシアやイランがシリア政府軍を支援していても異議は唱えない」と言ったも同然だ。

ミサイル攻撃の標的を化学兵器の関連施設3カ所に絞った背景には、ジェームズ・マティス米国防長官の慎重な考えがあるようだ。マティスは戦争の拡大を匂わせるドナルド・トランプ大統領の発言によってアメリカがシリア内戦の泥沼にさらに踏み込まなければならなくなる可能性を懸念した。そもそもトランプ自身、シリアからは手を引きたいと望んでいた。

通常兵器なら虐殺も黙認

化学兵器関連施設が攻撃されたことで、シリア政府は今後の化学兵器使用をためらうようになるかも知れない。だが軍事作戦が限定的だったことは「化学兵器を使わない限り、アサド政権が自国民を大量殺戮しても不問に付す」という米政府の非情な計算の反映でもある。

米シンクタンクの大西洋協議会の中東専門家アーロン・スタインに言わせれば、今回の攻撃でシリア政府は間違いなくそうしたメッセージを受け取った。「目標の設定を変えることは不可能ではない。だが(今回のミサイル攻撃の目標は)化学兵器使用の抑止だけだと実に狭く解釈されている」

ミサイル攻撃の標的となったのは、バルザにある化学・生物兵器の研究開発製造拠点(1970年代から化学兵器計画の中心を担ってきたシリア科学研究センターの関連施設)と、ホムス近郊の化学兵器の貯蔵施設2カ所だ。



トランプは14日朝、米英仏が共同で行ったミサイル攻撃は「完璧に遂行された」と語り、「任務は完了だ!」とツイートした。

攻撃では100発を超える巡航ミサイルが発射された。シリア当局とロシアが被害状況の調査を進める中、ある米政府高官は「(ミサイル攻撃の)主目的はシリアの化学兵器プログラム(の攻撃能力)を弱めることであり、成功を収めたと考えている」と14日、述べた。

もっともアサド政権の化学兵器による攻撃能力がゼロになったわけではない点は、複数の米高官が認めるところだ。ケネス・マッケンジー統合参謀本部事務局長は14日記者団に対し、攻撃はシリアの化学兵器関連施設の「心臓部」を叩き、数年分、後退させたと述べた。

その一方でマッケンジーは、化学兵器製造拠点の一部は残っていると認めた。「将来にわたってシリア政府の化学兵器攻撃が不可能になったと言うつもりはない」

化学攻撃に踏み切ったアサドの論理

アメリカとフランスの両国政府によれば、ダマスカス近郊のドウマでは4月7日、シリア政府軍のヘリコプターが塩素ガスを含む爆発物を投下し、女性や子供を含む50人近くが死亡、数百人が負傷した。ドウマはこの地域における反政府勢力の最後の拠点で、爆発物からはサリンの痕跡も見つかったとされる。

この攻撃を受けてトランプ大統領は、シリア政府とシリア政府を支援するロシアとイランに対し、「大きな代償を払うことになる」と警告するとともに、シリアへの直接攻撃を行うと言明した。トランプは1年前の4月6日にも、シリア政府が北西部ハーンシャイフーンで神経ガスを使ったことへの報復として空爆を命じている。

今回のミサイル攻撃に続きフランス政府とアメリカ政府はそれぞれ、ドウマへの化学兵器攻撃を行ったのはシリア政府だと結論づける詳細な報告書を発表した。

フランス政府の報告書によれば、化学兵器攻撃はこの地域の支配回復を目指したシリア政府軍による数カ月にわたる攻勢の総仕上げだった。

いったんは降伏を受け入れた反体制派との合意が破れた後、シリア政府は5500人の戦闘員が残るドウマへの攻勢を強めるため化学兵器の使用を決めたという。

「その結果、4月6日以降にシリア政府はロシア軍の支援を受け、当該地域への激しい爆撃を再開した」とフランスの報告書には書かれている。「こうした背景があってシリア政府が化学兵器使用に踏み切ったことは、軍事的観点からも戦略的観点からも理解しうる」



ホワイトハウスが13日に出した報告書では、ソーシャルメディアで流された証拠や非政府組織(NGO)の声明、ドウマでの塩素ガスの使用を示す動画や写真が取り上げられている。

また、化学兵器攻撃があった際にシリア政府軍のヘリコプターがドウマ上空を旋回しているところが目撃されているとし、「これらのヘリコプターから樽爆弾が投下されたことは多数の目撃情報から裏付けられている。樽爆弾はシリア内戦を通じて、一般市民を無差別に狙うのに使われてきた戦術だ」とも指摘した。

複数の米高官は14日、塩素ガスがドウマで使われたことを確信しているだけでなく、サリンも使われたと見ているが、それを裏付けるだけの十分な証拠がないと語った。報告書では、現地で活動する医師や援助団体が「サリンに触れたと考えられる症状が見られたと伝えている」と指摘している。

米政府によればシリアは昨年、トランプが命じた1年前のミサイル攻撃にも関わらず何度も化学兵器を使用した。11月18日にはダマスカス近郊のハラスタで反体制派に向けてサリンを使ったとみられる攻撃も行われた。

米仏が挙げた証拠とは

アメリカとロシアは2013年9月、シリアの化学兵器をすべて廃棄させることで合意した。だが化学兵器禁止機関(OPCW)などの国際機関から派遣された査察官はすぐに、シリアが猛毒の神経剤であるサリンやVX、ソマンなどの申告義務を怠っていたことに気づいた。OPCWと国連は報告書で、シリア政府軍が塩素ガスやサリンなどを使用した事例が多数あったと断定。さらに、テロ組織ISIS(自称イスラム国)もシリアでの戦闘で化学兵器の1つであるマスタードガスを使用した、と結論づけた。

ヘイリーは4月13日の国連安保理の会合で、アメリカがシリアを攻撃した昨年4月以降に発生した複数の事例を含め、7年間にわたるシリア内戦で同国は最低でも50回は化学兵器を使用した、と主張した。フランスは攻撃の理由として、シリアが2017年4月4日以降に化学兵器を44回使用した、とする疑惑を挙げた。ほとんどの事例で塩素ガスが使われており、そのうち11回は仏当局が使用を断定した。仏情報機関は、2017年11月18日に東グータ地区ハラスタで「神経剤」が使われた、と確信している。

今回アメリカが限定的な攻撃にとどめた理由は2つある。1つは、米国防省が民間人の犠牲を最小限に抑えるために攻撃対象を絞ったから。もう1つは、ロシアと直接の交戦に発展するのを避けるため、ロシア軍兵士や戦闘機などを攻撃対象から外したからだ。

なにより、シリアが増強している化学兵器の製造能力を削るには、もっと徹底的な軍事作戦が必要だった。国連安保理の専門家パネルが最近まとめた内部報告書は、シリアは北朝鮮などから大量の物資を輸入して、化学兵器の製造能力を増強していると指摘したばかりだ。



もし化学兵器の原料となる前駆物質の貯蔵施設を攻撃で破壊すれば、サリンの量を減らせる可能性はある、と米ジョージ・メイソン大学の生物兵器防衛大学院のグレゴリー・コブレンツ准教授は言う。だがそれでも「塩素ガスが入った樽爆弾は止められない。塩素ガスは一般に流通しており、シリア政府は大っぴらに輸入できる」、と彼は指摘する。

4月14日に開かれた国連安全保障理事会の緊急会合は、アメリカとロシアの代表による激しい非難の応酬になった。ロシアのワシーリー・ネベンジャ国連大使は、米英仏3カ国によるシリア攻撃を批判した。

「これは外交の破壊行為だ。主要な核保有国がやったのだから、ただの破壊行為では済まされない」、とネベンジャは言った。だがロシアが提出したシリア攻撃を非難する決議案への賛成は、安保理15カ国中で採択に必要な9カ国に届かず、反対多数で否決された。

国連のアントニオ・グテレス事務総長は、今回の攻撃は安保理決議を経ていないため国際法に違反する可能性がある、と含みを持たせた。

「国連憲章は非常に明確だ。国連安保理には、国際平和と安全を維持する一義的な責任がある」と、グテレスは4月13日に声明を発表した。「安保理の理事国が結束して責任を果たすよう求める」

米共和党議員の大半は、今回の攻撃を称賛した。だがトランプは3月29日の演説で突然、シリアから米軍を早く撤退させたいと言ったばかりだったため、一環したシリア政策をもたず、米議会の承認も経ずに攻撃に踏み切った、という批判も一方にはある。

(翻訳:村井裕美、河原里香)


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