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新極右「オルト・ライト」も結局は低迷

ニューズウィーク日本版 2018年4月20日 19時0分

<トランプの大統領選勝利とともに拡大していた人種差別主義の極右勢力だが、カウンター勢力の活動と相次ぐ暴力沙汰で急失速>

「ハイル、トランプ!(トランプ万歳)」――男は部屋を埋めた聴衆にがなり立てた。「国民万歳! 勝利万歳!」

16年11月、米大統領選がドナルド・トランプの番狂わせの勝利に終わって程なく、リチャード・B・スペンサーは、ワシントンで白人至上主義者たちに熱弁を振るっていた。スペンサーは、白人ナショナリズムの新極右勢力「オルト・ライト」の名付け親とも言われている論客だ。

ネットに拡散された演説の模様は、多くのトランプ批判派が最も恐れていたシナリオを裏付けるものに思えた。トランプの登場が人種差別主義の極右勢力を勢いづけ、社会の主流に押し上げたように感じられた。

それから約1年半。3月のある日、スペンサーはミシガン州立大学で演説したが、聴衆の数はワシントンの演説よりはるかに少なく、スペンサーも意気が上がらないように見えた。

「真の運動になるには、今のような生みの苦しみを乗り越えなくてはならない」と、スペンサーは述べた。会場の外では、支持者が反差別活動家に数で圧倒されていた。

この日、最も衝撃的だったのは、そこに誰が来ていないかだった。まず、講演の実現に尽力した弁護士のカイル・ブリストウの姿が会場になかった。ブリストウはこれに先立ち、運動からの離脱を表明していた。

さらにスペンサーの盟友で、しばしばポッドキャストでユダヤ陰謀論を展開していたマイク・ペイノビッチ(通称マイク・イノク)もいなかった。やはり盟友のエリオット・クライン(通称イーライ・モズリー)は、イラク戦争への従軍に関して嘘を述べていた疑いが2月に報じられて以降、公の場に現れていない(クラインは本誌の取材要請に返答していない)。

スペンサーの演説を拡散する上で大きな役割を果たしてきたネオナチ系ウェブサイトのデイリーストーマーも、この講演を取り上げることを拒んだ。代わりに、映画のアカデミー賞を嘲笑する記事を大きく載せた。

潮目が変わった昨年夏

オルト・ライトはつまずき、社会の主流に受け入れられるには程遠い状況に見える。運動は内部分裂し、ネット上での存在感も小さくなった(ツイッターなどのオンラインサービスが、差別的な書き込みを理由にオルト・ライト系アカウントを凍結したためだ)。反差別活動家との暴力的な衝突により、マイナスのイメージが染み付いたと指摘する論者もいる。



フロリダ大学で行われたスペンサーの演説に抗議するデモ隊(17年10月) Shannon Stapleton-REUTERS

昨年8月の時点では、状況はまるで違って見えた。バージニア州シャーロッツビルで行われた白人至上主義の集会「右派団結」には、1000人もの白人男性が集まった。

しかし、大勢の反差別活動家も現地に駆け付け、両者の間で小競り合いが起きた。そして、極右思想の持ち主である20歳のジェームズ・フィールズが自動車で群衆に突っ込み、抗議に来ていたヘザー・ハイヤーの命を奪ったとされる。大半の主流メディアはこの事件に衝撃を受け、共和党政治家もほとんどがオルト・ライトと距離を置くようになった。

逆風はまだ続いた。昨年10月には、スペンサーがフロリダ大学を訪れた際に起きた発砲事件で、支持者3人が殺人未遂で逮捕された。同じく10月にテネシー州で行われた集会は、抗議グループの半分しか参加者を集められなかった。

32歳だった白人女性、ケイト・スタインルの死をめぐる問題も見落とせない。スタインルは15年6月、不法移民のメキシコ人男性が発砲した銃の流れ弾に当たって死亡したが、男性は裁判で無罪になった。

その評決に抗議してネオナチと白人至上主義者がホワイトハウス前に集まり、スペンサーやペイノビッチのようなオルト・ライトの大物たちもスピーチをした。選挙中のトランプが事件に言及したこともあり、オルト・ライトが勢力を誇示する場になっても不思議ではなかった。

しかし、集まった白人男性は20人ほど。大勢の反差別団体のメンバーから抗議の声を浴びせられた。結局、30分もたたずに警察に導かれて退散する羽目になった。メディアでもほとんど取り上げられなかった。

反対派によれば、オルト・ライトは新しい運動ではなく、さまざまなヘイトグループが名称を変えたものにすぎない。シャーロッツビルの出来事は、一過性の例外だったというわけだ。

「歴史的に見て、白人至上主義の運動はばらばらに分裂するのが普通」だと、ヘイトグループを監視する名誉毀損防止連盟(ADL)のカーラ・ヒルは言う。「彼らはシャーロッツビルで『右派団結』集会を開いたが、そもそも彼らが本当に団結したことなど一度もない」

いわゆるアンチファ(反ファシズム)の抗議活動家は、最近のオルト・ライト失速は自分たちの功績だと主張する。『アンチファ――反ファシスト・ハンドブック』の著者マーク・ブレイによれば、白人至上主義者はトランプ政権1年目の終わりまでに、公共の場での組織的動員が不可能になった。

シャーロッツビルとその後の集会は、この種の活動が必然的に逮捕、抗議、内紛につながることを示したと、ブレイは言う。「私は慎重ながらも楽観的だ。近い将来、アンチファについて語る必要もなくなるだろう」



武力衝突も辞さないアンチファの抗議運動は有効だったと認める意見は、極右の間にもある。ネオナチ団体「伝統主義労働党」の共同創設者(3月に党指導部から引退)マット・パロットは、あるオルト・ライト系フォーラムにこう書き込んだ。

「アンチファは......(主流派のリベラルが)できなかったことをやってのけた。オルト・ライトの半分以上を道路や公共の広場から追い出し、意気消沈させ、無力化した」

スペンサーも3月11日に投稿した動画で、大学当局とアンチファの抗議のせいで予定の演説を続けるのが困難になったと認め、運動方針を全面的に再考せざるを得なくなったと言った。「正直、厳しい状況だ」

暴力事件は増えている

それでもオルト・ライトは自分たち自身の言動が勢力拡大を阻んでいる可能性を認めたくないようだ。シャーロッツビルで催涙ガスと唐辛子スプレーを使用した容疑で自宅軟禁中のクリストファー・キャントウェルは昨年末、自身が運営するポッドキャストにデイリーストーマーの技術担当責任者アンドルー・アウェンハイマーを招いた。

ポッドキャストでアウェンハイマーは、シャーロッツビルの事件後にデイリーストーマーが閲覧不可になったことへの報復として、ユダヤ人殺害を示唆した。彼の言論の自由を検閲している(と本人が思っている)ユダヤ人支配層に対し、アウェンハイマーは言った。

「われわれが平和的に反対意見を唱えるのを許さないのなら、残された選択肢はおまえたちを殺すことしかない。おまえたちの子供らや家族全体もな」

実際、オルト・ライト絡みの暴力事件は増えている。17年は1970年以降で過激派の暴力事件による死者が5番目に多かったと、ADLは今年、発表した。しかも殺人事件の59%は、極右によるものだったという。

善良な白人保守派の運動参加を重視するオルト・ライトの指導者は、こうした暴力事件に狼狽しているようだ。論客の1人ブラッド・グリフィンは先日、アウェンハイマーを非難。おかげで自分たちが危険視され、当局ににらまれていると主張した。

テキサス州のライター兼アンチファ活動家キット・オコンネルは、「追い込まれたネズミ」の暴発を懸念しているという。新参者のオルト・ライトが永続的な政治運動を確立するという夢を諦め、代替手段として暴力に走る可能性だ。

追い込まれているかどうかはともかく、専制主義的な白人のユートピアというオルト・ライトの夢はまだ生きている。白人至上主義団体「アイデンティティー・エウロパ」は、テネシー州ナッシュビルで開かれた3月10日の集会にスペンサーの演説の3倍の聴衆を集めた。

それでもスペンサーが3月11日の動画で認めたように、全体的に見ればオルト・ライトは苦戦している。「われわれは今、悪戦苦闘に近い状態にある。勝利は簡単に手に入らない」

<本誌2018年4月24日号掲載>



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マイケル・エディソン・ヘイデン

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