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交渉は無駄と悟った?──トランプが米朝首脳会談を中止した理由

ニューズウィーク日本版 2018年5月25日 14時36分

<北朝鮮の敵対的な言動のために中止したと言っているが、このまま首脳会談をやってもアメリカが「勝者」にはなれないという判断が働いたのかも>

ドナルド・トランプ米大統領は、6月12日にシンガポールで予定されていた北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との米朝首脳会談を、中止する意向を表明した。北朝鮮の直近の声明でアメリカに対する「激しい怒りとあからさまな敵意」が示されたため、とその理由について述べている。

中止表明は、北朝鮮が外国メディアの取材を入れて豊渓里(プンゲリ)の核実験場を爆破した直後のことだった。今回の爆破は、金正恩がアメリカとの非核化交渉と、韓国との統一を目指す目標に真剣に取り組む意思があることを示すものだった。米朝両国の在任中の指導者による初の会談が中止になったことで、朝鮮半島の不確かな平和は大幅に後退するかもしれない。

コリアン系アメリカ人の団体「コリアン・アメリカン評議会」のジェシカ・リー暫定事務局長は、本誌の取材に対し「外交はしばしば困難で厄介なものだ。米朝両国は落ち着いて、会談中止に過剰反応するべきではない。双方に進捗は見られるし、再び瀬戸際外交に立ち戻ることはできない。特に今後は戦争が選択肢になりかねない」と話している。

トランプが会談中止を決めた背景には、以下の5つの理由が考えられる。

核と核の決戦に

(1)北朝鮮がペンス副大統領を侮辱した

5月21日に放送されたFOXニュースのインタビューで、マイク・ペンス米副大統領は「金正恩がトランプ大統領を手玉に取れると考えているなら大きな間違いだ」と語り、もし金正恩が核兵器を放棄しないならリビアの最高指導者カダフィ大佐と同じ運命をたどるだろうと警告した(カダフィ大佐は、2003年に核開発を放棄したが、米英仏などの支援を受けた反体制勢力によって2011年に政権は崩壊し、殺害された)。朝鮮中央通信は24日、崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官の声明として、ペンスが「無知でばかげている」「政治家としてダミー(まぬけ)」だと激しい言葉で罵った。

(2)北朝鮮が核兵器使用をちらつかせた

崔外務次官は同じ声明で、和平交渉が進まなければ唯一の選択肢は「核と核の決戦」になると脅しをかけた。北朝鮮は、自国の核開発の目的は自衛に限られ、米軍の侵攻を抑止するためだと常に主張してきた。2017年以降のトランプと金正恩の非難の応酬では、双方からの核攻撃の脅しもあったが、会談直前の北朝鮮の言動にトランプ政権は我慢ならなかったのかもしれない。



(3)トランプ政権内の強硬派から圧力があった

今年3月、トランプは政権をよりタカ派に向かわせる閣僚人事を行った。まずは国務長官をレックス・ティラーソンから前CIA長官のマイク・ポンペオに交替。コンドリーザ・ライス元国務長官ら多くの有識者が、ティラーソンは困難な米朝交渉の進捗に貢献していたと評価していた。またトランプは、国家安全保障担当の大統領補佐官をH・R・マクマスターからジョン・ボルトンに交替させた。ボルトンは北朝鮮に対して「リビア方式」(核開発を完全に放棄した後に制裁を解除する)の適用を主張し、米朝関係についても首脳会談がなくなれば軍事行動が取れるのに、などと言ってきた。

(4)すでに北朝鮮から十分な譲歩を勝ち取ったと思った

会談中止は、北朝鮮・北東部にある豊渓里の核実験場を爆破した直後に発表された。実験場はいまだに使用可能だという報告もあるが、金正恩は表面的には、核実験場を破壊し核実験を中止するという4月の南北首脳会談での約束を実行したことになる(長距離弾道ミサイルの発射実験を中止する、とも約束した)。核実験場が「破壊された」現在、トランプは一定の目標を達成したと感じたのかもしれない。

過去のトラウマ

(5)首脳会談をしてもアメリカが「明確な勝者」になれそうにない

トランプは4月、もし米朝首脳会談が「実りある」ものでなければ「謹んで席を立つ」つもりだと語った。公式には認めていないが、米朝双方は会談に向けていくつかの譲歩を申し出たようだ。アメリカは韓国との合同軍事演習に原子力潜水艦を投入するのを控えた。北朝鮮は核実験を停止し、豊渓里の核実験場を爆破して、拘束していたアメリカ人3人を解放した。

過去の米政権は、北朝鮮に相当の譲歩を重ねた末に核開発を放棄させるのを失敗している。金正恩が抜け目のない政治指導者だとわかった今、トランプは交渉で説得することを諦めたのかもしれない。

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トム・オコナー

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