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米朝会談キャンセルで、得をしたのは中国を味方に付けた北朝鮮

ニューズウィーク日本版 2018年5月25日 15時10分

<再び2017年当時の瀬戸際外交に逆戻り――違うのは北朝鮮が中国との関係を強化したことだけ>

ドナルド・トランプ米大統領が5月24日、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との会談をキャンセルした。

米CNNなどテレビニュースは一斉にこのニュースを伝え、ちょうど議会公聴会に出席したマイク・ポンペオ国務長官の発言を中継で報じた。ポンペオはCIA(米中央情報局)長官時代から2度、金正恩に会うなど、重要な役割を担っていた。

公聴会の冒頭、ポンペオは、マスコミですでに報じられていたトランプ大統領から金正恩への書簡を読み上げた。

その中でトランプは会談をキャンセルする理由を、北朝鮮の「激しい怒りと、あらわな敵意」と挙げている。具体的には、トランプは24日に北朝鮮外務省の崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官が発表した「米国は会談の部屋で私たちと向き合うか、もしくは、核と核のぶつかり合いで向き合うか、それは完全に米国の言動と決定に委ねられている」というコメントや、マイク・ペンス副大統領に対する「無知で愚か」というコメントに憤慨したと見られている。

北朝鮮側は、ジョン・ボルトン大統領補佐官やマイク・ペンス副大統領が、北朝鮮の非核化に「リビア・モデル」を主張していたことなどに反発していた。(ちなみに中国の習近平(シー・チンピン)国家主席が金正恩に、トランプに強固な姿勢を見せるようアドバイスしたとも漏れ伝わっている)

そこで今、注目されるのはやはり次の動きだろう。米朝関係はいったいどこに向かうのか。

筆者は最近、アメリカで政府関係者などへの取材を行ってきたばかりだが、その際の感触などから、いくつかの考えられるシナリオを見ていきたい。

まずはおそらく日本でも関心が高い、米朝の軍事衝突に発展する可能性だ。結論から言うと、その可能性は低いと言えそうだ。

最大の理由は、結局、アメリカは北朝鮮に対する軍事攻撃に乗り出す決断はできないからだ。筆者はこれまで、アメリカで何人もの米軍や政府関係者らにその理由を問うてきたが、アメリカが北朝鮮を攻撃したら、韓国のソウルは火の海になり、米国民を含む大勢が命を落とすことになるからだと彼らは主張していた。米議会の調査でも、北朝鮮は1分間に1万発のミサイルをソウルに打ち込むことができるという。さらには、日本が被害を受ける可能性もあるとの指摘もあった。

だからこそ、これまでの歴代大統領も、北朝鮮への軍事攻撃は決断できなかったのだ。トランプ政権も然りだ。



逆に北朝鮮も軍事衝突だけは絶対に避けなければならない。なぜなら、北朝鮮の最大目標が現在の体制維持だからだ。北朝鮮は、米軍が軍事攻撃に乗り出せば、北朝鮮という国が短期間のうちに壊滅させられることを重々承知している。

その流れから見ると、北朝鮮がアメリカや日本にミサイル攻撃に乗り出すことも考えにくい。そんなことをすればアメリカが攻撃に出るのは自明だからだ。

最近話を聞いた米国務省の関係者によれば、「米国務省は水面下でいかにトランプを戦争させないかと必死になって動いてきた」という。軍事攻撃に慎重なマティス国防長官などと同じく、国務省はトランプに軍事攻撃という決断をさせないよう働きかけているようだ。

そうすると、考えられるのは、米朝関係が2017年の時点に逆戻りする可能性だ。つまり、2018年に入ってからの融和ムードの前の状態になり、北朝鮮は、核・ミサイル開発を再開するなど、日本や韓国、そしてアメリカを威嚇する。そして瀬戸際外交に戻り、トランプ政権との口撃合戦を以前のように続ける。

ちなみに北朝鮮のお決まりの瀬戸際外交にはもはやいちいち反応する必要すらない。過去に遡っても、例えば、2013年にも国連の制裁に「米国を攻撃するミサイル部隊は『厳戒態勢にある』」と言ったり、2014年には「すべての邪悪の源であるホワイトハウスとペンタゴンに核兵器を放つだろう」と発言してみたり、2016年には「帝国主義の米国が私たちを少しでも怒らせたら、核兵器による先制攻撃でやり返すことは辞さない」と反応している。最近の暴言はここに記すまでもない。

ただ現在の状況が2017年と違うのは、米朝首脳会談にからんで、北朝鮮が中国との関係を改善できたという事実だ。金正恩にしてみれば、それだけで十分にこの米朝会談「騒動」を巻き起こした甲斐があったのかもしれない。そう考えると、今回のすべての騒動は、トランプの失態だったという見方もできるかもしれない。

またこんなシナリオも考えられる。今後の行方を曖昧なままにしてダラダラと時が過ぎる、というものだ。トランプは「この重要な会談について気が変わったら、遠慮なく電話または手紙をくれればいい」と、書簡に記しているが、今後会談が行われるのかどうか、両国関係はどうなるのか、はっきりしない状況が続き、外交的な交渉は停滞し、時間だけが過ぎていく可能性が高い。

筆者はこのシナリオが最もあり得ると考えている。実はそれこそが、多くの利害関係者にとって最も落ち着ける状況なのかもしれない。心の準備ができていないまま米朝会談の騒動に巻き込まれ、置き去りにされていた日本政府も、内心ホッとしているはずだ。

そもそも、「完全非核化」の意思はない北朝鮮と、「完全非核化」を交渉の条件にしながら強固な戦略が存在しないアメリカとは、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」だろうが何だろうが、非核化で合意に至る可能性は低いと見られていた。非核化に向けた両者の立場に、あまりにも大きな隔たりがあるからだ。



しかも本来なら首脳会談というのは、首脳同士が会うまでに事前の外交的な協議とすり合わせなどが何カ月も行われるものだが、今回はそれも不十分で、交渉の出口が見えていないと言われていた。そしてトランプが、この期に及んで「完全非核化」が無理だと理解したことが、今回のキャンセルにつながったと言える。

一連の動きから最も打撃を受けたのはおそらく韓国だろう。大々的に芝居掛かった南北会談を開催し、直前の米韓首脳会談の際にも韓国大統領府の鄭義溶(チョン・ウィヨン)安全保障室長は「99.9%」の可能性で米朝会談は行われると自信を持って述べていた。結果的に振り回されてしまっただけ、ということになりそうだ。

米朝関係は、再び目が離せない緊迫した情勢に逆戻りした。


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山田敏弘(ジャーナリスト)

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