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海外で見た酷すぎるクールジャパンの実態~マレーシア編~

ニューズウィーク日本版 2018年6月11日 14時30分

<日本文化の魅力を世界に広げようと始められた「クールジャパン」戦略の下、官主導で作られたクアランプールの「ジャパン・ストア」を見に行ったら、バブル期の悪名高いハコモノになっていた>

第二次安倍内閣の肝煎りとして進められている「クールジャパン戦略」。政権発足直後、2013年から本格化したこの国策は、実質的な国策ファンドであるCJ機構(株式会社海外需要開拓支援機構)を中心にして、積極的な国税の投入が行われている。

が、CJ機構発足(2013年)から早5年が経過し、その費用対効果が各種報道で疑問視されるに至っている。また、CJ機構幹部によるセクハラを巡り、元派遣社員が東京地裁に提訴に及ぶ等の報道もあり、CJ機構を巡る疑問符やスキャンダルは、私達の眼前に大きく報道されるに至っている。

クアラルンプールの一等地に約10億円の公費投入

さて筆者は、このCJ機構が東南アジアにおける日本文化の発信拠点として重視しているマレーシア連邦の首都・クアラルンプールの一等地にある、民間百貨店との共同出資物件「ISETAN The Japan Store(以下、The Japan Store)」を現地視察するに至った。このThe Japan Storeは、クアラルンプールの象徴であるツインタワーを望む同市内ブキットビンタンの一等地に面しており、正確に言えば「lot 10」という大型複合商業ビルの一部、地下1Fからグランド階・1Fを挟んで4Fまでの実質5フロアーを有する総売り場面積1万平方メートルを越える大規模なものである。


日本でいうと、渋谷や新宿の一等地にある「The Japan Store」。正確には青で囲った部分が同ストアのテナント。建物左側地下からも入り口がある 筆者撮影

ここにCJ機構は、実質的な国税を970,000,000円(9億7千万円)投入している。結論から言って、私はかつて、これほどまで無駄と傲慢と不採算に満ちた商業施設を見たことがない。店内は閑古鳥が鳴き、商品は博物館の展示品のごとく埃をかぶって見向きもされていない。巨額の国費が投入されながら、到底「日本文化の発信」とはほど遠い、CJ機構の出資物件の実相を書き記したい。

写真解説*日本でいうと、渋谷や新宿の一等地にある「The Japan Store」。正確には青で囲った部分が同ストアのテナント。建物左側地下からも入り口がある。(以下写真は全て筆者撮影)

【食品フロア・地下】2万円の山梨ぶどう、2千円のいちごは誰が買う?


お客さんが来ないので、店員たちが談笑している食品フロア。冷蔵庫に整然と並べられた日本産ビールに手をつける人は居ない 筆者撮影


1箱約20,000円のぶどう(左)、1パック2,000円のいちご(右上)、概ね1本1,000円で売られている日本産ドレッシング(右下) 筆者撮影



さて各階ごとにThe Japan Storeの簡潔な雑感を記しておこう。まず地下一階は日本の百貨店と同じで食品コーナーである。しかし当然のことこれは単なる食品コーナーでは無い。日本の農産品、日本酒、日本米、果ては日本産魚介類、日本産肉類、加工食品等などがずらりと並び、農林水産省が主導する「攻めの農林水産業」の見本市と言って差し障りがない。

なるほど、一瞥すると都内の百貨店とさして遜色は無い。が、昼間、人が賑わうはずの食品売り場コーナーには閑古鳥が鳴く。客はごくまばらで、現地採用と思われる従業員が「ヤサイ、サシミ」と空疎に連呼するばかりである。

その理由はすぐに判明した。全般的に値付けが半端なく高い。異様とも言える高級品ばかりが並んでいるのだ。マレーシアの通貨、リンギット(RM)を1RM=約30円と換算すると、山梨ぶどう1箱(2房)約20,000円、同じく山梨県産桃1箱(5個入)10,000円と来て、いちご1パック2,000円、はては日本では節約野菜として一袋100円程度で買える豆苗が一袋600円と続く。ごく市民的な日本のスーパーで一本280円程度で市販されているドレッシングが1,000円~、缶詰一缶1,000円~と何もかもこの調子で、段違いな高価格帯なのである。

マレーシアはほぼ赤道直下に位置する、典型的な熱帯国家である。当然、そこはフルーツの楽園である。しかるに、通常マレーシア国内でフルーツは、日本では信じられないほど安く売られており、この値付けは「異様」とも映る。どうりで食品コーナーに客がまばらな訳である。日本から空輸・鮮度保持等々にコストがかかるとは言え、この値段はマレーシアの市場価格から明らかに遊離している。

農林水産省の提唱する「攻めの農林水産業」とは、概略すれば高付加価値商品を海外に売り込むという戦略だ。確かに日本のぶどうや豆苗は美味かもしれないが、その値付けが余りにも異様と映り、現地人は素通りするだけだ。僅かに3パックで400円ほどの納豆は、現地の日本駐在員などが日本食恋しくなったときに買うのでは無いかと思うが、多分もっと安いスーパーは市内でいくらでもあるだろう。美麗な冷凍陳列棚に飾られた売れ残りの日本産農産品は、一体どうなるのだろうか。これが「攻めの農林水産業」の実態となればお寒い現実だ。

【グランドフロア・1F】~巨大な無人展示室~


本来百貨店の"顔"となるはずのグランドフロア。営業時間のただ中なのに、閑古鳥が鳴く。左端に無言で佇む警備員の姿が際立っている 筆者撮影


まるで博物館?グランドフロアのショーケースの中にある誰も覗かない服飾小物類。概ね10,000円~ 筆者撮影



さて本来なら順番的には一番最初に入るのがこのグランドフロア(地上階)である。The Japan Store開業時には現地人らの列も出来たという記事もあったが、私が訪れたときは全く人がおらない。念のため断って置くが、筆者はこのThe Japan Storeを、4日間連続で訪問したが、すべてに於いて閑古鳥が鳴いていた。同店で撮影した写真は、筆者がわざわざ客が居ない時間帯や場面や角度を狙って撮ったのでは無い。恒常的にこのような状態なのである。

グランドフロアは、百貨店の顔である。常にお客様はこの階から入り、地下の食品フロアーや上階へ上がっていくいわば交差点のようなモノだ。しかし、食品フロアーと同様、全ての商品にあって値段が高すぎるせいで、人が存在しない。このグランドフロアーには「和」をモチーフにした日本の服飾雑貨が展示されているのだが、日本のコンビニで150円程度で売っているウェットティッシュが600円~、フェイスクリームが2,000円~、耐熱性の皿15,000円~という有様なのである。

まるで地方の博物館のごとくショーケースに入れられた日本産皮革で作られた男性用ポーチの値付けを見ると16,000円也。品質が違うとは言え、同程度の男性用小物は、同市内の欧米系ファストブランドですら2,000円程度で買い求めることが出来る。一体このショーケースの中の日本産服飾小物は、開業からずっと売れないでここに居座っているのでは無いか?と錯覚してしまう。

【日用雑貨フロア・2F】11万円の仏像、なぜかスターウォーズ推し~


もはや地下の食品売り場やグランドフロアーよりも無人の空間に日本列島のモジュールが空疎に出迎える 筆者撮影


11万円の値段がつけられた謎の仏像(左)、菊花のモニュメント?14,000円(右上)、なぜかミレニアム・ファルコン号66,000円(右下) 筆者撮影

ほとんど無人の店内を、エスカレーターで2Fに昇るとそこは日用雑貨フロアである。ここに至って、私ははっきりとこのThe Japan Storeに不快感を通り越して嫌悪感を感じるに至った。2Fの中心には、一応日本製のインテリアらしきモノが置いているのだが、その値付けが凄まじい。謎?の仏像110,000円、皇室の紋章をかたどった?30センチほどの置物14,000円也。皇室の紋章であり日本の国章を、こんな風に安直に、しかも誰も買わないようなインテリアにしていいものだろうか。



まあこれの賛否はさておくとして、もっとも驚愕したのはこのコーナーのメインは仏像でも菊花でもなく、スターウォーズのインテリアで占められていたところだ。ダースベイダーやルークスカイウォーカー、R2D2の合金製インテリアが躊躇無く展示されている。え、ここって日本文化、クールジャパンの前衛たるThe Japan Storeですよね?

私は目を疑った。何度も確認したが、そこには菊花と並んでスターウォーズが堂々と棚を寡占しているのである。しかもその値付けが異常極まる。ミレニアム・ファルコン号の、ほんの20センチほどの合金製模型が66,000円也。だ、誰が買うのだろうか?そして、これは日本文化やクールジャパンに何か関係があるのだろうか?ちなみにこの意図不明のスターウォーズ展示には、黒澤明の『隠し砦の三悪人』などの説明は一切存在しないことを付記しておく。

【カルチャーフロア・3F】日本文化の紹介なのにディズニーとLEGOばかりの異様性


クールジャパンのはずだが、なぜかウォルト・ディズニーの『アナと雪の女王』のコーナーが寡占。本当に大丈夫ですか?ここは本当に日本文化の拠点なんですか?ちなみに「官」の言い訳なのかもしれないが、売られている『アナ雪』のフィギュアは日系企業の版権商品 筆者撮影


日本から輸入してきたミッキーマウスの模型、という体。しかも一個8,000円~という異様な値段。日本から輸入するとスターウォーズもミッキーマウスも"日本文化"に化けるとでもいうのでしょうか 筆者撮影

しかし、さても無残なThe Japan Storeも、いよいよ3Fは日本文化のコーナーである。すなわち漫画やアニメのコーナーである。ここまで地下から1F、2Fと失望が続いたが、ここで挽回してくれるだろうと筆者は甘い期待を持った。

なにせ、このThe Japan Storeは、マレーシアにおけるクールジャパンの拠点として10億円の公費が投入されているのだ。まあ、なれない南方の土地。官にも多少の不手際はあろう。しかし、流石にクールジャパンの中心となる日本のアニメや漫画のコーナーは、相応充実しているに違いないと筆者は確信した。私は3F行きのエスカレーターに乗る。

そこには、大友克洋や押井守や今敏の作品の数々が鎮座し、また最低でもスタジオジブリのコーナーが「どっかーん」と展示されていると考えた、私が全て甘かったのである。3F「日本文化フロア」で、私を迎えたのは大友克洋でも押井守でも宮崎駿でも無く、ウォルト・ディズニーの『アナと雪の女王』及びデンマークの玩具メーカー『LEGO』、そしてミッキーマウスであった。



日本のアニメ・漫画の勇姿は、このThe Japan Storeの中にまったく、影も形も無いのである。私の怒りはやがて諦観へと移行する。マレーシアにおけるクールジャパンの中心と「お上」が位置づけているThe Japan Storeの中には、日本文化など存在しないのである。愕然と膝から落ちる感覚が筆者の全身を襲ったのである。

【カルチャーフロア・3F】最後の希望を求めて書籍コーナーへ


日本文化を紹介するブックコーナーには、日本に関する書籍はごく僅かで、日本とか日本文化とは無縁の、インテリアと化した洋書が平積みされている 筆者撮影

しかし、日本産アニメは駄目でも、日本の漫画くらいは置いてあるだろう、という儚い希望に一縷の光を求めて、私は同階のブックフロアーに行く。ここには当然のこと、大友克洋のAKIRA全巻が揃っていてしかるべきである。きっとそうであろうと思って向かえば、同階のブックフロアーは、如何にも意識高い系が好みそうな、瀟洒な複合書店のグランドフロアーに陳列品として展示してある、日本とか日本文化とは何の関係も無い、インテリアとしての洋書が展示されているばかりなのであった。

血眼になって日本産の漫画をかざすと、このブックコーナーの一角に僅かに柱の二面だけが日本漫画のコーナー(英字翻訳)として陳列されている。しかしここにあるのは、大友克洋ではなく、なぜか『ガンダムジオリジン』と、一巻だけの『アイアムアヒーロー』、漫画版『風の谷のナウシカ』が全巻セットで置いてあるのが唯一の慰みであったが、海外でまず「クールジャパン=ジャパニメーション」の筆頭にあげられる大友も押井も無い。おそらく「お上」が押井も大友も知らないのでは無いか。

意図は分からないが、マレーシアが世俗的イスラーム教国というのを忖度してか、漫画大賞を受賞した森薫さんの『乙嫁語り』がほぼ全巻揃っている。しかし、『乙嫁語り』の舞台は中央アジアであってマレーシアとは関係が無い。そら寒い。余りにも酷い。The Japan Storeは、日本とだけ名を冠した無人展示室であり、その内実も日本文化の紹介とは無縁の物体だけが転がっている。ここに血税が10億円弱も投入されたのだ。

付け加えると、The Japan Storeの最上階(4F)は日系飲食店のレストラン街だが、ここには辛うじてまばらに客が入っている。ただ単価が高いので客層は現地の富裕層か外国人(日本人含む)に限られているようだ。




日本の漫画が陳列されている箇所は、総面積1万平方メートルの中にあって、わずかにこの柱の二面だけ。ちなみに花沢健吾先生のアイアムアヒーロー(翻訳版)は一巻のみ陳列されており、約3,000円でここから10%値引きのセール中 筆者撮影

【総評】クールジャパンの実態見たり~傲慢と無知が招いた世紀の失策~


お客の存在しない3F日本文化フロア 筆者撮影

南方の、日本人の余り行かない土地だと思って「クールジャパン」の美名の元、好き放題に血税が、何の費用対効果も考えず、ただただ垂れ流しされている実態を、殆どの日本人は知らない。私も、クアラルンプールのThe Japan Storeに実際に行ってみるまで、全く予期しない事実であった。

素晴らしい高品質の日本文化を海外に流布させる―。クールジャパンの基本戦略である。が、そのクールジャパン戦略の音頭を取る「官」が、日本人でありながら日本文化を全く理解せず、また市場経済も全く理解していない結果、このような酷い現実が出来したと言わざるを得ない。

その根底には、日本の文化や産品は世界一素晴らしく、幾ら高くとも現地人は買うに違いない、という傲慢と無知が存在するのでは無いか。日本の高付加価値商品は確かに、海外で高い評価を受けている。だがそれは、現地の市場の皮膚感覚に合致して初めて成功するものである。日本で数百円で売っているモノをマレーシアで数倍~数十倍の値段をつけても売れるに違いない、なぜならそれは高品質の日本産品だからである、という傲慢な自意識が、The Japan Storeの全てから漂ってくる。

そして本来、クールジャパンの中核であったはずの、日本の漫画やアニメなどの現代カルチャーに対する無理解と無知を克服しないまま、そして自国の現代文化に対する無知を放置したままの文化への無教養が背景にあるからこそ、日本文化と称して『アナ雪』や『スターウォーズ』を堂々と展示して憚らないのである。

経済成長著しいマレーシアには多くの日系企業が進出している。中でもユニクロは平日早朝から黒山の人だかりであり、同じく日系のファミリーマートは現地の人々の経済感覚に沿った、低価格の日本流おにぎりやおでんを展開して極めて盛況である。市場経済から遊離した、似非社会主義ともいえる計画的観念の悪しき真骨頂こそが、ここクアラルンプールの一等地にあるThe Japan Storeである。

ちなみに、このThe Japan Storeのお隣(同じビル内)にある『H&M』は朝10時の開店から現地人が列をなす。しかしThe Japan Storeの開店時刻は、そもそも午前11時。人々は、The Japan Storeと同じ階にある中華フードコートで腹を満たす(一食300円程度の大衆店舗)が、決してThe Japan Storeには入ろうとしない。いやそもそも、開店時間が遅すぎるので、入りたくても客はシャットダウンされているのである。ここでも官製クールジャパンの居丈高な、市場経済無視の設計的発想が現れている。

私達はいま一度、血税を垂れ流す巨大な無駄、クールジャパンの実態と向き合うべきである。

<追記>CJ機構は奇しくも、本稿の掲載と同じ日、マレーシアから撤退すると報じられた。代わりに共同出資していた三越伊勢丹ホールディングス(HD)の完全子会社として再建を目指す。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

[執筆者]
古谷経衡(ふるやつねひら)文筆家。1982年北海道生まれ。立命館大文学部卒。日本ペンクラブ正会員、NPO法人江東映像文化振興事業団理事長。著書に「日本を蝕む『極論』の正体」 (新潮新書)の他、「草食系のための対米自立論」(小学館)、「ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったのか」(コアマガジン)、「左翼も右翼もウソばかり」(新潮社)、「ネット右翼の終わり」(晶文社)、「戦後イデオロギーは日本人を幸せにしたか」(イーストプレス)など多数。最新刊に初の長編小説「愛国奴」、「女政治家の通信簿 (小学館新書) 」


古谷経衡(文筆家)

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