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米朝首脳会談:非核化の成否、3つのシナリオ

ニューズウィーク日本版 2018年6月11日 19時2分

<金正恩の口車に乗せられて、トランプが「歴史的会談の成功」や「ノーベル賞」と引き換えに中途半端な非核化を呑んでしまうのがいちばん怖い>

私は北朝鮮に行ったこともあるし、これまで30年間、同国の核・ミサイル開発問題に取り組んできた。6月12日にシンガポールで開かれるドナルド・トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の首脳会談が歴史の大きな節目になるのは間違いないだろう。これまでの経緯はともかく、現代における最高に困難でやっかいな核問題で事態が進展するチャンスが訪れたのだ。

米朝首脳会談の準備が断続的に行われたこの数カ月、最も頻繁に私に投げかけられた問いが「首脳会談の結果起こりうる、最善の事態と最悪の事態は何か」というものだった。だがトランプにせよ金にせよ、控えめに言っても実力は未知数だし何をやるか予想もつかない。だから私は、幅広く事態の成り行きを想定してみることにした。

最良のシナリオ:本物の対話が始まる

首脳会談を前に期待はあきれるほど高まっているが、こんなに大あわてでお膳立てされた首脳会談で得られる成果など知れている。「対話の目的は朝鮮半島における全面的かつ査察つきの核廃絶であること」で両首脳が合意することと、米朝の外交・政治関係の正常化くらいのものだ。

現実的な時間の枠内でこれら野心的な目標を達成するには、両首脳は明確かつ詳細な共同宣言を採択し、交渉担当チームがこの2つを同時進行して進めるための道を示す必要がある。

両首脳にとっての目標は、妥当な時間(半年〜1年以内)のうちに、進行状況を確認するために再び会談を行うことだ。その間に、核実験停止とは何か(何が許されて何が許されないか)の定義を定め、現在の北朝鮮の核実験停止の確実な継続を図る方策についても合意しなければならない。また、この外交プロセス継続のためにアメリカとそのパートナーの国々が合意できる対応(北朝鮮が攻撃的な軍事行動を控えるとか)についても合意すべきだろう。

最悪のシナリオ:金に手玉に取られる

トランプは自分の交渉の腕に自信を見せているが、首脳会談をやりたいという気持ちが先に立ちすぎている。それにこの1年、金はアメリカをダシにして東アジアにおいてかなり立場を強めてきた。もし首脳会談で非核化が進めばそれはそれでけっこうだが、それでも非核化が先の読めない大ばくちであることに変わりはない。非核化を進めることができなければ、宣伝合戦という意味では金の大勝利になる。自分の側はほとんど何も犠牲にせずに世界唯一の超大国と対等の立場を手にしたのだから。



さらに深刻な可能性も考えられる。交渉の進展をアピールしたいがゆえに、またノーベル平和賞が欲しいために、トランプはやってはならない取引に手を出すかもしれない。例えば北朝鮮は核兵器10基を引き渡し、長距離ミサイル20基を破壊して、「これで全部だ」と言うかもしれない。そして北朝鮮の保有する兵器はそれよりはるかに多いと考える十分な根拠があるにもかかわらず、トランプはこの中途半端な非核化を「完全なる勝利」だと主張するかもしれないのだ。

「ロシアは2016年の米大統領選挙に干渉などしていない」とウラジーミル・プーチン大統領が言った時と同じように、トランプは北朝鮮の保有する兵器は情報機関の見立てより少ないという金の言葉を額面通りに受け取るかもしれない。そもそもトランプは情報機関のことを好いていない。

悪いシナリオは他にもある。例えば北朝鮮は、朝鮮半島に駐留する米軍すべてを撤退させた後でという条件付きで、2〜3年かけて非核化を進める提案をするかもれしれない。トランプは「同盟はアメリカにとって利益よりコストの方が大きい」という考えに凝り固まっているから、韓国との同盟関係に終止符を打ついいチャンスだと思って提案に飛びつくかもしれない。一度撤退に舵を切れば、方向転換は難しくなる。そうなれば、北朝鮮は非核化を進めるペースに関し相当な発言力を持つようになるだろう。

リビア式

可能性はまだある。例えば「首脳会談と同時または直後に、即時に核廃棄を行うことは可能だ(またはそうすべきだ)」との考え方をアメリカが押し通すというシナリオだ。これは北朝鮮はすべての核兵器を外国に移送するために空港に運び込み、早急にすべての弾道ミサイルを破壊すべきだとする、ジョン・ボルトン米大統領補佐官の言う「リビア方式」とも共通する考えだが、政治的にも技術的にも実現可能性は低い。北朝鮮が製造した核兵器と核物質の量を確定し検証するには年単位とは行かなくても何カ月もかかるだろう。

北朝鮮の主張を真に受ける者はいないし、そうすべきでもない。それを検証するのに必要な詳細な情報を入手し踏み込んだ調査をするには相当な時間がかかるだろうし、アメリカを納得させるにはさらに何年もかかるはずだ。

(翻訳:村井裕美)

From Foreign Policy Magazine

ジョン・ウルフソル(核危機グループ・ディレクター)

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