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就任1年マクロンの成績表

ニューズウィーク日本版 2018年6月14日 16時30分

<「熱くならない」フランス国民が珍しく沸いた若く実務型の大統領――労働改革では成果を上げたが次はEU分裂阻止や景気回復の難題が>

恋には熱いフランス人も本来の性格は意外とクールなものだ。19世紀前半の激動期を生き抜いた著名な政治家タレーランは言っている。「何はともあれ、熱くなり過ぎるなかれ」と。

そのフランスで、エマニュエル・マクロンが大統領に選出されて1年余り。当時はヨーロッパの民主主義にとってまれに見る明るいニュースと受け取られたものだが、今は国民の熱気もだいぶ冷めた。庶民の暮らしに関心がない、金持ち寄りの政策ばかりじゃないか、民主的な手続きを軽視している、などなどの批判が噴出している。

もちろん、マクロン率いる新興政党「前進する共和国(REM)」に属する新人議員たちは今も希望に満ちあふれている。その大半は、大統領自身と同様に若くて実務的なタイプ。この1年で苦い現実も見てきたが、フランスを長年にわたる停滞の呪縛から解放するというマクロンの選挙公約を実現できると、今も考えている。職業訓練制度を改革すれば失業率は下がるとも、固く信じている。

「2~3年もすれば」と、REM所属で40歳の新人議員は言ったものだ。「みんなが自分の望む職業訓練を受け、それで仕事を見つけられるようになる。フランスは復活するんだ」

しかし新聞やテレビの報道によれば、今のフランスではマクロンの打ち出す強引な改革に反対する人たちが続々と街頭に繰り出している。

実際、抗議行動は起きている(何しろデモはフランスの国民的スポーツだ)。しかし昔の激しい抗議行動に比べると静かだし、規模もずっと小さい。だから国論を二分した労働法制の改革問題でも、マクロンの提案が成立するのを阻止できなかった。この先には失業保険や職業訓練制度の改革、さらには国鉄(SNCF)改革も控えている。しかし世論調査を見る限り、国民の4分の3はマクロンの大胆なSNCF改革を支持しているようだ。

欧州を覆う政治の無力化

マクロンは鉄道職員の特権(50代前半での退職年金受給など)を段階的に廃止し、他国並みに民業との競争を導入することを目指している。もちろん労働組合はストライキで対抗してきたが、もう勝負はついたも同然。法案は粛々と上下両院を通過している。

それでもREM所属の熱い議員たちを除けば、フランス国民は総じて「熱くなり過ぎるなかれ」の教訓を守っている。

最近のある世論調査では、大統領に対する満足度を0~3で評価せよという設問に対して、回答者の52%が「0」、16%が「1」と回答した。別の調査では、自分の暮らしは良くなると思う人が24%だったのに対し、悪くなるとした人は43%だった。マクロン自身の好感度も40%台の前半をさまよっている。



パリで行われた反マクロンデモに、公務員は顔を隠して参加(5月22日) Christian Hartmann-REUTERS

それでも直近2人の大統領(ニコラ・サルコジとフランソワ・オランド)の同じ時期の人気に比べればいいほうだ。サルコジもオランドも、高い失業率と経済の停滞というフランス病の症状を十分に改善できなかった(近年の失業率は10%前後で推移しているが、若年層に限れば20%を超える)。

アメリカのドナルド・トランプ大統領やドイツのアンゲラ・メルケル首相、イギリスのテリーザ・メイ首相らと比べても、マクロンの支持率は全く見劣りしない。今や欧米諸国の国民は総じて政治家に幻滅しているが、マクロンはこの間、いかに国民がしらけていても、民主的に選ばれた政治家なら国を導いていけることを示してきた。

今の欧米諸国では政府が無力で国民が未来に希望を持てず、それが各国に民主主義の危機をもたらしている。しかしマクロンが一連の改革で結果を出せば、少しは民主主義への信頼を回復できるかもしれない。

今のマクロンには、欧米のほとんどの指導者にはない強みがある。力強く団結した与党が議会で過半数の議席を確保している事実だ。大統領選に引き続いて実施された議会選で、REMは国民議会(下院)全577議席のうち308議席を獲得した。支持基盤は盤石で、忠誠心でも熱烈さでも、ボーイスカウトやガールスカウトに劣らぬ人たちがたくさんいる。

筆者が接触したREM所属の議員たちは、みんなマクロンそっくりだった。そして民間で「まともな」暮らしをしたい人は政治という閉鎖的世界に首を突っ込まないほうがいいと考えてもいた。

例えばボルドー出身の女性議員ドミニク・ダビド(55)。PR会社と障害者に職業訓練を提供する会社を経営していた彼女は、伝統的な政党政治ではフランスを変えることはできないと確信している。だから、かつてはサルコジに票を入れた。彼は「特別な人」に思えたからだ。

「私には4人の子供がいる」と彼女は言った。「子供を寝かしつけるときはどうするか。『おやすみ』と言って抱き締めて、それでおしまい。子供が泣くたびに駆け付けていたら、子供は決して眠らないから」

1時間にわたる取材中、ダビドは一度も社会問題や外交問題に触れなかった。話したのは予算や税金、市場改革のこと。そして職業訓練と雇用を結び付けるマクロンの計画を「革命的」と評した。彼は有言実行の男だとも彼女は言う。マクロンが「寝かしつけた子供」はもうぐずったりしない。

お世辞にも民主的なやり方とは言い難いが、マクロンはトップダウンの、フランス人の言う「垂直的」な統治を好む傾向がある。党員を思いどおりに操って、自分の業績をたたえさせているとの批判もある。



しかしマクロンは(サルコジやオランドと違って)私生活でも非の打ちどころがなく、大統領の職務も立派に果たしている。だから党から離反する者はいないし、党内に対立が生じる余地もほとんどない。

マクロンにとっての「協議」は、(労働法制改革案の発表前に労働組合と話したように)最初からやろうとしていたことを実行する前に、ひととおり他人の意見を聞いてみることだ。非民主的とまでは言えないとしても、高圧的な態度ではある。

マクロンは、最強の支配者という評判に喜んでいるようだが、最終的に有権者は論争に疲れて背を向けるかもしれない。よく言われることだが、フランス人は現状維持のために革命的な戦術を用いるのが好きだ。

運命は経済回復しだい

マクロンを、かつてのカリスマ的な大統領シャルル・ドゴールの再来と評する向きもある。しかしマクロンにとっては、いわゆる「富裕税」の大半を廃止する一方で年金生活者への課税を強化した「金持ち大統領」と見られることのほうが危険だ。

現実のマクロンは教育や障害者支援といった分野で社会保障の充実に努めている。選挙戦では「左でも右でもない」候補として新しい有権者層に訴え、若くて実務家的なエリート層の支持を獲得した。

しかし多くのフランス人は、伝統的な二元論に反発しつつもそれに愛着を抱いている。つまり、人を左か右のどちらかに区別したがる。だからマクロンは、左派の出身ではあるが、今は右派ということになる。

マクロンの選挙公約には、別の落とし穴が潜んでいる。フランスが中心となってヨーロッパの団結を強め、統合を進めると誓った点だ。

ヨーロッパの多くの有権者がEU(欧州連合)に反発している今の時代に、それは勇気ある公約だった。ドイツのメルケル政権が極右政党に脅かされ、イタリアに新たなポピュリスト政権が生まれた今、ヨーロッパ各国の首脳たちは当面、政権維持だけで手いっぱいだろう。

しかしマクロンは改革に突き進む。そしてフランス社会に苦い良薬を処方する。必要なことだが、それでも経済が回復しなければ、彼は連続3人目の1期限りの大統領になるだろう。

今の時代は、予想外の良い結果よりも想定外の悪い結果に賭けるほうが賢明だ。現にヒラリー・クリントンは米大統領選に敗れ、イギリスは国民投票でEU離脱を選択した。

それでもマクロンには、まだ「特別な人」の風格がある。そして「リベラル」という語を嫌うフランス人にリベラルな改革をもたらそうとしている。

この若くてハンサムで有能そうな指導者は、バラク・オバマ前米大統領のフランス版ともいえる。ただしそこには、オバマ同様、期待外れだった場合の過激な反動のリスクも含まれる。

パリにあるシンクタンク、モンテーニュ研究所のローラン・ビゴルニュ所長は言う。「ここ10年で初めて、フランスには国民が誇りに思える大統領がいる。彼は英語ができるし、スキャンダルもない。妻とも素敵な関係を続けている」

確かに。そういう点で今のアメリカ人が、自国の大統領を誇りに思えるかどうかは全く定かでないが。

From Foreign Policy Magazine

[2018.6.19号掲載]
ジェームズ・トラウブ(ジャーナリスト)

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