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コロンビア大統領選に勝利、ドゥケは半世紀ぶりの和平を危険にさらす?

ニューズウィーク日本版 2018年6月19日 18時29分

<行政経験に乏しく政界の大物ウリベ元大統領の影響を脱してわが道を進むことができるのか>

6月17日に行われた南米コロンビアの大統領選挙の決選投票では、中道右派のイバン・ドゥケ前上院議員が1030万票(全得票数の53.98%)を獲得し、800万票強(同41.80%)だった左派のグスタボ・ペトロ前ボゴタ市長 に勝利した。

半世紀以上にわたり内戦が続いたコロンビアでは、16年に政府と左派ゲリラのコロンビア革命軍(FARC)の間で和平合意が結ばれた。そして今回の選挙では、この和平合意の是非が大きな争点となった。

投票率は従来の選挙に比べ高かったものの、大統領選で目立ったのは政治的な二極化であり、フェイクニュースであり、候補者同士の激しい攻撃合戦だった。経済問題や安全保障、そして和平合意をめぐり候補者の意見は対立。ペトロが和平合意支持を訴えたのに対し、ドゥケは元ゲリラが過去の犯罪で裁かれることもなく選挙に出馬を許されているのはおかしいと合意を厳しく批判した。

ドゥケは41歳で、コロンビア史上最も若い大統領となる。過去にはパストラナ政権下で財務省の顧問を務めたほか、アンデス開発公社 や米州開発銀行に勤務した経験を持ち、2014~2017年には上院議員を務めた。子供が3人いる。

8月7日に大統領に就任するドゥケを待っているのは、さまざまな試練だ。

ウリベ元大統領の「院政」の可能性

ドゥケは必ずしも、政治家としての経験を評価されて選挙に勝利したわけではない。ペトロらライバル候補らと異なり、ドゥケには閣僚経験もなければ副大統領を務めたことも、大都市の市長になったこともない。

どちらかと言えばドゥケに勝利をもたらした大きな要因は、コロンビア現代史を代表する大物政治家アルバロ・ウリベ 元大統領の堅い支持だ。ウリベはドゥケが所属する民主中道党 の創設者で、現在は上院議員を務めている。事実、ドゥケは演説のたびにウリベのことを「永遠の大統領」と呼んで指導者としての立場を認めている。



国民の間でいまだに高い人気を誇る一方で、ウリベは大きな政治スキャンダルにも関与してきた。例えばウリベ政権下の大統領府治安局 (DAS)はジャーナリストや司法関係者に対する盗聴を行ったと非難を受け、2010年に解体に追い込まれた。

またウリベは、民間人を犯罪との戦いに参加させる「民主的治安政策」を推進。この政策は一般市民が紛争に巻き込まれる危険を増大させたうえ、2002~2008年の間に軍が「犯罪組織の構成員」の掃討と称して4382人の一般市民を殺害したとされるいわゆる「偽陽性事件 」にもつながったとされる。

一部の人々は、ドゥケの勝利はウリベ政策の復活だと受け止めている。

「ドゥケには選択肢が2つある。ウリベの操り人形になるか、ボスに逆らうか。後者を選ぶとは思えない」と、アイダ・アベジャ上院議員は本誌に語った。アベジャはペトロを支持した政党グループのメンバーだ。「ウリベはコロンビア政治に、戦争と皆殺しというやっかいな歴史を残した。コロンビア人は『偽陽性事件』を忘れない。ウリベ支持者の中にもそう考える人はいる」

それでも一部のアナリストは、ウリベがドゥケを介して院政を敷く可能性もあると考えている。

「ボス」と距離を置くことができるか

「どうなるかは分からない。(現大統領のフアン・マヌエル・)サントスもウリベの子分だったが、(当選後に)たもとを分かった。ドゥケは今のところ独立した個人らしさにも政治的な経験にも欠けるが、権力の座についてからどう化けるかは未知数だ」と、コロンビア大学のクリストファー・サバティーニ講師(国際公共政策)は本誌に語った。

民主中道党の議員の中には、院政の可能性を否定する人もいる。「ドゥケは自分でものを考え、自分の決断ができる気骨ある人物だ」とパロマ・バレンシア上院議員は本誌に語った。「ウリベは政界で私が出会った中でも最も尊敬すべき人物の1人だし、そばで仕事をした4年間、彼から命令されたことは一度もない。ドゥケ政権は、コロンビアにとってウリベがどれほどすばらしい存在だったかを見直すきっかけになるだろう」

同じく民主中道党のマリアデルロサリオ・ゲラ上院議員は本誌に対し、「わが党の創設者はウリベであり、ドゥケがわが党に所属する以上、完全にたもとを分かつとは考えられない。彼は(党の)仲間の主義主張を尊重するだろうし、重要だと思う事項についてはウリベに相談するはずだ」



ドゥケはかつて、児童虐待や殺人への刑罰を重くする法案を提出したことがあるほか、量にかかわらず薬物所持を禁止することを提案したこともある。だが警察力の強化を目指したとしても、国内の治安状況は改善しそうにない。

「少なくとも当面は、犯罪は増加するだろう。今年の1~4月の殺人の件数は前年の同じ時期と比べて11%も増加している。武装・犯罪組織が細かく分裂し、互いに競合しているのが大きな理由だ」と、人権団体「ラテンアメリカに関するワシントン・オフィス」のアダム・アイザックソンは本誌に語った。

「もう1つの理由は、コロンビア政府が和平合意というチャンスを生かして元戦闘員を社会復帰させ、(ゲリラの支配下にあった)地方での存在感を強めるのに失敗したことだ。紛争の多いコカ栽培地帯には今も政府の手が届いていない。そうした真空地帯をどう埋めていくかについて、古くさい強権的なアプローチ以外のドゥケの提案を私は寡聞にして聞いたことがない」とアイザックソンは言う。

ドゥケは、ゲリラに対してより強い姿勢を取り、2016年に結ばれた和平合意を修正することを提案している。支持者の一部はドゥケのこうした姿勢について、必ずしもドゥケが合意を「破棄」しようとしているとは限らない、と述べている。

「麻薬密売人や性的暴行犯が、法の裁きを受けないことなど考えられない」とゲラは話す。「和平合意で、ゲリラになっても得にならないことを示す必要がある」

バレンシアは、ドゥケが何より優先すべき事柄の1つはコカ栽培の取り締まりだと考えている。ロサンゼルス・タイムズ紙によると、コカの年間生産量は、過去2年にわたって50%の増加率が続いており、栽培面積は約10万ヘクタールに及ぶ。「多くの地域が違法薬物に依存しているせいで、暴力沙汰が起きている」とバレンシアは述べる。「コロンビア政府はこれらの地域を取り締まらなくてはならない」

ドゥケを待ち受けるもの

コロンビアは、経済の低迷や汚職の横行、社会格差や壊滅的状況の医療制度といった課題の解決に取り組んできた。とはいえ、今後4年間かけたとしてもある人たちにとっては事態はまったく改善しないだろう。

「コロンビアの経済は悲惨な状況であり、悪化の一途をたどっている。財政赤字は膨らみ、医療制度は、汚職のせいで崩壊寸前だ」と言うのは、左翼政党のオルタナティブ民主極(Alternative Democratic Pole)に所属し、今回の大統領選ではどの候補者をも支持しなかったホルヘ・エンリケ・ロブレドだ。「私はわが国について悲観している。白票を投じたのは、どの候補者にも納得できなかったからだ。現在のサントス政権は、1990年以来の悲惨な経済を置き土産にした」



悲観的なのはロブレドだけではない。「守旧派の支持を受けたドゥケが大統領では、進歩は期待できない。ドゥケは若いが、恵まれない国民を犠牲にしてあらゆる特権を享受してきた既成勢力の操り人形だから尚更だ」と、アベジャは言う。

しかし民主中道党の党員らは、若さがドゥケの最大の強みだと考えている。「ドゥケは、過去20年にわたってこの国を支配してきた政治家に代わる若い世代の誕生を象徴している」とバレンシアは言う。「ドゥケは、自身の支持者からの影響など一切受けず、何のしがらみもなく大統領に就任する。それが、腐敗防止の取り組みを後押しするだろう」

もし運よく後者だとしても、火種はもう1つある。和平合意の修正だ。いったん無罪放免になったゲリラ転じて政治家が、今更罰を受けるはずがない。

(翻訳:村井裕美、ガリレオ)


ロバート・バレンシア

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