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ジュリエット・ビノシュと河瀨直美が紡いだ「ビジョン」。

ニューズウィーク日本版 2018年6月21日 11時30分

初長編『萌の朱雀』(1997年)がカンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)を受賞して以来、カンヌの申し子として高い評価を得てきた河瀨直美監督。その最新作『Vision』は、フランスを代表する女優ジュリエット・ビノシュとのコラボレーションとなった。


ジュリエット・ビノシュ演じるフランスのエッセイスト・ジャンヌは、奈良・吉野の森に、ビジョン"と呼ばれる薬草を探しにやってくる。

河瀨が描き続ける奈良、その神秘の森を舞台に、紀行文エッセイストのジャンヌが出会う"いのち"の物語。ジュリエット・ビノシュが、憧れの吉野の山の奥深くに踏み込んでヒロイン、ジャンヌを生きた時間について語る。笑いを絶やさず、次々と言葉が溢れる喜びに満ちた語りは、河瀨映画の神秘を紡ぐ担い手として、まさに相応しい女優だったことを感じさせる。

──河瀨監督の映画は、フランスでもとても人気と伺っていますが、ジュリエット・ビノシュさんご自身は、俳優としてどんなところに惹かれて、今回のコラボレーションが生まれたのでしょうか。

「河瀨監督作は、単に観客動員数を上げようとか、商業目的を重視した映画ではないわよね。彼女の映画には、独特のエクリチュール(表現法)がある。フランス人である私たちは、リアルな経験に基づいて作られている映画を好む傾向があるの。映像を通して、または物語を通してそこに真実が現れるから。映画の中で、人物がちゃんと生きているということが魅力だったの」


『Vision』はジュリエット・ビノシュと永瀬正敏のダブル主演。河瀨監督にとって長編劇映画の第10作目となる。

──撮影前に役作りのため、普門山 清谷寺の宿坊に43日間滞在されたそうですが、どのような体験でしたか。

「山の鐘の音を思い出すわ。大音量に驚いた蝉時雨も。でも夜になると深い、深い静寂を体験したの。その夜の奥深さは凄まじく、とてもひとりでは足を踏み入れられない。夜の山を歩く時は、いつも誰かと一緒だったわ。また、これまで神道と仏教、神社と仏閣の違いがあることも知らなかったので、そのふたつの違いや、どのように仏教が日本に伝来したのかなど、インターネットで調べた。

調べ尽くした中で私がもっとも感銘を受けたのは、弘法大師、空海についてのエピソード。当時、さまざまな高僧が活躍していて、ある時、天皇がそれぞれに、どんな教えを説き、どんな活動をしているのか申してみよ、と言ったそう。すると僧たちは、私はこんなことを......と次々とプレゼンしていったの。そして最後は空海の番。空海は、ひと言も話さず、ただ瞑想をした。すると彼の身体が光り輝いたの! 知らなかった? インターネットに載っているわよ!(笑)」

──山の神、木の神といった、アニミズムの影響も大きい河瀨映画ですが、神秘的な体験をするジャンヌの役には、宿坊での体験が影響しましたか。

「宿坊でもそうだけれど、私は世界に向かって開いている人間なので、日常的に自然界とコネクトしているの。たとえば、鉱物や、植物や、動物といった、自然界のものと五感を通してコネクトすることができる時、自分の中にエネルギーが降りてくるのを感じるの。ただ、このエネルギーに加え、大事なのはインテンション、意志。アクションが意志に合流するというか、アクションの前にインテンションがないと、何かが欠けてしまう。アクションを受け入れる意志を持つことがとても大事。だからまず朝起きたら、すぐに何かを自覚する。朝から感覚を研ぎ澄ますことが大切なの」


夏木マリ(右)、美波(左)らが共演。



謎に包まれた物語に、ビノシュが見いだしたもの。


山で暮らす謎の青年・鈴を岩田剛典(左)が演じる。

──"ビジョン"とは何なのか。岩田剛典さん演じる青年はいったい誰なのか。そもそもジャンヌはなぜこの山にやってきたのか。そのあたりが謎に包まれていて、サスペンスフルです。ビノシュさんは、ジャンヌは何を求めてやってきたとお思いですか。

「私自身、わかっているのは、人間には、闇の部分、隠された苦悩、裡なる葛藤というものがあるということ。でもその葛藤も、自分自身で探しに降りていかなければならない。自尊心を捨てて、自分は何もわかっていないこと、迷っていることを認め、謙虚さを体験することによって、そこにようやく光が見えてくる。

ジャンヌもビジョンという薬草が何だかわかっていない。しかも、どんなものか、感覚として感じ得ていない。でも、わかっているのは、苦悩と結びついている、人と結びついている、裡なるものと結びついているということ。自分はそれだけしかわかっていないのだと、認める勇気を持った時に、その人は光を生み出すことができる。そう思って演じたわ」


ジャンヌは吉野の森に住む山守の智(永瀬正敏)の家に滞在し、心を通わせていく。

──では実際に、河瀨監督映画の中で生きてみていかがでしたか。

「河瀨監督はとてもインディペンデントで、自分にとって重要な事柄を口に出して語ることに躊躇しない勇気を持っている人。そして彼女と一緒に仕事をしてみて、彼女ならではの独特のアプローチ法を発見したわ。彼女は、たとえば、俳優のちょっとしたしぐさから、その人の真実を抜き出すというか、引き出すことができるの」

──では、きっとビノシュさんと河瀨監督との対話の中で抜き出されたものによって、"ビジョン"を探す物語も撮影中に変わっていったということですね。


「役者をやっていて楽しいのは、ひとつのアイデア、ひとつの台詞、ひとつのシーンを演じる時に、いままで自分が生きてきた経験をわざわざ思い返さなくても、現実が演技の方にやってくることがある。そうやって同時に、本当の自分はどういう人間なのを開拓しているの。今回も、そういう意味で、すごくわくわくする現場だったわ」


Juliette Binoche
パリ出身。12歳で舞台デビュー。1983年、『Liberty Bell』(原題)で映画初出演。85年には『ゴダールのマリア』『ランデヴー』など多数の作品に出演し、レオス・カラックス監督『汚れた血』で注目を浴びる。『存在の耐えられない軽さ』(88年)でハリウッド進出。クシシュトフ・キェシロフスキ監督『トリコロール/青の愛』(94年)ではヴェネツィア、アンソニー・ミンゲラ監督『イングリッシュ・ペイシェント』(97年)ではベルリン、アッバス・キアロスタミ監督『トスカーナの贋作』(2011年)ではカンヌと。世界三大映画祭すべてにおいて女優賞を受賞。『ショコラ』(01年)ではアカデミー賞主演女優賞にもノミネートされた。


『Vision』
●監督・脚本/河瀨直美
●2018 年、日本・フランス映画
●110 分
●配給/LDH PICTURES
©2018 "Vision" LDH JAPAN, SLOT MACHINE, KUMIE INC.
全国公開中
http://vision-movie.jp

interview et texte : REIKO KUBO

※当記事は「mademe FIGARO.jp」からの転載記事です。





※madame FIGARO.jpより転載

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