Infoseek 楽天

男性優位のアジアで「沈黙の掟」と戦う女性被害者たち

ニューズウィーク日本版 2018年6月23日 14時30分

<アジアで我慢を強いられてきた女性たち――被害者の勇気ある声が社会を動かす>

今年1月、アメリカ在住の中国人女性、羅茜茜(ルオ・シーシー)が北京航空宇宙大学の博士課程に在籍していた12年前に指導教官から望まない性行為を迫られたと、中国版ツイッターの微博(ウェイボー)に投稿した。彼女は「私たちは勇気を出して『ノー!』と言うべきだ」と宣言し、「#我也是(私も)」のハッシュタグを付けた。

投稿は広く共有され、複数の学生が同じ教授の被害に遭ったと告白。約2週間後に教授は停職処分となり、教員免許も取り消された。

残念ながら、このような展開は中国では例外にすぎない。中国だけでなくアジア全域で、性的被害を告発する「#MeToo」運動の広がりは鈍い。被害を明らかにした側が社会的な不名誉を受け、訴え出ても警察や司法が真剣に対応せず、男性優位社会から「沈黙の掟」という圧力がかかるからだ。

中国の大学ではセクシュアル・ハラスメント(性的嫌がらせ)が深刻な問題になっているが、被害者の声が外に出ることはほとんどない。ネット上のセクハラ議論は検閲で削除され、国営メディアは沈黙を貫いている。検閲をかいくぐるために、茶碗に入ったご飯とうさぎの絵文字も使われている。中国語の発音で米は「ミー」、うさぎは「トゥー」に似ているのだ。

メディアやネットの規制が中国ほど厳しくない国々でも、社会規範の壁が立ちはだかる。ベトナム政府が16年に実施した調査によると、性暴力の被害者は、事実を知られることが「恥ずかしく、差別されるようにさえ感じて」口を閉ざしている。

マレーシアでは人権活動家が10年以上前から、セクハラ法の成立を求めている。セクハラは犯罪であることを社会に認識させるという、根本的な問題から始めなければならないのだ。

正義を勝ち取る以前の問題

インドネシアでは通勤通学電車の痴漢対策として、10年から首都ジャカルタで女性専用車両が運行されている。しかし、セクハラを犯罪とする法案は昨年ようやく議会に提出されたものの、審議は進んでいない。

街頭でのセクハラ行為も蔓延しているが、警察への通報はめったにない。何しろ警察に性差別が染み付いているのだ。ティト・カルナフィアン国家警察長官は昨年、女性のレイプ被害者に「心地よく」感じたかどうかを質問しなければならないときもあると語り、大きな怒りを買った。長官はご丁寧にも次のように説明した。「心地よく感じたからレイプではない......これは貴重な情報だ」



今年1月、ジャカルタ近郊の街角で22歳の女性が、バイクに乗った男性から白昼に痴漢行為を受けた。彼女は監視カメラの映像を手に入れたが、警察が話を聞こうともしないためインスタグラムに投稿した。

映像はあっという間に広がり、警察のほかの部署が捜査に乗り出して犯人を逮捕した。この一件はソーシャルメディアの力を象徴すると同時に、性的被害を訴えようとするだけでもいかに大変なことかを物語る。正義を勝ち取る以前の問題だ。

それでも少しずつではあるが、アジアでも #MeToo が議論を喚起して変化をもたらし始めている。

被害者が姦通罪で投獄される

今年1月に韓国の女性検事が、00年に上司から葬儀の席でセクハラを受け、被害を申し出た後に左遷されたことを明らかにした。これを機に #MeToo の嵐が吹き荒れ、政界やメディア、芸能界などで多くの有力者が地位を失っている。

パキスタンでは2年前にようやく未成年に対する性的暴行が刑法上の犯罪となったが、今でも多くの加害者が処罰を逃れている。一方で、被害者が姦通罪に問われ、投獄されることも少なくない。

しかし今年1月に7歳の少女ザイナブ・アンサリが強姦され殺害された事件が広く報じられると、激しい怒りが沸き起こった。俳優やデザイナーなど著名な女性たちが性暴力の被害を語り始め、テレビでも性的な不法行為に関する議論が盛んに行われている。パキスタンの学校では性教育が行われてこなかったが、超党派の政治家が、性的虐待から身を守る方法を学校で教えようと提案している。

インドでは12年12月に首都デリーで、23歳の女子学生がバスの車内で集団レイプされ、激しい暴行を受けて死亡するという残忍な事件が起きた。各地で抗議活動が繰り広げられ、性犯罪に関する法律が厳格化されたが、適切に執行されることはほとんどない。

欧米で #MeToo 運動が盛り上がるにつれ、いち早くソーシャルメディアに女性たちの経験談があふれたのもインドだった。メディア業界やナイトクラブ、映画産業ボリウッドの性暴力の実態も明らかになりつつある。

ただし、こうした動きは中流階級にほぼ限定された現象だという指摘もある。最下層カーストとされるダリト(不可触民)や性産業労働者など、社会から取り残された女性は基本的に、議論から除外されている。彼女たちこそ性暴力に最もさらされやすいのだが。

それでも女性たちは、検閲や社会的な不名誉に勇敢に立ち向かい、性的被害の経験を共有しようとしている。性暴力との長い戦いの歴史を足掛かりにして、#MeToo が起こした行動主義の新しい波がどのように広がり、社会の意識の変化を促していくのか。期待を込めて見守りたい。

<本誌2018年6月26日号掲載>



ビナイフェル・ナウロジ(オープン・ソサイエティー財団アジア太平洋地区ディレクター)

この記事の関連ニュース