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日本の通勤地獄が労働生産性を下げている? 経済損失の試算は1日あたり1424億円

ニューズウィーク日本版 2018年6月27日 13時30分

<長時間通勤の損失額を算出するのは難しいが、時間当たりの給与で試算してみると天文学的な数字に>

日本は労働時間とともに通勤時間も長い国だ。1日片道1~2時間の通勤など無駄の最たるもの、それが日本人の労働生産性を下げている――こういう主張はよく聞くが、それでは金銭にしてどれほどの損失が出ているのか。

2016年の総務省『社会生活基本調査』に、有業者の通勤時間(1日あたり)の度数分布表が出ている。40代前半男性(380万人)の平日のデータをみると、最も多いのは「30分以上1時間未満」だが、2時間を超える人が3割もいる。首都圏や近畿圏の近郊県だともっと多いはずだ。

度数分布表から380万人の通勤時間の総計を計算すると、623万5000時間となる。これに1時間あたりの労働生産額をかければ、通勤による損失額が出てくる。1時間で生み出せる財やサービスの金額を知るのは難しいが、試しに時間給をあててみよう。

2016年の厚労省『賃金構造基本統計』によると、40代前半男性の年収推計値は599.5万円(A)で、月の労働時間は183時間(B)だ。よって時間給は、A/12B=2730円となる。先ほど出した総通勤時間623万5000時間に、時間給2730円をかけると170億2000万円となる。40代前半男性でみた、通勤による1日の損失額だ。

他の年齢層も加えると額はもっと膨れ上がる。生産年齢男女の各年齢層について、同じやり方で通勤の損失額を計算してみた<表1>。



女性より男性で通勤時間相当の損失額は大きい。年齢ピークは男女とも40代後半だ。生産性に満ちた働き盛りなので損失も大きい。男女の全年齢層の損失を合算すると1423億9000万円になる。平日1日あたりの額だが、これが毎日積み重なると天文学的な数値になる。

雇用労働化が進んだ現在では、自宅からオフィスへの通勤はやむを得ない。上記の数値の全てを損失とは決めつけられないが、日本は他国と比べてそれが大きいと推測される。通勤時間が長いだけでなく、オフィスの偏在により殺人的な満員電車に揉まれる「痛勤」地獄も加わる。これが労働生産性に影響しないはずはない。



OECDの生活時間統計から、国別の通勤時間が分かる。これを労働生産性と関連づけてみると<図1>のようになる。後者は、就業者1人あたりのGDP額だ。



通勤時間が長いほど労働生産性が低いという、うっすらとした傾向がみられる。27カ国のデータによる相関係数は-0.403だ。

職場のICT(情報通信技術)化の度合いなど、労働生産性の要因は他にも色々あるだろうが、長時間通勤も影響していると思われる。郊外から都心という一方通行の「痛勤」が支配的な日本では大きなマイナス要因になっているだろう。今回の試算だと、その額は1日で1424億円だ。

長時間通勤がなくなれば、事態はどれほど変わるだろうか。IT化の進行により、一つの空間に集まって仕事をする必然性は薄れており、在宅勤務(テレワーク)も少しずつ広がっている。オフィスの分散を図り、早朝の集中通勤を緩和すべく時差通勤の導入も求められる。「9~17時」という定型に全ての事業所が拘る必要はない。

ブラック労働の指標として長時間労働や薄給があるが、長時間の「痛勤」もそれらに劣らないマイナス要因だ。給料が安くてもいいから長時間通勤は御免こうむりたい、そう考える若者も増えてくるかもしれない。

個人・社会の双方にとって大きなマイナスであることは、今回の試算から見ても明らかだ。

<資料:総務省『社会生活基本調査』(2016年)、
    厚労省『賃金構造基本統計調査』(2016年)、
    OECD「Gender Data Portal」>

舞田敏彦(教育社会学者)

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