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ゲノム編集ツールを使って自閉症を治す研究に希望

ニューズウィーク日本版 2018年6月28日 16時0分

<マウスを使った実験で反復行動が収まる効果が認められた>

強力なゲノム編集ツールとして注目されているクリスパー・キャスナイン(CRISPR/CAS9)。この技術を自閉症の治療に使う研究が進んでいる。関連遺伝子を改変して症状を改善する技術が確立されれば、多数の患者を救えると、研究者は期待している。

クリスパーは特定の遺伝子をピンポイントで正確に書き換えられる技術。その登場でバイオ医療の研究現場は一変した。

テキサス大学健康科学センター(テキサス州サンアントニオ)の研究チームは、自閉症のマウスを使った実験で、自閉症の特徴と関連のある遺伝子を編集し、その影響を観察した。遺伝子の改変後は、いつまでも穴を掘り続ける、ケージの中で変則的なジャンプを繰り返すといった行動が抑制されるか、完全になくなり、落ち着いた状態になったと、同チームは学術誌ネイチャー・バイオメディカル・エンジニアリング掲載の論文で報告している。

人間の患者を対象にした臨床試験にこぎつけるには何年もかかるだろうが、今回の結果には大いに期待が持てると、論文の筆頭執筆者ハイ・ヤン・リーは本誌に語った。

「患者と家族に希望を与えたい。引き続き研究を進めるので、どうか望みを失わないでほしい」

ナノ粒子でクリスパーを運搬

リーは自閉症専門の神経科学者。マウスを使った実験では、習慣の形成に関与する脳領域、線条体にクリスパー・キャスナインを直接注入した。

クリスパー・キャスナインは2つの要素で構成される。標的の遺伝子を見つけるガイドの役目を果たすRNAと、標的の遺伝子を切断するハサミの役目をする酵素キャスナインだ。

研究チームは、注入後最高3週間、マウスの行動を観察。衝動的な穴掘りが30%減り、ジャンプが70回減るなど、著しい治療効果が認められた。

「病因遺伝子をノックアウトすることで、かなりはっきりした行動の変化が見られた」と、この研究に関わったカリフォルニア大学バークレー校のニレン・ムルティ教授(生体工学)は話す。ムルティはこの研究にも採用された、金のナノ粒子でクリスパーを運搬する技術「クリスパー・ゴールド」の開発者だ。

自閉症は比較的多く見られる発達障害の一種で、対人関係や意思疎通にさまざまな問題が起きる。米疾病対策センター(CDC)によれば、アメリカではおよそ59人に1人の割合で発症するという。自閉症のタイプは1つではなく、多くのバリエーションがあり、遺伝的要因と環境要因が絡み合って発症する。発話に障害が出る場合もあり、アメリカの自閉症支援団体オーティズム・スピークスによると、自閉症者の3人に1人は言葉を発することができないという。



「患者と家族を支援したい」

体を前後に揺さぶる、羽ばたきのような動作をするなど、同じ動作を何度も繰り返すのも自閉症の特徴だ。リーらの研究は、こうした反復行動がゲノム編集で収まる可能性を示唆している。この研究をきっかけに、その他の症状に関連した遺伝子を改変する研究も進むだろうと、リーは期待している。

「患者と家族には社会生活上大きな負担がかかる。よりスムーズに社会生活が営めるよう何とか支援したい」

次の段階では、ラット、さらにはサルと、より大型の動物で実験を行うことになる。人間の患者で安全にテストを行うまでには、まだまだ研究を重ねる必要があるが、リーは今回の結果に手応えを感じている。

「自閉症の治療は新しい時代を迎えたと確信している」

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リーサ・スピア

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