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文科省汚職事件、そもそも私大「ブランディング」に政府助成が必要なのか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2018年7月5日 16時0分

<事件の背景にある私大PR事業の政府支援制度は本当に必要か、制度の意義を根本から見直す機会にするべき>

文部科学省の幹部が、私大支援事業への選定の見返りに自分の子どもを医学部の入試で合格させてもらったとして、東京地検特捜部に逮捕されました。贈収賄は通常は金銭の授受を伴いますが、医学部への裏口入学というのは十分に経済価値がある行為ですから徹底的な究明が待たれます。

問題となった「私立大学研究ブランディング事業」ですが、全国から毎年180校ぐらいの応募があり、その中から60校が選ばれるという仕組みです。この制度に関しては10人ぐらいの「事業委員会」というのがあり、大学教授や財界のメンバーが加わっています。ですから、選定の権限が委員会にあって、逮捕された官僚が事務方に徹していたのであれば、対象を選定する職務権限があるとは言い難いという見方もできます。

ですが、よく見てみると、この事業委員会のメンバーには、助成金の対象に選ばれた私大の教員も入っていますから、委員会そのものが利害相反を抱える中で、事務局に事実上の対象校選定の職務権限があったのかもしれません。いずれにしても、この利害相反を抱えた事業委員会というのは、進め方として誤解を招きやすいと思います。

それ以上に、不思議なのはこの「私立大学研究ブランディング事業」というものです。年間55億円ぐらいの予算が計上されており、2016年からスタートして、既に2016年、2017年と2回の対象校が決定されています。何をするかというと、私立大学の「ブランド力を向上させる」ための補助金ということで、とにかく大学の国際競争力や国内競争力を高めるために「研究活動」を強化したり、あるいは「PR活動」を行ったりする、その企画を審査して選定するというものです。

日本の大学は人口減によって経営基盤が脆弱化する問題と、内部の改革が進まないために国際化が遅れ、国際社会での評価が上がらない問題、また企業に人材育成の予算がないなかで理系以外の人材にも即戦力教育が求められつつある、という三重苦を背負っています。

ですから、本来であれば各専門領域で優秀な教員を招聘し、国際的に通用する人材を育てていく、と同時に国際的に評価されるような研究成果を質量ともに追求してゆく、そのような正攻法の努力が従来にもまして必要とされると思います。大学に「ブランド力」というものがあるのなら、そのような正攻法が一番効果的と言えるでしょう。

国内的な「ブランド力」というのも同じです。やがて、日本における大学と就職の関係も、大学では即戦力的な実学を教え、就職の際にはその成果が問われるという流れになっていくでしょう。その場合には、大学で学んだスキルが採用につながるか、また就職後に現場で通用するのかが明らかになるわけで、学生や企業からの信頼というのはその教育の質として見える形になっていくと思われます。

ですから、看板学科の研究成果がニュースになるとか、大学のPR活動がデザイン的にどうとかといった表面的なものでは「大学のブランド力」というのは伸ばすことはできないし、ますますもってそのような時代になっていると思います。



本来はそうだと分かっていても、「教員の質向上」というような恒久的なコスト増要因になる施策というのは、財源等の問題から難しかったのかもしれません。そんな中で、とにかく各大学の衰退に歯止めがかかるような政策で、「恒久的ではないが効果が見込める」ものとして「ブランディング」という企画が浮上した可能性はあります。分からないわけではありませんが、国費の使途としては、何となく乾いた砂に水をかけてもすぐしみ込んでしまうようなイメージが消せません。

ちなみに、話題になっている加計学園は2年連続で「対象校」に入選しており、加計孝太郎氏の経営する岡山理科大学、千葉科学大学は2016年に、同氏の妹が経営する吉備国際大学は2017年にそれぞれ対象校になっています。吉備国際大学の方は、地元の農業振興から「ブランディング」という地に足のついた企画ですが、岡山理科大は「モンゴルと提携して恐竜研究」という内容でした。モンゴルのゴビ砂漠で恐竜の化石が出るのは世界的に有名で、日本からも東大や北大が共同研究をしています。そこに、岡山理大が限られた予算で「ブランド力になるような話題作り」になるレベルまで食い込めるのかどうかは難しさがありそうです。

また、問題となった東京医科大学のテーマは「低侵襲医療」つまり患者の身体にメスを入れることをしない先端医療の研究で「世界的拠点」を作るというもので、仮に真剣に取り組んでいるのであれば、各所から予算をかき集めようということで、焦りが生じたのかもしれません。そうではなくて、単に2000年代の医療事故などで低下した「ブランド力」を修復するのに国費を当てにしていたのであれば、相応の批判がされるべきと思います。

アメフト部が問題になった日本大学も2017年に入選しています。こちらは、「アンチ・ドーピングの研究拠点」作りというスポーツ関連の壮大な構想でした。ですが、日大の場合は、「ブランド力」ということでは全く違う緊急性のある課題を抱え込んでいるわけです。そんな中で、引き続きこの補助金が出ているのであれば、見直しが必要ではないでしょうか。

今回の事件では、官僚の贈収賄とか不正入試というのも問題ですが、こうした支援金の出し方ということ自体の見直しを含めた議論が必要だと思います。

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