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自動運転技術が「ブラックボックス」になれば、標準インフラにはなれない - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2018年7月12日 15時20分

<アップルなど主要各社は、自動運転の技術開発をそれぞれ「秘密裏」に進めているが、一社先行の技術では安全面の懸念から各国行政が認可できない>

米アップル社で自動運転車の開発に関わっていた技術者が、中国企業に転職しようとした際、自動運転技術に関連した設計図を個人所有のコンピュータにダウンロードして出国しようとしたところを逮捕されました。

この種のトラブルとしては、今年1月に、グーグルとウーバーの間で、転職時に「技術を持ち出した」という疑惑の訴訟合戦があったことが思い出されます。グーグルとウーバーは和解にいたりましたが、アップルの今回のケースは、「米中知的所有権戦争」とでも言う政治的な「空気」もあり、今後の展開が注目されます。

このニュースだけを見ていますと、自動運転に関する各企業の研究成果は、知的財産として保護されるべきだし、そのように各企業が「秘密裏に開発競争」を行った結果として、AI(人工知能)を使った自動運転というテクノロジーが、やがては完成していくのだろうと、そんなイメージを抱いてしまいます。

もちろん、時間をかけて巨額な投資をすれば、「自動運転車」に関する技術は進んでいくでしょう。ですが、一つ確認しておかなければならないのは、過去のコンピュータ関連の技術と、自動運転は違うということです。

ウィンドウズOSが世界を変えたとか、スマホやタブレットが人々の生活を一変させたのは事実で、そうした進歩は、民間企業がどんどん主導していきました。そこに政府の許認可や、諸規制が入り込む余地は多くはありませんでした。コンピュータや、スマホについて言えば、そもそも使いたくない人は使わなければ良いので、大規模な反対運動も起きなかったのです。

ところが、自動運転というのは、全く違います。

1)自動車事故は人命に関わるため、通常の「ヒューマンエラー」による事故は社会が理解し受け止めるが、自動運転の試験車が事故を起こすと厳しい批判に晒される。

2)現時点では各社は「補助的な自動化」を進めているが、補助的な自動機能でも「手放し運転」や「脇見運転」が許容されるという誤解からの事故が起きている。

3)自動化がどのレベルに達したら「機械に免許が与えられる」つまり「手放し運転や脇見運転が許される」のかは、まだ社会的な合意ができていない。

4)仮に自動運転が認められても、当分の間は「機械の運転するクルマ」と「人間が運転するクルマ」が混在し、そこに自動二輪、自転車、歩行者も絡むため、交通安全対策は一時的に複雑化する可能性がある。

5)クルマの運転という行為を、自己実現の延長と考えるドライバー、および自分の職業としての既得権益と考える層から、自動化には強い反対が予想される。



といった問題があるわけです。ですから自動運転の開発は、制度インフラの整備について、国際的な合意形成をするために、オープンな議論が必要な時期に入っていると考えるべきでしょう。

今回の情報持ち出し事件に関しては被害者かもしれませんが、自動運転に関するアップルの秘密主義は少々異様です。他社ではあり得ないような「高額なレーダー照射センサー(ライダー)」を山のように(カメラ、レーダーと合わせて前方だけで14基程度)搭載した試験車を走らせてみたり、専任の技術者が5000人いるという報道もあります。

アップルにめぐっては、周辺環境をライダー、レーダー、カメラで情報収集して、その結果を「センサー・フュージョン」という技術で統合する処理を開発中という噂もあります。あるいは高精細マップで先行しようとしているなど、相当規模の投資をしているようですが、その内容については断片的な動きしか伝わってきません。

もしかすると、このまま秘密裏に開発を進め、ライバルに圧倒的な差をつけた時点で、「自動運転許可のお墨付き」を交付してもらい、一気に既存の自動車メーカーを「ハードウェアの供給ベンダー」にしてしまう、そんな構想を描いているのかもしれません。彼らがスマホの市場制覇の際に取った戦略に従えばそうなります。

ですが、他のテクノロジーと違って、ブラックボックスに命を預ける人間はいないのです。と言いますか、各国の交通行政は一社先行型の状態では、認可はしないと思います。競争がなければ、どこかで安全性に問題が出る可能性もあるし、そもそも一社が基幹技術を独占するような中では、「命に関わる技術を一社に握られる」ことになり、それは各国の監督官庁も、世論も簡単には認めないと思います。

同じことは、ウーバー/トヨタ連合にも、ウェイモ(グーグル)にも言えます。一般のドライバーや歩行者には理解できない「技術のブラックボックス」を作ってしまっては、折角の自動運転技術への社会的認知が得られず失敗に終わる危険もある――そのぐらいの危機感を持って透明性を高めていくことが求めると考えます。

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