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中国が「一帯一路」で目指すパクスシニカの世界秩序

ニューズウィーク日本版 2018年7月17日 15時30分

<中国の世界戦略「一帯一路」は「おともだち圏」を拡大しながら、西側の民主主義や自由主義とは異なる世界秩序「パクスシニカ」を追及する構想だ>

2017年10月の中国共産党第19回全国代表大会(以下、19回党大会)で採択された中共の党規約(事実上の中国のconstitution)に、「一帯一路」が盛り込まれました。党規約に、「共に話し合い、共に建設し、共に分かち合うという原則を遵守して『一帯一路』建設を推進する」と明記されたのです。これにより、中国における「一帯一路」の政治的重要性がますます高まりました。

とは言え、「一帯一路」は、そのスローガンや理念を理解できても、その具体的な枠組みや実態を捉えにくい構想です。「一帯一路」を提起した中国は、「共に話し合い、共に建設し、共に分かち合う」という原則を堅持し、「共に」という言葉を際立たせることで、中国の外交理念を国際的コンセンサスとして体現させようとしています。

日本のメディアの多くは、「一帯一路」の一面のみを捉えて、「一帯一路」のことを「巨大な経済圏構想」と喧伝し続けています。しかし、「一帯一路」の包括的な目標は、単なるユーラシア大陸における経済連携や経済圏建設だけではありません。「一帯一路」をめぐり、中国は、経済であれ社会であれ「発展」という言葉に焦点を合わせ、経済のグローバル化の大きな趨勢に順応するように、沿線諸国の発展戦略とのドッキングと融合の推進を打ち出しています。それと同時に、「発展路線の選択の多様性」すなわち「政治体制の多様性」を相互尊重し、各国の国情に沿った発展路線を探るように各国を促し、各国が利益の符合点を探り、「政治的相互信頼・経済的融合・文化的包摂」による「利益共同体、責任共同体、運命共同体」を共に築き、世界の政治経済秩序を中国主導の「グローバルガバナンス(=中国語の『全球治理』)」の構造へと変えていこう、と中国は繰り返し強調しています。

中国がグローバルに展開している「一帯一路」とは、日本にとって、商機をもたらすと期待できるものなのでしょうか? それとも、警戒すべきものなのでしょうか?

本章では、まず第1節で「一帯一路」について概観します。続く2節から5節で、ユーラシアで展開されている「一帯一路」について、四つの地域の「16+1」「西進」「氷のシルクロード」「中進印退」をキーワードにしながら、現在、中国が展開している「一帯一路」構想を概観していきましょう。

1)「一帯一路」とは?

「一帯一路」とは、2013年に中国の国家主席である習近平氏が提起した「シルクロード経済ベルト」と「二一世紀海上シルクロード」の二つの構想の総称です。「シルクロード経済ベルト」構想は、2013年9月7日に、習近平氏がカザフスタンのナザルバエフ大学における講演した際に打ち出した地域協力構想です。「21世紀海上シルクロード」構想は、2013年10月3日に、習近平氏がインドネシア国会における演説で「中国とASEANの運命共同体」構築やアジアインフラ投資銀行(AIIB)設立を打ち出した戦略です。その後、同構想は東南アジアのみならず、南アジア、中東、アフリカ、ヨーロッパ、北極、南極、中南米にまで提唱されています。もはや、「一帯一路」には、明確な地図がなく、シルクロードの地域を越えて、グローバルに展開されています。

習近平氏は、「国と国との運命共同体」から「地域の運命共同体」、さらには「人類の運命共同体」まで、国境を越えて利益が重なる多くの分野において、「朋友圏(おともだち圏)」を拡大し、中国国内と沿線国の発展を結合し、「中国の夢」と沿線各国人民の夢とを結合することが「一帯一路」の意味するところであると繰り返してきました。つまり、「一帯一路」とは、「公正で合理的な国際秩序と国際体系」への発展を推進し、「人類の運命共同体」の建設を推進すること、すなわち、パクスシニカを追求する構想なのです(図1参照)。



2017年11月30日から12月3日にかけて、120数ヵ国の300以上の政党から約600人の幹部たちが北京に集まった「中共と世界政党ハイレベル対話会」が開催されました。その開会の辞で、習近平氏は次のように語りました。「人類の運命共同体を構築するために、『習近平による中国の特色ある社会主義思想』を実現し、ともに『一帯一路』の建設に携わるために、中国の貢献と各国政党間の連携を強化していきたい。異なる社会制度や意識形態あるいは伝統文化を乗り越え、開放と包容的な態度で各国間の交流協力を推進し、自国の利益を追求しながら、他国の利益に配慮してウィン─ウィンを目指そう」。



「一帯一路」が推進しようとしているのは、まず、「5つのコネクティビティ」を構築することです。「5つのコネクティビティ」とは、(1)政策面の意思疎通、(2)インフラの相互連結、(3)貿易の円滑化、(4)資金の融通、(5)国民の相互交流の5つの接続性です。「一帯一路」は、経済回廊の共同建設にともなう「5つのコネクティビティ」の形成により、中共と中国が「中国主導のグローバルガバナンス(=全球治理)」にコミットし、その形勢を中国が主導していこうとしている構想です。中国は、「一帯一路」によって、「利益共同体」と「責任共同体」を形成し、やがては「人類の運命共同体」を構築して、世界の政治経済秩序を「全球治理」の構造へと変えていくことを目指しています(註※「全球治理」は、「グローバルガバナンス」と邦訳されていますが、Commission on Global Governanceが定義するGlobal Governanceと同義ではありません)。

「一帯一路」構想には、「五つのコネクティビティ」を通じて「朋友圏」を形成するねらいがあります。インフラを「中国と同じ規格」で拡充し、複合型インフラネットワークを形成し管理することで、費用と時間のコストを縮小することができるだけでなく、将来的に、デジタル経済、人工知能(AI)、ナノテクノロジー、量子コンピューターなど先端分野での協力を強化し、ビッグデータ、クラウドコンピューティング、スマートシティー建設を推進し、「21世紀のデジタル・シルクロード」を築くことに繋がります。「21世紀のデジタル・シルクロード」構想は、習近平氏が2017年5月の「一帯一路」国際協力サミットフォーラムにおける基調講演で提起しています。しかも、それは、経済領域にとどまるものではありません。国境を跨ぐ光ケーブル網の構築を推進し、国際通信の接続性を高め、大陸間海底ケーブル・プロジェクトの計画を策定し、衛星情報のネットワークを構築することで、安全保障領域において、中国が有利に活用できることを目指しています。

中国は「一帯一路」を新規で創ろうとしているのではありません。中国が提唱する「一帯一路」とは、既存の地域協力のプラットフォームを戦略的にドッキングさせ、優位性の補完を実現しようとする構想です。中国は「一帯一路」を沿線国と、カザフスタンの「光明の道」、ロシアが提案した「ユーラシア経済同盟」(EAEU/EEA)、ASEANの「連結性マスタープラン(MPAC)」、トルコの「中央回廊」、モンゴルの「発展の道」、ベトナムの「両廊一圏(中国南部とベトナムを結ぶ二つの回廊とトンキン湾経済圏)」、イギリスの「イングランド北部の経済振興策(Northern Powerhouse)」、EUの「ユンケル・プラン」、中東欧諸国と中国の「16+1協力」、ポーランドの「琥珀の道」などをはじめ、ミャンマー、ハンガリーなどの政府計画とドッキングしようとしています。

2)中東欧との「16+1」

中国はヨーロッパ諸国に対して、2国間、「中国・欧州連合(EU)」、「中国・中東欧諸国首脳会議(16+1)」、多国間機構などとの多層、重層、複層的な枠組みで、「一帯一路」の枠組みによる協力を進めています。そのなかでも注目されている一つが、2012年に中国が提唱した「16+1」と呼ばれる中国と中東欧16ヵ国の地域協力の動向です。

16カ国は、アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルガリア、クロアチア、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、マケドニア、モンテネグロ、ポーランド、ルーマニア、セルビア、スロバキア、スロベニアです(そのうち11カ国がEU加盟国)。「16+1」サミットには、EU、オーストリア、スイス、ギリシャ、ベラルーシ、ヨーロッパ復興開発銀行(EBRD)などがオブザーバーとして参加しています。

近年、中国から「16+1」への投資が急増しています。しかし、中国の対欧投資の中軸は英独仏であり、「16+1」への投資は独英仏への投資規模には及びません。中国にとっての「16+1協力メカニズム」は、経済的なねらいよりも地政学的なねらいや政治的なねらいが大きいと言えるでしょう。中国にとって「16+1」には、中国とヨーロッパを結ぶ輸送ルートを新たに構築したいというねらい、「一帯一路」のプラットフォームの一つにしたいというねらい、EUの対中国強硬策を対応させる緩衝材としてのねらいなどがあります。

国務院総理の李克強氏は、2017年11月、ブダペストで開催された第六回中国・中東欧諸国首脳会議で、経済・貿易規模の拡大、陸海空・サイバー空間のコネクティビティの強化、国際定期貨物列車「中欧班列」と直航便航路の増発、金融面の支援の確実化などを提案しました。「16+1」サミットの開催に合わせて、「中国・中東欧銀行共同体」を正式に発足させ、中東欧向けの「中国・中東欧投資協力基金」の第二期を設けました。

中国は中東欧諸国と、「16+1」によるアドリア海、バルト海、黒海沿岸の「三海港区協力」ならびに「中国・中東欧協力リガ交通・物流協力」に合意しています。ハンガリー・セルビア鉄道が完成すれば、ギリシャ最大のピレウス港に通じ、「三海港区」と「一帯一路」が陸路でも連結されることになります。ピレウス港は、アジアからヨーロッパへ向かう航路の玄関口にあたります。

一方、日本にとって、「中欧班列」の発展を見る眼は、ビジネス的な視角だけではありません。中国側の「中欧班列」の経路拡大の目的の一つが、新たな輸送ルートの開拓であることに注目するならば、その背景には、アメリカが南シナ海で海上輸送ルートを封鎖する場合を中国が想定している点を注視すべきでしょう。「南シナ海を米軍が封鎖する事態」が前提にあることについて、日本は考えておかねばならないはずです。

「16+1」は、EUの対中強硬策の「防波堤」の役割も果たしています。近年の中国企業によるEU域内の企業買収をめぐり、イタリア、フランス、ドイツは、欧州委員会に対して、外国企業によるEU域内の企業買収を阻止できる外資規制の強化を訴えました。しかし、中東欧諸国からの反対で同案はEUとしてまとめられずに流されてしまいました。このような動きに、ドイツのガブリエル外相らは、中国が中東欧諸国を使ってEUの足並みを分断するのではないかと懸念の声をあげました。



3)中央アジアへの西進

中国の周辺外交には、「東穏(東南アジアとの安定した関係構築)、西進(中央アジアへの進出)、北固(ロシアとの関係強化)、南下(南アジアへの進出)」という全方向への戦略的枠組みがあります。中国にとって中央アジアへの「西進」には、安全保障政策の強化、資源輸入の多元化、中央アジアにおける影響の拡大、中国の現代化建設や開発とのリンケージなどの多様なねらいがあります。

中国は、「一帯一路」の提唱前から、中央アジアとエネルギー分野で関係を深めていました。既に2009年12月には、中国初の陸路による天然ガス輸入ラインとして、中央アジア天然ガスパイプラインA線が稼働しました。現在では、A~Cの三本のパイプラインが稼働し、新疆ウイグル自治区で中国国内の「西気東輸」プロジェクトのパイプラインと接続しています。中央アジアからの天然ガスは、中国内の3億人以上に恩恵を及ぼしています。中国のエネルギー資源確保にとって、中央アジアは重要な戦略的要地です。そこで、地域安全保障機構としての上海協力機構(SCO)やアジア信頼醸成措置会議(CICA)の「発展」を推進していくのに、「一帯一路」との連携が重要な役割を担っています。

さらに、中国の国家安全保障にとって、中央アジア諸国との「3つの勢力(分離独立勢力・宗教過激派・国際テロ)」への共闘が必要です。しかし、政治体制が脆弱な中央アジア諸国は「3つの勢力」を抑える力が弱く、多国間協力体制の構築が必要です。中央アジアにおける「3つの勢力」の動向が、新疆など中国国内において否定的な影響を及ぼす潜在性は、中国の国家安全保障にとって脅威となっています。習近平氏は「シルクロード経済ベルト」を呼びかけるにあたり、内政不干渉、領土問題などの重要な核心的利益にかかわる問題での相互支持、SCOの枠組み内での相互信頼の強化、「三つの勢力」や国際的組織犯罪の取り締まりなどの安全保障協力の推進、などを強調しました。また、東シナ海や南シナ海問題で東側周辺が緊張するなかで、西側周辺に安定的な国際関係を形成しておく必要が中国にはあります。

「一帯一路」は、「一帯一路」そのもので完結する枠組みではありません。「一帯一路」とは、既存のプラットフォームを基盤にして、またはそれらと連携して、「運命共同体」建設に向かう協力枠組みです。SCOメンバー国には、「一帯一路」や「ユーラシア経済同盟」のドッキングをSCO域内において少しずつ実現し、最終的にSCOの枠組みによる自由貿易区(FTA)を構築していく目標があります。

4)ロシア・北欧と「氷のシルクロード」

中国の国家発展・改革委員会と国家海洋局は、2017年6月20日、『一帯一路建設における海上協力構想』を公表しました。同構想は、中国~インド洋~アフリカ~地中海、中国~太平洋~南太平洋、中国~北極海~ヨーロッパの3本の「海洋経済ルート」を重点的に建設する必要性を打ち出しました。「海上協力構想」が打ち出した5つの領域における共同建設の協力重点には、海洋産業、港湾の建設・運営、海洋資源開発、海洋関連の金融、北極の開発・利用、「安全保障観」の提唱、海洋公共サービスの共同建設、海洋公共情報共有サービス・プラットフォームの共同構築などが含まれています。また、2018年1月26日には、中国国務院は、自国を「北極圏に最も近い国の1つ」と位置づけ、経済や環境など幅広い分野で北極の利害関係国だと明示し、北極海の開発や利用に関する基本政策と「一帯一路」と結びつける方針を示した『北極政策白書』を公表しました。

「一帯一路」における北極海航路の位置づけと可能性は、中露間の「連携」を深化させています。ウクライナ危機以降の欧米からの制裁で経済的に疲弊しているロシアが、2015年に「一帯一路」と「ユーラシア経済同盟」のコネクティビティを進めると宣言したものの、具体的なプロジェクトはほとんど進みませんでした。中国側のうまみが少ない「ユーラシア経済同盟」との協力やロシア内陸におけるプロジェクトと違って、北極海開発には、経済と安全保障と外交で中国側に大きなメリットをもたらす可能性があります。経済的に低迷するロシアにとって、それは中国から巨額な融資を引き出すチャンスです。

中国の「氷のシルクロード」構想について、ロシア側の懸念が報道されていますが、中露関係はゼロサムでは語れません。中国の北極圏進出へ警戒を強めながらも、ロシアは中国とさまざまな開発プロジェクトも進めています。欧米からの経済制裁が続くロシアにとって、選択肢は限られています。ウクライナ危機以降の欧米の対露外交は、中国にとって有利な国際環境をもたらしています。プーチン露大統領は、2017年3月にロシアのアルハンゲリスクで開催された「国際北極フォーラム」において、北極海航路の主要港とシベリア鉄道を結ぶ鉄道建設などのインフラ整備へ投資するように、中国へ呼びかけました。また、プーチンは、同年5月の「一帯一路」国際フォーラムでも、ロシアが「一帯一路」との協力を望んでいると強調しました。

一方、中国は北欧諸国との関係強化も、北極圏開発を含む「一帯一路」の枠組みで積極的に展開しています。中国は、1995年以降、北極圏の調査に着手しました。中国は2013年に北極評議会のオブザーバーになりましたが、その前月には、当時の温家宝国務院総理がアイスランドを訪問し、「北極協力に関する枠組み協定」や2007年から交渉を進めていた中国─アイスランド間のFTAに調印しました。また、中国は、2004年夏にノルウェー領スピッツベルゲン島に中国初の北極科学観測基地「黄河基地」を開設しました。2012年にアイスランドで「中国・アイスランドオーロラ共同観測台」を設置し、2016年には、グリーンランドと「北極科学研究の共同推進に関する覚書」に調印しました。2017年8月には、第8回北極科学観測隊が極地観測船「雪竜号」が「北極中央航路」の通過に初成功しました。北極中央航路は、中国から北極海の公海を通過してEU経済圏を結ぶ海上航路です。北極政策の重要性がますます高まるなか、中国は、フィンランド、ノルウェー、アイスランド、エストニア、ラトビア、リトアニアとの関係をさらに強化しています。



5)南アジアにおける「中進印退」

中国は、南アジアで「インド依存型の地域秩序」を切り崩す外交を展開しています。

「一帯一路」に参加したモルディブは、中国とFTAを締結しました。ネパールは、2015年以降、インド依存型から親中派政策に顕著に軸足を動かしています。中国がインド勢力圏を切り崩している南アジアにおいて、中国とインドの優位関係は、「中進印退(中国のプレゼンスが高まり、インドのプレゼンスが後退している)の形勢にあると」言えるでしょう(中国の対南アジア外交について、紙幅の都合で本稿は略述にとどめるため、拙著『米中露パワーシフトと日本』勁草書房、2017年刊、第6章を参照してください)。

南アジアにおける中国プレゼンスの膨張は、「一帯一路」が提唱される前から、「中国型新植民地主義」と警戒されていました。中国からパキスタンへの支援は、すでに半分以上が焦げ付いているとの報道もあります。パキスタンやネパールやミャンマーでは、資金援助と引き換えに提示された所有権や運営維持管理などの諸権利を中国側へ譲渡するという融資条件をめぐり、プロジェクトが中断したり中止に追い込まれたりする案件も出ています。「一帯一路」は御伽噺ではありません。

地政学的要衝に位置するスリランカは、親中派であったラージャパクサ時代からの「借金のカタ」に、中国国有企業へハンバントタ港の運営権を99年間貸し出すことになりました。ハンバントタ港はインド洋圏の中心部にあります。同港湾は、「一帯一路」構想において、ギリシャのピレウス港やケニアのモンバサ港とならぶ戦略的要衝です。スリランカは、2015年に「脱中国依存」の全方位外交を目指したシリセーナ政権へ交代したものの財政を立て直せず、シリセーナ政権も中国の経済力を頼りにせざるをえなくなっています。2017年3月には、中国が独自で開発する衛星測位システム「北斗」の海外進出チームが、タイとスリランカで北斗国際協力の「モデル活動」を打ち出し、北斗による協力をASEANの10カ国とアジア・アフリカ諸国に拡大していくことを発表しました。スリランカが「北斗高精度測位ネットワーク」を運用することで、ロシアや中央アジアや中東の北斗システムと連動させて、南アジア全域が中国の監視下に置かれることになります。

一方、中国にとっての中印関係は、ゼロサムではありません。中国にとって、インドはライバルであると同時に、お互いに巨大な人口のマーケットを抱える「パートナー」でもあります。また、中国にすれば、中国は「グローバルな大国」ですが、インドは「地域大国」にしかすぎず、中国と同等に肩を並べているわけでも「直接的な中国の安全保障への脅威」でもありません。また、南アジアで膨張している中国にとって、「ドクラム+ネパール」の対インド地政学は中国側に有利になっています。The Times of Indiaによれば、2017年12月には、ブータンのドクラム(洞朗)で中国人民解放軍が兵舎などの恒久的な駐屯地を建設し、1600~1800人が駐留し、ヘリポートやプレハブ兵舎や商店を建設し、道路を補修していることが明らかになっています。南アジアでも着実に「膨張している中国」がドクラム高原を支配すれば、ミャンマーとバングラデシュに挟まれたインド東部7州とインド本土を結ぶ陸路を遮断することも中国には可能になります。インド東部7州を「人質」に取られたも同然となったインドは、日米の「インド太平洋戦略」において、日米が期待するほどの動きを中国にしなくなることは明かでしょう。

むすびにかえて

中国がグローバルな経済大国として、その影響力をますます増大していくことに疑いはありません。そのような中国との安定した日中関係の発展は、両国民の大きな利益になります。それは、アジア地域のみならず太平洋地域の平和や発展にも望ましいことです。

2018年1月23日、中国外交部は定例記者会見で、「中国側は日本側を含む各国と共に、『共に話し合い、共に建設し、共に分かち合う』という原則に基づき、共同で『一帯一路』建設を推進し、地域の共同発展・繁栄を実現することを望んでいる」と述べました。しかし、中国が「一帯一路」の発展の先に描いている「人類の運命共同体」や「政治体制の多様性を尊重した公正で合理的な国際秩序と国際体系」と呼んでいる世界観は、自由主義や民主主義といった普遍的価値観とは異なる世界秩序に作り替えられる世界観です。

日本が「一帯一路」に組み込まれていくことは、日本の未来にとって望ましいことなのでしょうか。「一帯一路」への参加には、理念への賛同、政策面のドッキング、資金面の支持、プロジェクトへの協力が求められます。中国は、日本の南西諸島方面のみならず、「氷のシルクロード」開拓で今後は津軽海峡や宗谷海峡においても中国プレゼンスを急速に膨張させていくことが容易に予想できます(次頁図2参照)。「一帯一路」の一翼を日本が担っていこうと語ることは、日本の安全保障環境と如何に向き合っていくのかという選択でもあります。また同時に、パクスアメリカーナを支持し続けるのか、それともパクスシニカへの構築へ乗り替えていくのか、という選択でもあります。



「一帯一路」について危惧すべき点は、それだけではありません。「一帯一路」でプロジェクトを進める多くは貧困国であり、中国が補給基地や重要港湾を整備している国は、プロジェクトの資金調達能力と債務返済能力に深刻な課題を抱え、中国への高依存のもとで負債過多に陥っているという点です。人口が少なく採算性が低い国での過剰投資では、中長期的にみても利益が見込めず、「一帯一路」がユーラシアで不良債権を拡大していくことになりかねません。そうなれば、中国が債務国における政治的影響力を高め、それが国際組織のガヴァナンスにおける中国の主導権を強め、中国が主権・領土問題をめぐり「中国に有利な国際世論」を形成できることに繋がります。アメリカの諮問機関である米中経済安保調査委員会が2018年1月25日に開催した「一帯一路」に関する公聴会で、ISRC(International Strategic Research Center)の研究員は、「一帯一路」を請け負う89%が中国企業、7.6%が現地企業、3.4%が外国企業であると証言しました。「超少子高齢化の日本」にとって、「一帯一路」構想への協力は、ビジネスチャンスばかりとは言えません。

「一帯一路」をユーラシアにおける経済圏構想として語っている人々は、目先の経済活動の利益にばかりとらわれて、日本の安全保障の将来を差し出そうとしていると、そろそろ気づくべき時ではないでしょうか。

[筆者]
三船恵美(みふねえみ)駒澤大学法学部教授
早稲田大学第一文学部卒、米国ボストン大学大学院(修士、国際関係論)、学習院大学大学院(博士、政治学)。中部大学専任講師、助教授、駒澤大学准教授などを経て現職。単著に『中国外交戦略ーその根底にあるものー』(講談社選書メチエ、2016年)、『米中ロパワーシフトと日本』(勁草書房、2017年)などがある。共著に『中国外交史』(東京大学出版会、2017年)などがある。

※公益財団法人日本国際フォーラム発行の政策論集『JFIR WORLD REVIEW』 より転載



三船恵美(駒澤大学教授)※公益財団法人日本国際フォーラム発行の政策論集『JFIR WORLD REVIEW』より転載

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