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赤字は本当に悪い? 今さら聞けない貿易戦争の基礎知識

ニューズウィーク日本版 2018年7月25日 16時10分

<貿易戦争は株価にどう影響するのか、WTOは何をしているのか......7つの疑問で、世界を揺るがす大問題をゼロから解説。トランプが宣戦布告した貿易戦争が世界経済にどんな災厄をもたらすかを検証した、本誌7/24発売号「世界貿易戦争」特集より>

Q1. なぜドナルド・トランプ米大統領は貿易戦争を仕掛けたのか。

世界経済のグローバル化で、製造業は人件費の安い中国などの途上国に移った。そして、アメリカをはじめとする先進国には途上国で造られた安くて品質のいい製品がどんどん輸入され、巨額の貿易赤字が積み上がった。

アメリカで特にこの打撃を受けているのは「ラストベルト」と呼ばれるかつての工業地帯だ。トランプは2016年の大統領選で「アメリカに工場を取り戻す」と約束し、途上国に仕事を奪われたラストベルトの白人有権者の支持を集めて当選。そして今度は11月の議会中間選挙に向け、支持者にアピールするために強硬路線に舵を切ったようだ。

Q2. 貿易戦争によって得をするのは誰か?

製造業がアメリカに戻り、仕事が増えるアメリカの労働者だ。ライバルの中国製品が売れなくなるので、米企業も一時的には喜ぶだろう。ただし関税が上がれば物価も上がり、消費は減退する。報復関税合戦で世界の貿易量が減れば、結局はアメリカの製品も世界で売れなくなり経済成長は鈍る。米企業もアメリカの労働者も最後は敗者になる。貿易戦争で得をする人はいない。

Q3. 貿易赤字は本当にその国の経済にとって有害なのか。

ある国の輸入額が輸出額より多い状態が貿易赤字だ。貿易赤字は「借金」ではないので返済の必要がなく、その国の通貨が強く、消費者が豊かであることを意味する──という説もある。

しかし貿易収支を含む経常収支の赤字がどう影響するかは各国が置かれている経済状況や財政状況によって異なる。また、どういう理由で赤字になっているのかによって「特段問題のない赤字」と「非常に問題がある赤字」がある。一律に判断することは難しい。

Q4. 貿易戦争が実際の戦争になったことはあるのか。

1929年の大恐慌後、欧米列強と日本はそれぞれの植民地を関税と貿易協定で囲い込んでブロックとし、他のブロックに需要が漏れ出さないようにした。貿易が減って世界経済全体の効率性が失われ、分断は強まり、列強は自分のブロックから他のブロックに武力で進出するようになった。その結果が第二次大戦だ。

第一次大戦も、保護主義に向かうヨーロッパ諸国の輸出先としての植民地獲得競争が激化したのが一因とされる。

【参考記事】米中貿易戦争、裏ワザの超法規的「報復」を中国がもくろむ



Q5. 世界の為替や株価にはどう影響する?

貿易戦争が過熱して経済が停滞すれば、世界的に株価は下がる。7月初めに対中追加関税が発動された後、日米の株価は上昇しているが、中国株は先行き不安から下落傾向が続いている。ドル為替市場は先行き不安が強まればドル安、出口が見えればドル高に動く。

Q6. WTO(世界貿易機関)は何をしている?

トランプが中国を相手に貿易戦争に踏み切ったのは、WTOによる知的財産権の保護が不十分、という不満からだ。確かに2001年にWTOに加盟した後も、中国企業がアメリカの技術を「模倣」するケースが後を絶たない。しかし、加盟国の主権に手出しできないWTOでは取り締まりに限界がある。

WTO加盟国は自国の関税率がWTOの関税率より高かった場合、より安いWTO関税を優先しなければならない。いわゆる最恵国待遇だ。WTOは同時に、各国が自国産業を守るため緊急に輸入制限するセーフガードも認めている。アメリカはセーフガードも数多く準備しており、トランプ政権は今回、通商法などのセーフガードを使って「例外的」に関税率を上げた。

加盟国に限ってではあるが、WTOは国家間の貿易紛争を調停できる唯一の機関だ。しかし保護主義の台頭を抑え切れず、信頼性が揺らいでいる。

Q7. 保護主義と自由貿易主義、勝つのはどちらか。

世界的に自由貿易体制が広がると、自由貿易圏内で弱肉強食が強まる。その結果、弱い立場の農家や労働者が淘汰される。イギリスのEU離脱(ブレグジット)や保護主義を掲げたトランプ大統領の登場は、グローバル化への反動でもある。貿易戦争は勝者なき戦いだが、保護主義の台頭を防ぐためには、グローバル化の行き過ぎに歯止めをかけることも必要だ。



※本誌7/31号(7/24発売)「世界貿易戦争」特集では、トランプの背後にある思想から、保護主義100年史、中国の裏ワザ報復措置、アメリカとEUやカナダ、南米との対立まで、トランプが宣戦布告した貿易戦争の世界経済への影響を検証。米中の衝突は対岸の火事ではない――。


ニューズウィーク日本版編集部

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