Infoseek 楽天

メキシコ国境で足止めされる移民の叫びを聞け

ニューズウィーク日本版 2018年7月31日 19時0分

<目まぐるしく変わるトランプ政権の移民政策――メキシコ国境でひたすら待つ亡命希望者が人間らしい暮らしができる日は来るのか>

命が危ない。そう思ったからスティーブは逃げた。3年前のことだ。ナイジェリア北部にある彼の店が暴徒化したイスラム教徒に焼き討ちされたので、まずはキリスト教徒の多い南部へ逃げた。それでも安心できないので、昨年9月に大西洋を越えて南米エクアドルへ飛び、後は陸路でアメリカを目指した。

南米から7つの国を経由し、船やバスを乗り継ぎ、あるいは徒歩でメキシコとアメリカの国境を目指す何千もの移民の群れに、スティーブも加わった。そこまで行けば亡命を申請できると言われていた。

メキシコの国境の町ティフアナに着いたのは、母国ナイジェリアを出てから3カ月後。しかし、そこで足止めを食らった。それから半年たった今も、スティーブは市内の教会に身を寄せている。「亡命申請した人間を強制送還しているって聞いた。ここじゃ誰も助けてくれない。このまま死ねってことかよ」

それでもアメリカ大統領のドナルド・トランプは、悪いのは移民たちを「好きなように」歩かせているメキシコ側だと言い張り、入管当局は彼らを門前払いしている。このままだと、彼らはどこへも行きようがない。トランプ政権の政策に一貫性はなく、現場の入国管理官たちは彼らに国境を越えさせないことだけを考えている。

ティフアナと国境を挟んだカリフォルニア州側にあるサンイシドロ入国管理所の前には連日、移民の長い行列ができている。しかしたいていは「対応能力の限界」を理由に受け入れを拒まれ、時には実力で追い返される。だから絶望して、アメリカへの亡命申請を諦める人もいる。

それがトランプ政権の狙いだと指摘する専門家もいる。自発的に諦めるよう仕向けるだけなら、亡命申請者の保護と受け入れを義務付けた国内法にも国際法にも抵触しないからだ。

亡命の認定は2割のみ

入管当局の報道官はそうした意図を否定している。しかしサンイシドロで「一時的に入国を制限」していることは認め、あそこは「一度に何百人もの亡命申請者」を処理または収容するようにはできていないと弁明した(サンイシドロの収容人員は最大300人とされる)。

亡命希望者の多くは中米諸国の出身だが、サハラ以南のアフリカや南アジアから来る人も増えている。メキシコ当局の集計によれば、今年前半だけでアジアから2317人、アフリカから775人が到着している。

5月には米国市民権・移民業務局のL・フランシス・シスナ局長が議会に対し、アメリカへの亡命申請は昨年度だけで14万2000件もあり、14年度に比べて3倍に増えたと報告。未処理の件数も31万8000件に達していると述べた。また亡命申請者の8割前後は一次審査(祖国への帰還を恐れる正当な理由の有無を調べる面接)を通過するが、実際に亡命を認められるのは昨年度実績で5人に1人程度だという。



一方でトランプ政権は合法・非合法を問わず移民の受け入れを制限しようとしており、亡命制度の「乱用」を終わらせると主張している。昨年10月には司法長官のジェフ・セッションズが「ダーティーな移民弁護士たち」が依頼人に「嘘の亡命申請」をそそのかしていると非難した(実際に弁護士をつけている亡命申請者は少ない)。

原則として合法的に入国した上で行われる亡命の申し立てに対する審査も厳しくなっている。昨年の亡命許可件数は、オバマ政権時代の一昨年に比べて2割ほど少なかった。また司法省は今年6月に発表したガイドラインで、家庭内暴力と犯罪組織からの脅威を理由とする亡命は認めないとした。

違法性を指摘する声も

トランプが移民を嫌っているのは明らかだ。議員たちとの会談の席で、なぜアメリカが「ノルウェーのような国」ではなくアフリカの「肥だめのような」国々や「全員がエイズに感染している」ハイチなどからの移民を受け入れなければならないのかと発言したのは有名な話。この6月にも「アメリカは移民のキャンプにも難民収容施設にもならない」と語っている。

移民支援の法律家やオバマ政権時代の政府職員の目に、トランプ政権の対応は違法なものと映る。法律上、帰国した場合に人種や宗教、政治的信条などを理由に迫害される恐れが「十分な根拠に基づく」ものであればアメリカへの亡命を求めることができるが、その手続きは入国後または国境の入国管理所で行うことになっている。

全米移民弁護士協会のリンゼイ・ハリスに言わせれば、入国管理所に「空きがない」ことを理由に亡命希望者を門前払いするやり方は、1951年の難民条約にも1980年の米難民法にも違反している。

伝えられるところでは、トランプ政権はさらなる規制強化も検討している。母国とアメリカ以外の国に2週間以上滞在しながらその間に亡命を申請していない者や、アメリカを目指す途中で複数の国を経由した者にはアメリカへの亡命を認めないという方針だ。また亡命申請の「法的根拠」を示せない場合も却下されるという。

かつて国土安全保障省の法務担当だったスティーブ・レゴンスキーに言わせれば、そんな条件を付けられたら実質的に誰もアメリカに亡命できなくなる。

このままでは、アメリカ同様に移民への対応に苦慮しているメキシコとの対立は避けられない。先の選挙で勝利し12月に大統領就任予定のアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドールはトランプの移民排斥に徹底抗戦する構えで、米国内の「メキシコからの移民」の権利擁護にも尽力するとしている。一方で治安担当者は、国内を通過する「移民の抑制に軍や警察を使うことはない」と明言している。

だから移民はティフアナに滞留する。ナイジェリアから来たスティーブは今日も教会の食堂でシチューをすすっていた。亡命申請者は強制送還だという噂がある以上、国境には近づけない。ティフアナの町で洗車の仕事をしながらスペイン語を覚え、ひたすら待つ。「やっぱりアメリカへ行きたい」からだ。「人間らしい暮らしがしたい。ただそれだけなんだ」

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きをウイークデーの朝にお届けします。ご登録(無料)はこちらから=>>


[2018.7.31号掲載]
モリー・オトゥール

この記事の関連ニュース