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五輪対策のサマータイムで健康被害はあるのか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2018年8月16日 18時40分

<サマータイムには健康上の負荷があるという意見もあるが、日本の夏の酷暑対策という点で見れば検討する価値はある>

サマータイム、または「DST(デイライト・セイビング・タイム)」というのは、夏の期間だけ時計の針を1時間進めるという社会制度です。アメリカではすっかり定着していますし、この時間の切り替えも一種の季節の行事になっています。

完全に定着している制度ですが、問題は切り替え作業そのものが少々面倒だということです。面倒な点は2つあります。1つは時計の調整をしなくてはならないということで、もう1つは実際の睡眠時間を調節する必要があるという問題です。

時計の調整というのは、サマータイムのスタートとともに1時間時計を進め、終了とともに1時間戻すという作業です。90年代までは、腕時計や家の時計に加えて、クルマのダッシュボードの時計などをすべて直すのは結構な手間でした。ただ、最近はスマホやコンピューターが完全自動で調整をしてくれるので、それを参照できることでグッと楽になった感じはあります。

問題は睡眠パターンで、夏時間になるときは時計の針を「1時間進めるので、朝が早く来てしまう」わけです。そのために時間通りの睡眠にすると「1時間睡眠時間が短くなってしまう」ことになります。反対に、夏時間が終わる際には「1時間余計に眠れる」のです。

サマータイムの副作用として心臓疾患が心配されるというのは、この「睡眠時間のプラスマイナス」に関係しています。別に複雑な議論ではありません。心臓疾患予備軍の人にとっては、1時間の睡眠不足が引き金になって発作が起きるということはあるからです。

そうは言っても、サマータイム制度のために多くの人が著しく健康を損ねるというのは、少し言い過ぎです。睡眠不足のために調子を悪くするということでは、スポーツ中継で夜更かしをしたり、旅行に出発するので早起きをしたりというのと全く同じだからです。海外旅行の時差調整と比べれば、はるかに軽微な話です。

問題は、そのような手間と工夫をすることで、「何が得られるのか?」ということです。

この点に関しては、2020年の東京五輪に向けて、2019年から実施するという構想を検討する際には、アメリカやヨーロッパの事例は比較になりません。というのは、目的がまったく異なるからです。

米欧の場合は、緯度が高い地域を中心に「日照時間を活用しよう」という発想が原点にあります。例えば、アメリカの場合、夏の暗くなる時間を「1時間伸ばす」ことで、平日の帰宅後にスポーツを楽しむということは、すっかり定着しています。



つまり「日照」を「良いもの」だとして利用しようというのが高緯度地方のサマータイムだと言えます。省エネ効果ということで言えば、夕方から晩にかけての照明コストの削減ということになります。

ところが、今回の東京五輪へ向けてのサマータイム構想は、全く違います。日照時間を「良いもの」として活用しようというのではなく、反対に酷暑対策として、昼間から夕方の時間を避けるのが目的だからです。つまり、7月から8月においては、24時間の中で「ここしか涼しくない」という日本標準時の5時から7時の時間帯を何とか有効活用しようというものです。

2時間の時間シフトが検討されているのは、その「午前5時台」という「黄金タイム」を活用するためです。省エネということでも、冷房コストの削減を狙ったものであり、高緯度地方とは発想が全く違います。健康への影響ということでは、熱中症対策という効果を考えれば救命になるケースも想定されるわけで、前述したような「時差による負荷」を上回る効果が生まれるかもしれません。

気になるのは、業務用・民生用のソフトウェアですが、アルゴリズムとしてはそれほど複雑なものでないので、綺麗なプログラムであれば大した負荷にはならないと思います。グローバルな汎用ソフトであれば、国別の設定パラメーターを変えれば対応可能でしょう。

ただし、オーダーメイドで筋の悪い改訂を重ねたシステムの場合は、修正の作業は多くなる危険はあると思います。その場合は、この件で絶対に現場に負荷をかけない、また「タダ働き」をさせないということで、公正取引委員会と労働基準監督署が威信をかけて取り締まることで、業界の改善の契機としてはどうでしょうか。

日本全国で筋の悪いプログラムが大量にあって、とても修正が間に合わないというのであれば、時計をずらすのではなく、予定をずらす方法で対処を検討してはどうでしょうか。つまり始発電車が午前3時半とか、出勤が午前6時、五輪のマラソンのスタートは、いっそ午前5時。昼食タイムは午前10時。その代わり、終電は22時30分、退社時間は18時厳守という方法です。政治的な対立にする前に、実務的な検討をしてみる価値はあるはずです。

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