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トランプ政権「もう一つの事実」に新バージョン登場 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2018年8月21日 17時40分

<世界を驚愕させたコンウェイ大統領顧問の「もう一つの事実」発言から1年半、ウソを事実と強弁するトランプ政権の新たなフレーズが誕生した>

トランプ政権の広報スタイルを象徴する言葉として「もう一つの事実(alternative facts)」というフレーズは大変に有名になりました。この言葉が飛び出したのは、トランプ大統領が就任した直後の2017年1月22日のことで、NBCテレビ日曜朝の政治討論番組『ミート・ザ・プレス』の司会者チャック・トッドが、ホワイトハウス顧問のケリーアン・コンウェイから引き出したセリフです。

この台詞ですが、どんな文脈で飛び出したのかというと、トランプ大統領の就任式に詰めかけた群衆の数について、ホワイトハウスの報道官(当時)であったショーン・スパイサーが、「今回の就任式の参加人数は、過去最大だった」として、これを否定した各メディアと完全に「対決状態」となったことを受けてのものでした。

コンウェイは、スパイサー報道官の「過去最大」というのは、「もう一つの事実」だと表現して全世界をアッと言わせたのでした。もちろん、司会者のトッドは「もう一つの事実というのは、事実ではないですよ。それは単純に『虚偽』でしょう("Alternative facts aren't facts, they are falsehoods.")」と返答したのですが、そんな正論が通る相手ではありませんでした。

このコンウェイ発言は、大きな問題を含んでいます。それは、この「もう一つの真実」発言を、コアの支持者たちは理解して支持したということです。つまり「2017年1月の就任式に集まった参加者数は2009年のオバマより実際は少なかったかもしれないが、自分たちの支持するホワイトハウスが過去最大だったという『もう一つの真実』を主張するのなら、もちろんそれを支持する」ということです。

これによって政治の根幹にあるべき「事実をめぐる言葉への信頼」というインフラが崩壊してしまいました。例えば、1973~74年にかけて発生したウォーターゲート事件で、ニクソン大統領は「自分は一切事件には関わっていない」という強弁を続けたのですが、それが虚偽だと露見すると、世論は衝撃と共にニクソンを見捨てたことが想起されます。

ところがトランプの場合は、同じように事実に反することを言っても、ニクソンとは大違いなのです。反対派は「トランプが言うのだから嘘に決まっている」と言うだけですが、一方で、熱心な支持者も「もう一つの真実を言っている」つまりは事実ではないことを分かって発言を支持しているという構図があるからです。

ですから、トランプの「発言が虚偽」であることは、ケースにもよりますが、大統領一流の「過激トーク」に関しては、事実でないことは支持者も反対派も全員がわかっているのです。ですから、大統領に対して発言の事実関係を「これ以上追及のしようがない」という妙なことになっています。言葉への信頼が崩れているというのは、そういうことです。



ところが、全く同じ日曜日朝のNBC「ミート・ザ・プレス」で、現在も司会をしているチャック・トッドは、1年半後の2018年8月19日に、トランプの側近から「新バージョン」を引き出すことに成功しました。

それは「真実は真実にあらず("Truth isn't truth.")」というものです。今回この発言をしたのは、コンウェイではなく、もっと大物である元NY市長で大統領候補にもなり、現在はトランプの顧問弁護士を務めているルドルフ・ジュリアーニです。

どういう話の流れかというと、現在「ロシア疑惑」の捜査が進む中で、ロバート・ムラー特別検察官による大統領本人への直接の事情聴取が行われるべきかどうかというのが議論になっているのですが、弁護人としてジュリアーニはこれに反対しているのです。

ジュリアーニは、「大統領は証言を求められれば真実を話せばいいのであって、何も恐れる必要はない、あなた(司会者のトッド)はそう言うが、それは浅薄な考えです。真実なんてものは、誰かのバージョンの真実であって、本当の真実ではないんですよ」という実に不思議なコメントを発したのでした。

要するに、ジュリアーニとしては、ムラー特別検察官の誘導尋問に乗って、大統領が偽証という罠に陥れられる危険がある、そう言いたいようでした。つまり大統領の側で真実と思っていることが、特別検察官からすると虚偽になる、そのようなトリックに「ハメられない」ために、大統領への直接の事情聴取は弁護人として拒否したいということです。

しかし「真実は真実にあらず」というのは、何とも奇怪な発言です。司会のトッドは「いや、真実はあくまで真実でしょう」と切り返したのですが、ジュリアーニは「いや、真実は真実にあらず、です」と突っぱねて、不思議な禅問答のような応酬になっていました。

辣腕検事から転じたNY市長として大都市NYの治安を劇的に回復させ、2001年にはテロ被災における危機管理が全世界から賞賛されたジュリアーニが、派手なジェスチャーを交えて「真実は真実にあらず」というのは何とも不思議な光景です。

もしかしたらジュリアーニは、歴史の洗礼という長期的視点から「トランプへの刺客」として活動しているのかもしれません。反対に、ジュディス前夫人との離婚などで金銭的に窮したので因果な弁護士稼業に戻っているのかもしれません。あるいは、かつて自分を予備選で無残な敗北に追いやった「共和党の草の根保守」を喜ばせることで密かな復讐をしているのかもしれません。

不世出の弁論家であるルドルフ・ジュリアーニの本心を読み取るのは全く不可能ですが、コンウェイ発言を上書きするような今回の発言が、アメリカ政界における「言葉への信頼」をさらに崩しているというのは残念でなりません。

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