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戦後日本で価値観の激変に苦悩した若者たち、現在の社会変化にも共通点が

ニューズウィーク日本版 2018年8月22日 15時30分

<年代別の自殺率や動機の変遷を見ていくと、現在は価値観の変化に若年層が苦悩する、社会の転換点であることがわかる>

夏休みも終盤になり、子どもの自殺への注意を呼び掛ける報道が増えている。新学期開始に伴って子どもの自殺増加が懸念されるためだ。過去40年間の統計によると、18歳以下の子どもの自殺者は9月1日に飛び抜けて多くなっている。

他国の統計と比較しても、日本は自殺率が高い国だ。1998~2009年まで、年間の自殺者が3万人を越える状態が続いた。政府の対策の効果もあり、最近は年間2万人ほどまで減っているが、人口10万人あたりの自殺率は諸外国と比べて依然として高い。

自殺は年齢現象でもある。様々な悩みに苛まれる青年期、役割の負担が増す壮年期、病に侵される高齢期で自殺は多発するというが、どこにピークがあるかは時代によって違う。時代別・年齢層別に自殺率を出し、可視化できるグラフにすると、社会のどこに危機がある(あった)かがわかる診断図となる。

<図1>は、男性の年齢層別の自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)を5年間隔で出し、率の水準を等高線グラフで表したものだ。紫は40以上50未満、黒は50以上であることを示している。



戦後間もない頃は高齢層の自殺率が高かった。当時は年金等の社会保障が不備で、子が老親を養うという戦前の規範も薄れつつあったので、生活苦による老人の自殺が多かったと推測される。

また20世紀末から21世紀初頭にかけて、50代の部分に黒色の膿が広がっている。平成不況が深刻化した頃で、会社のリストラなどによって中高年男性の自殺が多発したためだ。1997年から98年にかけて年間自殺者が2万3494人から3万1755人に急増したが、増加分の大半は50代の男性だった。

それともう一つ、1950年代半ばの20代の山も注目される。社会の激変期で、価値観の急変に翻弄され、生きる指針に困惑した青年が多かったためとみられる(詳細は後述)。

なお、左上から右下の「ナナメ」をたどることで世代の軌跡も読める。赤色の矢印は、1946~50年生まれの団塊世代の軌跡だ。児童期・青年期が社会の成長と重なった幸運な世代ともいわれるが、退職直前の50代はつらい時期だった。青色の昭和一桁後半生まれ世代は、20代の頃に大きな危機に直面している。



上記のグラフを見るとわかるが、時代による自殺率の変動が大きいのは青年層だ。20代と人口全体の自殺率の長期推移を描くと、<図2>のようになる。



1950年代後半では、20代の自殺率は極端に高かった。ピークは1958(昭和33)年の54.5で、2016年現在(17.4)の3倍以上だ。映画『ALWAYS 三丁目の夕日』で美化されている時代は、実は青年にとって最も「生きづらい」時代だった。

高度経済成長への離陸期で、社会が大きく変わりつつあった頃だ。当時は戦前と戦後の新旧の価値観が入り混じっていた。それだけに、生きる指針の選択に葛藤を感じる青年が多かった。この辺りの事情は、当時の新聞を読むとよく分かる(「死を急ぐ若者たち、古い考えとの断層・モラル過渡期の悲劇」朝日新聞、1957年12月11日)。当時の統計によると、青年層の自殺動機の首位は「厭世」となっている。世の中が「厭(いや)」になった、ということだ。

また恋愛婚が広まりつつあった頃だが、見合い婚を主張する親に反対されて、無理心中を図る男女も多かった。これなども、時代の過渡期の悲劇といっていい。

その後、高度経済成長期にかけて20代の自殺率は急降下し、80年代初頭には人口全体を下回った。しかし90年代半ば以降上昇を続け、2010年に再び追いついた。就職活動に失敗した大学生の自殺が問題となった頃だ。

最近は、20代の自殺率は低下傾向だが今後どうなるかは分からない。現在も激変の時代(過渡期)と言えるだろう。情報化、グローバル化、私事化(自分を優先させる考え方の広がり)など、人々の生き方を大きく変える社会の地殻変動が進行中だ。

<参考記事:「おカネの若者離れ」で、どんどん狭くなる趣味の世界>

働くことへの意識一つとっても、親世代と子世代では断絶がみられる。自分たちの考えを押し付ける親世代と、それに反発する子ども世代には葛藤がある。最近では、自殺の動機の中で「親子関係の不和」が占める割合が高まっている。

本稿で注目したのは半世紀以上前の戦後の社会だが、現在ないしは近未来の問題にも通じる問題だ。新しい生き方を受容することは、社会を壊すことではなく、社会を変革することにつながるからだ。

<資料:厚労省『人口動態統計』>



舞田敏彦(教育社会学者)

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