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トランプ「真珠湾発言」は日本の外交失点ではない - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2018年8月30日 15時0分

<一部には安倍外交の失敗という指摘もあるが、日本の対米外交方針は一貫してブレておらず、動揺する必要はない>

今週28日(火)の米ワシントン・ポスト紙(電子版)は、トランプ大統領が6月にカナダでのサミット直前にホワイトハウスで安倍首相と会談した際に、通商問題協議の冒頭で「真珠湾攻撃を忘れないぞ」という発言を行ったと報じています。この記事を受けて、日本国内では「日米関係悪化か?」とか「安倍総理の対米外交は失敗か?」とかいった報道が出ているようです。

人情的な面から考えると、全く理解できない話ではありません。「安倍さんは、トランプ当選直後に駆けつけたり、何度もゴルフ会談をやったりしているのに、結局のところ日本の悪口を言われたらガッカリだ」という印象論はあり得ます。また、中国との貿易戦争など政策をエスカレートさせているトランプ政権が、改めて日本をターゲットにしたら大変、そんな「先取り不安」から、「真珠湾発言報道」に神経質になっている面もあるかもしれません。

ですが、それで「外交失敗」というのは、少し違うように思います。安倍政権に対しての賛否両論があるのは承知していますし、自民党の総裁選を前にして過去の安倍政治に対して厳しい検証がされるのは当然と思います。ですが、仮にトランプ大統領の口から「真珠湾」という言葉が飛び出していたとして、それが「安倍外交の失敗」ということにはならないと考えます。

3点、議論してみたいと思います。

1点目は、発言が飛び出したという6月7日の首脳会談のタイミングです。このホワイトハウス会談には、2つのテーマがありました。1つは5日後に迫っていたシンガポールにおける「トランプ=金正恩会談」へ向けての調整という意味合いがあり、もう1つは直後の8~9日に予定されていたカナダのケベック州シャルルボアでのサミットへの対応です。

このうちのサミット対応について日本の立場は、トランプ政権ではなく、基本的に自由貿易を主張したEU+カナダのグループに近い立ち位置でした。結果的に、シャルルボアでは、トランプ大統領は孤立した挙句に会議を中座して、さっさとシンガポールへ行ってしまったのです。ですから7日の日米首脳会談での安倍総理は、その「G6」代表としてトランプ大統領に「先遣隊的に対抗」した格好ですから、会議は対立含みで推移して当然であり、そこに国策としてのブレはなかったと思います。

むしろ通商問題では対立しつつも、北朝鮮問題では実務的な調整ができたのですから、日本の外交当局や官邸としては「会談としては及第点」と言えます。



2点目は「真珠湾と安倍総理」の関係です。というのは、2016年にオバマ前大統領と「広島と真珠湾における日米首脳の相互献花外交」を成功させ、日本国を代表して真珠湾の戦艦アリゾナ記念館において追悼の意を示したのは、安倍総理自身だからです。ですから、仮に「真珠湾を忘れない」などという暴言を向けられたとしても、安倍総理の場合は困惑する理由はないはずです。

もっとも、トランプという相手には、「自分はオバマと真珠湾に献花した」などという「切り返し」は逆効果になります。「オバマが広島で謝罪したのは国を貶めるもので許せない」などと、それこそ日米関係を悪化させるような暴言を誘発する危険があるからです。ですから、この点について安倍総理が反論しなかったとしても、それはそれで良かったと考えられます。

3点目は、仮にこの「真珠湾発言」が外交の失敗であり、それが表面化したことが日米関係の悪化を象徴しているとします。その場合は、批判する側は「トランプに真珠湾発言をさせたのは良くなかった」としているわけです。またトランプ政権が継続することを前提に、「日本の首相はもっと日米関係が悪化しないよう留意しなくてはいけない」と言っていることになります。

これも奇妙な話です。なぜかと言えば、それは「もっと対米赤字を減らせ」ということであり、「トヨタは高級車も全部米国向けは米国生産にせよ」とか「日本は軽自動車を禁止してGMやフォードの左ハンドル車を輸入せよ」あるいは「陸のイージスとかオスプレイは、もっと買って怒られないようにせよ」と主張しているようなものだからです。

そんななかで、一部には「官邸は(真珠湾発言の)否定に躍起」という報道も出ているようですが、仮に事実であるなら困ったことです。ここまで述べたように全く必要のないことだからです。反対に、政権としてそのような「頼りない」印象を与えていることが、政権批判の核にあるということは、肝に命じるべきでしょう。

他のことはともかく、この件については安倍政権として胸を張っていて良いのであって、オロオロする必要はないと考えます。

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