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国連の力を一途に信じた生真面目アナンの功罪

ニューズウィーク日本版 2018年9月1日 14時45分

<寡黙で対立を嫌うが故に誤解されがちな元事務総長――平和を訴え続けた「善なる声」の死を悼む>

8月18日、コフィ・アナン元国連事務総長が80歳で死去した。程なくテレビで耳にした彼の生前の声からは、その人となりがしのばれた。柔らかな物腰、礼儀正しさと優しさ。外交経験が生来の寡黙さに拍車を掛け、母国語である西アフリカの言語の影響で抑えた口調になるのが、謙虚さや距離を感じさせる。慎重過ぎて面白みに欠けるが非常に説得力のある、なかなかいないタイプの人物だった。

ニューヨーク・タイムズ紙の訃報も含めて、アナンに対する評には深い部分での混乱も一部に見受けられる。

在任中の国連の失敗は、そのままアナンの倫理的欠陥であり、国連の無能さは彼の無能さだった。国連の対イラク人道支援事業「石油・食料交換計画」は不正にまみれたが、アナンも不正に関与したという見方はアナンという人物を誤解している。一方、多くの崇拝者が主張するようにアナンは当時の冷笑的な権力政治と無謀なイデオロギーの殉教者であり彼自身に非はなかった、というのも誤解だと思う。

部族の長の血を引くアナンは、負けるが勝ちと心得ていた――現在の米大統領には説明しようのない、自我を抑える戦略的行動だ。自分をほとんど殺しているように見えることもあった。

感情ではなく思考の人だった。アラブ系民兵にレイプされたスーダン西部ダルフールの女性たちの話にいつまでも耳を傾けることはできても、言葉や態度で慰めることはできなかった。それでも彼の生真面目さと辛抱強さは一種の祝福に思えた。

期待すればこそ失望する

しかしこの極度の抑制は彼の弱みでもあった。あからさまに対立しては駄目だと信じ、それを口実に必要な対決を避けることもあった。誰かをクビにする場合も他人任せ。反撃できず、反撃する気もなかった。

03年に国連安保理決議なしでイラク開戦に踏み切る羽目になった米保守派は翌04年、石油・食料交換計画での不正疑惑をめぐりアナンに容赦ない圧力をかけ、辞任を求める声も上がった。

アナンは、反応すれば火に油を注ぐだけだと戦略的に判断した。だが、当時のブレア英首相か誰かに電話をして、国連を守るために自分を擁護するよう頼むことさえできなかった。優柔不断な事務総長に側近は失望した。

新しい事務総長が就任するたびにその人物の欠点にこだわることはやめるべきだが、国連を信じる気持ちはぼろぼろになっても捨てたくない。アナンに失望したのはそれだけ期待が大きかったからだ。



彼は欧米の倫理的慣習を吸収し尽くしたアフリカ人だった。事務総長に就任した97年、初めてアフリカ統一機構(OAU)で演説。人権を求める声をアフリカの多くの指導者が「欧米の先進国による強制、さらには陰謀」と見なしていることは承知しているが、そうした見方は「アフリカ人一人一人の、人間としての威厳を求めてやまない心をおとしめる」と語った。

事務総長として最大の功績は恐らく、国家クラブと化していた国連に個人の権利というリベラルな原則を吹き込んだこと。最大の失敗は、イラク戦争の尻拭いを押し付ける米大統領に対してであれ、辞任しろと迫る右翼に対してであれ、ノーと言うすべを知らなかったことだろう。

アナンほど一途に国連の力を信じた人間はいない。彼の長所と短所を認めて重要性を指摘することは、アナンその人の重要性を根本的に認めることになる。今も耳に残る柔和で控えめな声は、私たちの善なる声だ。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2018年9月4日号掲載>



ジェームズ・トラウブ

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