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匿名高官のトランプ批判、犯人捜しに躍起になる政権の異常さ - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2018年9月11日 19時0分

<ニューヨーク・タイムズ紙にトランプ批判を寄稿したのは誰か? 大統領本人が各高官から「否定発言」を確認するという異常事態>

中間選挙の選挙戦が本格化する中で、「下院共和党の過半数割れ」イコール「トランプ大統領の弾劾発議」という可能性が急速にリアリティを持ち始めています。そんな中で、ここへきて様々なドラマが動き出してきました。1つは9月11日に、ウォーターゲート事件で有名な伝説のジャーナリスト、ボブ・ウッドワードによる暴露本『恐怖(FEAR)』が発売されるというニュースです。ウッドワードは、徹底したインタビューによって政権中枢に迫る取材方法が有名で、この新刊への期待が高まっています。

そのウッドワードの暴露本と並んで、いやそれ以上に関心を呼んでいるのが、9月5日にニューヨーク・タイムズが掲載した「政府高官の匿名の告発」です。

これは非常に刺激的な内容でした。「政府内には、トランプが大統領として不適格だと考えながら、忍耐を続けているグループが存在する」として、大統領の政策を徹底的に批判しているのです。「独裁者と意気投合する一方で、民主主義の同盟国を敵視する」姿勢など、大統領からは「誤った指示」が出続けている中で、いかにその「悪影響を最小限にとどめるか」を考えつつ、「グループとしては耐えに耐えている」というのです。

これについては、これまでもこの種の批判はされていたので驚くには足りない、そんな印象が最初はありました。ところが、この寄稿を見た大統領のリアクションは意外に激しく、「絶対に正体を暴く」と息巻いています。報道によれば、ホワイトハウス周辺からは「政府高官全員をウソ発見器にかける」などという話が出たり、「犯人は2人に絞られた」などいう怪情報が飛び交ったりして、狼狽ぶりは目を覆うような状態です。

ではこの「匿名の政府高官」というのは、一体誰なのでしょうか?

まず、一番怪しいとされているのが、マイク・ペンス副大統領です。ですが、ペンスはトランプが失脚した場合には大統領になる人物ですから、そんな危ない橋は渡らないでしょう。ただし、黒幕の可能性はあるかもしれません。

次に噂になっているのが、マイク・ポンペオ国務長官です。北朝鮮外交が、ここへ来て相手ペースになりつつある中、相当にフラストレーションが溜まっている可能性はあります。ですが、過去にCIA長官も務めて「影の実務」も知っている人物が、この種の告発をするのは不自然です。

同じように、マティス国防長官や、ケリー主席補佐官の場合は、軍人ですから、こうした手段は使わないでしょうし、そもそも告発文の全体から、軍のカルチャーの匂いが全く感じられません。

一部には、クシュナー夫妻や、メラニア夫人の周辺を疑う声もありますが、さすがに身内ということはないでしょう。



そこで考えられるのが国務省です。現政権のドタバタで一番振り回されているのは事実で、アメリカという国の外交方針をほとんど破壊されている、そんなフラストレーションが蓄積しているのではないでしょうか。

辞めたティラーソン前国務長官も考えられますが、今回の告発状はあくまで「現役」のしかも「政府高官」ということになっているので該当しません。

ではその高官が誰かというと、ここからはあくまで私見で、思考実験の材料とお考えいただければというレベルですが、ニッキー・ヘイリー国連大使あたりが、色々な条件を満たしている人物として浮上するように思います。もちろん彼女もとっくに疑われており、疑惑に対して「自分ではない」という否認をしていますが、聞かれて「はい私です」などと言うぐらいなら匿名告発などしないでしょう。

何故ヘイリーと考えられるかと言うと、3つ理由があります。1つは、国連大使としての彼女の言動は、この告発状に極めて類似したものだからです。つまりブッシュ、オバマ時代からのアメリカの基本的な外交方針から、できるだけ逸脱しないように動く一方で、大統領から降って来た方針については拒否しないと言う、まさに告発状が触れているように、ギリギリの努力をしていたフシがあるのです。また国連という多国間外交の場こそ、西側陣営の結束を壊されてはやりにくいわけで、このぐらい言ってもおかしくないストレスを溜めている可能性はあります。

2つ目は、そのスタイルです。サウスカロライナ州の知事として、例えば大論争となっていた「州庁舎からの南部連邦旗の撤去」などを、慎重に進めた手腕はなかなかのものがあり、今回の告発状が秘めているような静かな闘争心が感じられるからです。また、相当なインテリでもあり、告発文の文体とイメージが重なります。

3つ目は、「バレたとしても損をしない」可能性です。国連大使というのは、大統領とは適度な距離があります。ですから、表面ではイエスと言いながら、影で告発文を書いていたとしても、ホワイトハウス詰めのスタッフと違って、「露骨な面従腹背」という感じにはなりません。また、今後、大統領が失脚していく場合には、ヘイリー大使の場合は「ペンス政権の副大統領」あるいは「国務長官」ポストを狙っている可能性があり、その場合に、露見の仕方では「株が上がる」可能性もゼロではない、そんな立ち位置にいるのです。

ただ、可能性としては彼女の単独ではなく、例えばハンツマン駐露大使、ティラーソン、リンゼー・グラム上院議員(共和党)などと示し合わせての「密謀」、あるいは亡くなったジョン・マケイン議員の弔い合戦的な意味合いもあるのかもしれません。

以上はあくまで思考実験ですが、一番大事なのは、告発状の主が誰かということではなく、トランプ大統領とその周辺が犯人探しに躍起となることで「呆れるほどの動揺」を見せていることです。これは深刻な事態です。

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