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自民党総裁選、不満が残る地方創生の議論 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2018年9月18日 18時30分

<東京一極集中を解消して地方を活性化する「地方創生」は、日本経済の喫緊の課題であり、今回の総裁選でもっと深い議論が必要だった>

自民党総裁選は、党員票の獲得を競うのがゲームのルールです。ですから地方の場合は、農林水産業や中小の商工業がターゲットになります。地方にも、大企業の社員は住んでいますが、彼らのほとんどは転勤族で一時的に暮らしているだけで、その地方の自民党組織に関与するケースは薄いからです。

ですから、現状の否定を伴う改革といった議論は総裁選にはなじまない、それは一応は理解できます。ですが、仮にそうであっても、石破茂氏は「地方創生」を政策の柱に掲げているのですから、総裁選の中でもう少し深い議論があっても良かったのではないかと思います。

一つは、東京一極集中の問題です。これは一刻を争うテーマだと思います。と言うのは、これ以上、東京だけが繁栄していたら、地方がダメになるからではありません。そうではなくて、このままでは東京が衰退して日本がダメになるからです。

東京というのは「地方への優越感」と「海外の先進国への劣等感」にまみれた「マウンティング文化」の街であり、それゆえに独創性が足りずに成長が鈍化しているわけです。

エレクトロニクスで韓国や中国に負け、金融センターという意味でシンガポールに負け、負け続けても危機感を持たない。その意味で東京は幕末の江戸城にも似ています。男尊女卑の克服に時間がかかり、「裃を着たような」上下ヒエラルキーを大事に、最近まで対面型のコミュニケーションにこだわっていたのも東京です。

これに加えて、巨大な単身世帯数が高齢化することで、カネを生む街からカネを使う街へ、他を支える街から他に支えられる街への転落も迫っています。2020年に東京五輪・パラリンピックが予定されていますが、これは経済力があるから開催できるとか、開催で経済に弾みをつけようというよりも、高齢化すると今後はできなくなるので「思い出のよすが」として実施する部分もあるのでしょう。

そう考えると、地方創生というのは「地方が衰退して可哀想だから」何とかする問題ではなく、地方が再生しないと全国が支えられない、つまり喫緊の課題だということが分かります。そうした危機感が見えないというのは、今回の総裁選の一番残念な部分だと思います。



具体的には、まず、地方のどこかが「商都」として名乗りを上げるということが考えられます。21世紀の商都を作るとは、そんなに難しい話ではありません。英語が通じること、具体的には英語で契約や紛争解決ができる、国際会計基準が採用されて会計監査や経営開示ができる、さらには見本市や商談のインフラがあり、国際航空網にアクセスできる、そうしたシンプルな条件を満たせばいいのです。

最初は無理でも、こうした条件を達成すれば東京はもとより、シンガポールや香港のシェアをジワジワと奪うことは可能でしょう。

もう1つは、研究開発都市です。中核となる大学を軸に、スタートアップ企業をどんどんインキュベートする環境は、巨大投資などなくても可能です。地方に国際化を進める大学を誘致する動きは、すでに始まっていて、大分県や秋田県に顕著な成功例がありますが、こうした大学を、もっと他県でも実現し、その土地に人材が定着して国際化ビジネスの核になっていけばいいと思います。

アメリカの場合、鉄鋼業が衰退して「死んだ」街であるピッツバーグが、カーネギー・メロンという中核大学を中心に、スタートアップの街として、また金融サービスの街として再生した成功事例がありますが、日本の場合もこうしたストーリーはいくらでも可能です。

日本の場合は、コンピュータ・サイエンスに特化した教育機関というのは、まったくもって「これから育てていく」ことになりますが、立地は地方として、その土地でどんどんスタートアップが可能にしていくことが考えられます。

そんなわけで、地方には無限の可能性があります。誇張ではありません。これだけ深い文化的伝統を抱え、しかも減ったとはいえ、高度な教育を受けた17歳の若者が一定数居住している日本の地方には、世界的に見て素晴らしい可能性があると言えます。

その可能性を生かすには、東京はまったくお手本にはなりません。多様性や個の尊重、実力主義、合理主義を軸に、ダイレクトに世界とつながっていけば、必ず再生、さらに勢いよく日本をリードすることも可能なはずです。地方創生というのは、そのようなストーリーにするべきなのではないでしょうか。

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