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ウイグル弾圧の「刑務所国家」中国で大儲けする監視カメラメーカー

ニューズウィーク日本版 2018年10月25日 19時10分

<共産党が新疆ウイグル自治区で進める「刑務所化」で潤うのは、中国の監視カメラメーカーと世界の投資家たちだ>

ガソリンスタンドで給油するたびに顔認識システムによる身元確認が求められ、Wi-Fiを利用すれば当局に通信内容を把握される――中国最西部の新疆ウイグル自治区には、世界でも有数の強力な監視システムが張り巡らされている。

中国政府はテロ対策と称して、この地域のウイグル人を徹底した監視下に置いている。ウイグル人は、ほとんどがイスラム教徒だ。

この監視システムによる情報で逮捕されたウイグル人やその他のイスラム教徒は、最近2年間で推定数十万人にも上る。逮捕された人たちは、秘密の強制収容施設(中国当局は「再教育」のための施設と呼んでいる)に収監される。

監視される側にとっては、ジョージ・オーウェルの小説も真っ青の刑務所国家だ。しかし、監視テクノロジーを扱う中国企業にとって、新疆はうまみのある市場、そして最新の機器を試せる実験場になっている。ウイグル人の人権問題を調べている研究者や支援活動家によれば、そうした中国企業は欧米の投資家や部品メーカーに支えられている場合も少なくない。

杭州海康威視数字技術(ハイクビジョン)と浙江大華技術(ダーファ・テクノロジー)という中国の監視カメラメーカーをご存じだろうか。

一般にはあまりなじみのない社名かもしれないが、おそらくあなたもいずれかの会社の監視カメラで撮影されたことがあるはずだ。2社を合わせると、世界の監視カメラ市場でのシェアは約4割を超える。両社とも深圳証券取引所に上場していて、株式の時価総額は

合わせて400億ドルを超す。両社の監視カメラは、アメリカでも陸軍基地などの重要施設で採用されている。

欧米では、この両社に厳しい視線が向けられ始めている。ハイクビジョンは、株式の4割を国有の軍需企業が保有し、トップが全国人民代表大会(中国の国会に相当)のメンバーに選ばれているなど、中国共産党政権と密接な関係にある企業だ。

アメリカでは、中国が同社製の監視カメラを操作してスパイ活動を行っているのではないかと懸念する声も上がっている(同社はこの疑惑を強く否定)。米下院はこの春に採択した法案に、政府機関がハイクビジョンとダーファの製品を購入することを禁じる条項を盛り込んだ。

しかし、中国国内での活動は野放しだ。両社は、新疆での監視強化を追い風に業績を伸ばしている。



ハイクビジョンのオフィス付近に設置された監視カメラ(杭州) VCG/GETTY IMAGES

中国政府は、この地域でのイスラム教徒による分離独立運動の動向に神経をとがらせている。対策として、中国の主体民族である漢人を大量に移住させてきたが、この戦略は裏目に出た。09年、区都のウルムチで大規模な暴動が発生し、多くの死者を出した。当局が取り締まりを強化すると、一部のウイグル人はテロに走った。

チベット自治区でチベット人への厳しい弾圧を行ってきたことで知られる陳全国(チェン・チュエングオ)が新疆ウイグル自治区トップの党委員会書記に就任したのは16年。ほどなく、陳は治安関連予算を2倍近くに増額した。

監視カメラと収容所の関係

それ以来、ハイクビジョンとダーファは、新疆で11件の大規模な監視プロジェクトを受注し、少なくとも12億ドルを売り上げたとされる。昨年、ハイクビジョンは30%、ダーファは40%売り上げを伸ばした。

この11件の監視プロジェクトは、一つ一つが非常に大掛かりなものだ。例えば、17年にダーファが受注したプロジェクトの1つは、予算規模が10年間で6億8600万ドルに上っている。ハイクビジョンがウルムチで受注したプロジェクトは、約3万台の監視カメラを設置する計画だ。

中国で大規模監視システムが導入されるのは、新疆が最初ではない。中国政府は05年、主に都市部の治安維持を目的に、「天網」と名付けた監視ネットワークを全土に整備する取り組みに着手。その後、これを大幅に強化したシステムを導入し、顔認識システムで国内の至る所を監視下に置くプログラムを15年に完了させた。

しかし、新疆ほど監視が徹底されている地域はほかにない。単にナイフを買ったり、市場に買い物に行ったりするだけでも、身元確認が要求される。

監視されるのは、道路や公共のスペースだけではない。ハイクビジョンが受注した2つの監視プログラムでは、農村部のモスク(イスラム礼拝所)の中にまで監視システムを導入することが計画されている。

中国政府が目指すのは、新疆で全てをコントロールすることだ。そのために、通信データを秘密裏に当局に流すアプリを普及させたり、留学経験のあるウイグル人や、米政府の資金で運営されているメディアで働くウイグル人記者の家族を逮捕したりしている。

最も気掛かりなのは、秘密の強制収容施設だ。イスラム的、もしくは反中的過ぎると見なされたウイグル人やその他の少数民族がこの「再教育キャンプ」に収監される。



強制収容施設に収監されていた経験者によると、そこでは虐待と洗脳が行われているという。ハイクビジョンが4600万ドル規模の監視システムの整備を進めているカラカシュ地区では、ウイグル族人民の半分近くが行方不明になっているという報道もある(ハイクビジョンと強制収容施設の関係は明らかでない)。

ドイツに拠点を置く亡命ウイグル人組織「世界ウイグル会議」のピーター・アーウィンによれば、監視と収容施設は密接な関係があるという。「顔認識ソフトウエアと監視カメラのデータがデータベースに集約され、その情報に基づいてウイグル人が逮捕されたり、収容されたりしている」

ハイクビジョンの株式の42%を保有するのは、国有企業の中国電子科技集団(CETC)だ。ブルームバーグの報道によるとCETC自身も、特定の人が特定の地区を離れると、自動的に当局に通報が行く顔認識システムを開発中だという。

外国人投資家からの熱い視線

国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)によると、CETCの100%子会社「新疆聯海創智」は、新疆の治安当局が構築中の「統合共同作戦プラットフォーム(IJOP)」のサプライヤーに名を連ねている。IJOPは、監視カメラや銀行の取引記録などから集めた個人情報を統合。行政機関の間で共有し、「再教育キャンプ」に送り込むべき要注意人物を特定する包括的な監視システムだ。

IJOPをはじめとする中国政府の「テロリスト予測プロジェクト」によって、今やウイグル族は宗教的な慣習を実践しただけで取り締まりの対象になる恐れがある。新疆では17年、顔全体を覆うベールを着用したり、あごひげを伸ばしたりすること(どちらも敬虔なイスラム教徒である証拠だ)を禁止する条例も施行された。

一見したところ、ハイクビジョンはCETCと距離を置いている。しかし16年の社債目論見書では、ハイクビジョンはCETCの14年の利益の40%以上をもたらした、「CETCで一番の高収益企業」だと誇らしげに書いている。さらにCETCは「わが社の事業活動と、重要な事項について大きな影響を持つ」と認めている。

しかもハイクビジョンは自社技術を、治安当局が民族に基づき取り調べを行うためのツールとして売り込んできた。最近の宣伝用映像では、特定の人物が少数民族かどうかを自動判定する新しい顔認識ソフトを紹介している。HRWの上級中国研究者マイヤ・ワングによると、ハイクビジョンはパソコンやスマートフォンの固有アドレスを集める装置など、監視カメラ以外のIJOP向け機器も供給している。



ハイクビジョンとダーファは新疆だけでなく、国外でも高い関心を集めている。それもセキュリティー業界だけでなく、金融業界からだ。16年12月に香港と深圳の証券取引所が株式の相互取引を開始して以来、ハイクビジョンの株価は55%、ダーファの株価は約70%上昇した。「外国人は(ハイクビジョン株を)いくら買っても買い足りない」と、ブルームバーグは報じた。

こうした外国人投資家には、バンガードやJPモルガンといった大手資産運用会社が提供する投資ファンドが含まれる。ハイクビジョンとダーファは最近、新興国の株式市場の指標となるMSCI新興国株指数の構成銘柄に加えられた。このためファンドマネジャーらが、担当ファンドに両社株を組み入れる(あるいは投資比重を高める)傾向は拡大する一方だ。

欧米サプライヤーも「共犯」

ほとんどの投資家は、ハイクビジョンとダーファの株価が右肩上がりなのは、力強い市場環境のおかげと考えている。ただ、両社が新疆の監視システム強化に関与していることは、投資家の間でもよく知られている。ドイツ銀行は調査リポートで、ダーファを「買い」推奨にした最大の理由は、新疆の6億8600万ドルの監視プロジェクトを受注したことと明記している。

国際NGOフリーダム・ハウスの上級アナリストであるサラ・クックは、欧米の投資家が投資ファンドを通じて、知らず知らずのうちに新疆の監視強化の片棒を担いでいる危険性を指摘する。こうした「倫理的リスク」は中国のテクノロジー企業に投資する以上避けられないが、新疆の場合はレベルが違う。「いかなる形でも、(新疆の)監視強化に加担することは許されない」と、クックは言う。

ダーファとハイクビジョンは、人工知能(AI)の開発協力という形でも欧米諸国とつながっている。アメリカの半導体大手インテルとエヌビディアは、AIを駆使したダーファの顔検知・認識ネットワークカメラ「ディープセンス」の部品を供給している。ディープセンスは10万人の顔をリアルタイムに照合可能とされる。

アメリカのテクノロジー企業は昔から、中国の監視システム構築を間接的に助けてきた。シスコシステムズは11年、重慶市の監視カメラプロジェクトの要となるネットワーク装置をハイクビジョンに供給した。ただしシスコの広報担当者は、中国で標準的な「市販の」ネットワーク通信商品を供給したにすぎないと言う。「特別な場所を除けば、中国では監視カメラや監視管理ソフトウエアを販売することや、検閲用に製品を特別仕様にすること」が禁止されているというのだ。



89年の天安門事件以降、アメリカでは犯罪防止製品を中国に輸出することが禁止された。だが、この規制は監視カメラには適用されない。交通規制など治安維持とは異なる機能を持つため、というのがその理由だ(だからインテルやエヌビディアが輸出規制法違反で摘発されたことはない)。だが、新疆の監視体制強化に対する懸念が高まれば、米議会でも規制強化を求める声が強まるかもしれない。

それでも中国政府の監視社会構築プロジェクトは、中国企業に前代未聞のビジネスチャンスをもたらしている。顔認識技術で知られる商湯科技(センスタイム)は最近、アリババ集団や欧米企業から10億ドル以上を調達した。同社の売り上げの大部分は、中国政府からもたらされていると言われる。

新疆の監視強化に関与する企業は増える一方だ。フリーダム・ハウスのクックはこう指摘する。「今後クリーンな投資はさらに難しくなるだろう」

From Foreign Policy Magazine

<本誌2018年10月23日号「特集:日本人がまだ知らない ウイグル弾圧」より転載>


[2018.10.23号掲載]
チャールズ・ロレット(ジャーナリスト)

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