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アジア人を侮辱する言葉が、アジア系を描いて絶賛された映画の柱に

ニューズウィーク日本版 2018年10月29日 16時6分

<映画『クレイジー・リッチ!』の柱はコールドプレイの楽曲の中国語カバー。「イエロー」が取り戻した中国系移民の誇り>

ジョン・M・チュウ監督の『クレイジー・リッチ!』(日本公開中)で最も心動かされるシーンは、最終盤に訪れる。

主人公のレイチェル・チュウ(コンスタンス・ウー)と、恋人ニックの母親(ミシェル・ヨー)がマージャンをしながら熱い議論をする。やがて優しいギターのイントロに続いて、中国語で歌う女性の声が聞こえてくる。それがイギリスのロックバンド、コールドプレイのヒット曲「イエロー」であることに観客はすぐ気付くはずだ。

アメリカで公開されると、この映画はマスコミに絶賛された。主要キャストをアジア系俳優が占めるハリウッド映画は、93年の『ジョイ・ラック・クラブ』以来25年ぶり。公開後初の週末には2651万ドルの興行成績を収め、アジア系アメリカ人にとって歴史に残る作品となった。

制作陣も予期していなかったのは、さまざまな言語の曲で構成されたサウンドトラックが大好評だったことだ。特に19歳のキャサリン・ホーが美しく歌う「イエロー」は、驚くほどの人気を集めた。

「イエロー」の選曲は考え抜かれたものだった。一般的にはアジア人を侮辱する言葉である「イエロー」が、ホーと監督のチュウによって中国系アメリカ人の賛歌に生まれ変わった。

南カリフォルニア大学の2年生で生物学を専攻するホーは、高校時代に参加した歌のセミナーの主催者からメールで誘いを受けた。「ある映画のために中国語で歌ったデモテープを送ることに関心はあるかという話だった。中国系という私の出自と音楽への愛を融合させる機会だと思って、飛び付いた」と、ホーは言う。

ホーはプロの歌手ではなかったが、テレビのオーディション番組に出たこともあり、大学での副専攻は作詞作曲だ。彼女は中国語版「イエロー」の歌詞を分析し、24時間のうちにデモテープを作成した。

何日もたった後、ホーが化学の宿題をしていると電話が鳴った。彼女の歌が『クレイジー・リッチ!』に使われるという知らせだった。「もう大興奮! この映画のことは知っていたし、主演のコンスタンス・ウーは、私のロールモデルだから」

「イエロー」は美しい言葉

封切り以来、ホーの歌は映画の「柱」として称賛された。人種について歌った曲ではないが、「イエロー」はアジア人を蔑視する言葉であり、映画のテーマと見事に絡み合った。



ホーにとっては現実とは思えない状況が訪れた。「あの曲が映画を離れて独り歩きするとは思わなかった」と、彼女は言う。

中国系移民の娘であるホーは、アジア系の若者に影響を与えた映画に関わったことを誇りに思っている。「アジア系であることで私は不安を感じていた。よそ者扱いされ、自分で自分を正当化しなくてはいけないように感じていた」と、ホーは言う。「この映画を見て考えが変わった。アジア系アメリカ人であることを誇るべきだと分かった」

監督のチュウにすれば、この曲には2つの役割があった。シンガポールを出発するレイチェルにふさわしいものであること、そして映画を締めくくるものであること。その2つを果たせる曲は「イエロー」しかなかったと、チュウは言う。「私たちがイエローと呼ばれるなら、その言葉を美しいものにしよう」

だが当初、それは不可能にみえた。配給元のワーナー・ブラザースは、「イエロー」を使えば観客の反発を招くのではないかと懸念していた。最初に使用許可を求めたときは、コールドプレイに断られた。しかしチュウは諦めず、コールドプレイのメンバーたちに手紙を送った。

「これまでの人生で、私は『イエロー』という色とは複雑な関係にありました」と、チュウは書いた。「でもそれは、あなたたちの曲を聴くまでのことです。あの曲は『イエロー』を私の知らない魔法のような方法で、最も美しく表現していました。あの曲は、私と友人たちのための賛歌になったのです」

コールドプレイ側は手紙を受け取ってから24時間もたたないうちに、曲の使用を承諾した。

中国語の歌詞の趣旨は、夢や愛する人を追い求めることだと、ホーは説明する。「初めは克服し難い障害や不確実性に直面する。けれどもある時点で、何があってもその人や夢を追い掛けると決め、ひたすら前に進む。そして最後に愛が勝利する」

そう歌った曲は、あまりにも大きな意味を映画にもたらした。



<本誌2018年10月30日号掲載>


クリスティーナ・チャオ

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