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中間選挙を目前に、トランプが分断を煽る理由 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2018年11月1日 15時30分

<16年大統領選でトランプを当選に導いたとされる共和党の「消極的」支持層を投票に向かわせるために、トランプは右派ポピュリズムとも言える政治ショーを続けている>

先週27日(土)にペンシルベニア州ピッツバーグのユダヤ教礼拝所で11人が殺害された乱射事件は全米に衝撃を与えました。その後、30日(火)にはトランプ大統領がピッツバーグを訪れ、事件のあった礼拝堂の外で犠牲者に献花しました。この訪問は、何から何までが異例でした。

まず、訪問のスケジュールですが、大統領は「自分は遊説で忙しいので、この日しかない」という、まるで遊説を優先するような発言をして現地の人々を憤激させています。また、その遊説ですが、前回の「小包爆弾事件」の直後には「国民の和解を」といった「大統領らしい」スピーチもしていますが、今回の事件の後は「暴言や冗談めかした罵倒」といったスタイルを続けています。

一方で、市長をはじめピッツバーグの世論は、事件直後の今ではなく、もっと落ち着いてから来て欲しい、あるいは選挙直前ではなく政治と切り離して来て欲しいという要望をしていました。また「白人至上主義など、あらゆるヘイトを批判する」という声明を出してから来て欲しいという条件も要求していましたが、いずれも無視された格好です。

大統領は、自分は「ユダヤ系にはフレンドリー」だとしていますが、例えばNY市内では昨年の大統領就任以降、ユダヤ系に対するヘイトクライムが増加したということが社会問題になっています。今回の残虐な乱射事件も「ユダヤ系の投資家、ジョージ・ソロスが移民キャラバンを支援している」というネット上の噂を信じて、勝手にヘイト感情を募らせた結果でしたから、百歩譲って大統領に「反ユダヤ」の意図はないにしても、大統領の言動が暴力を誘発したという批判は否定できません。

また、昨年夏の「白人至上主義者の暴力事件」に際して、「反対派も含めた双方が悪い」という発言で間接的に白人至上主義者を「認めた」一件は、今でもユダヤ系の人々には恐怖感として残っています。そうした様々な文脈に対して、大統領は一切考慮していない――今回の一方的な弔問はそう取られても仕方がないものです。

通常、このような「全国的な悲劇」が起きて大統領が弔問する際には、下院議長や両党の要人などが同行して、「国をあげて喪に服す」姿勢を示すのが慣例ですが、今回は民主党・共和党ともに議会指導者は同行を拒否しました。結果的に、大統領夫妻、一族の中のユダヤ教徒であるクシュナー夫妻、そしてユダヤ系閣僚のムニューシン商務長官だけが同行しました

結果的に、礼拝堂の長老(ラビ)が「私はあらゆる弔問を受け入れる」という精神で応対しました。ですが、その根拠というのは、「礼拝堂はあらゆる信徒に開かれている」という精神からでした。同じ根拠で、トランプの言った「礼拝堂が武装していれば惨劇は防げた」というコメントを、この長老は完全否定しているわけです。トランプは、長老の好意で弔問を許されたことで、いわば自己矛盾に陥っていることになります。



そうした一連の結果として、弔問に訪れた大統領に対して「反対デモ」が起きるという前代未聞の事態になりました。ですが、この「ピッツバーグ弔問と反対デモ」というニュースは、翌朝のテレビ各局でのトップニュースにはならなかったのです。

それを上回るインパクトのあるニュースとして「大統領、市民権の出生地主義を否定」というニュースが駆け巡ったからです。大統領は、相変わらず遊説の中で「移民キャラバン」に対するヘイトとしか言いようのない演説をして、取り巻きの支持者を煽り続けていますが、その延長で「非市民の子供には市民権を与えない」ということまで言い出しているわけです。

それにしても、投票日間際の現時点でも、大統領は「暴言モード」を変えようとしません。また、批判を浴びても「世論の分裂」を煽り続けています。その理由ですが、「謝ったり、トーンダウンしたらモメンタム(勢い)を失う」ということもあるかもしれませんが、それに加えてもっと具体的な理由があると考えられます。

2016年の選挙で、トランプに勝利をもたらしたのは、「反エスタブリッシュメント」の心情に駆られて、日頃は投票しないような中西部の白人票が投票所に殺到したから、と解説されることが多いようです。

仮にそうであれば、今回の中間選挙では、「反エスタブリッシュメント」という怨念の感情を持ったコア支持者――実際には気まぐれな有権者――を、「自分ではない議会議員の選挙」に誘導しなくてはならないわけです。つまり共和党の消極的支持層の関心をつなぎ止めて棄権させないことが必要になります。

このために、まるで娯楽ショーのような演出で「べらんめえ調のヘイト演説」を繰り返し、日替わりで右派ポピュリズムとしか言いようのない「思いつきの政策」を繰り出してきているのでしょう。そして、分断を煽ることで保守層の政治への関心を喚起し、何とかして投票所に向かわせようとしているのです。

これによって、逆に離反者も出てきています。例えば、数週間前に大統領執務室を訪れて「意気投合」していたラップ歌手のカニエ・ウェストは「自分は誤った考え方に利用されていた」として、あらためて大統領への支持を見直す考えを表明しました。また、ピッツバーグでの事件、そして一方的な弔問という行動は、全国のユダヤ系の投票行動を変える可能性が考えられます。

そうであっても、トランプ大統領としては、これから投票日まで全国遊説を続けて何とか「消極支持層を投票所へ」向かわせようとする方針でいるのでしょう。

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